第一話
真っ暗な夜の闇を漆黒のドレスを翻して走るヴァイオレット。
光の魔力に満ちた美しい庭園。
例え、夜で有っても分かってしまう……王都だけでなく、サンライト王国のほぼ全土に満ちる光の力。
輝く太陽の恵み。
光の魔力の恩恵を受ける豊かな大地。
飢えることのない民の喜びに満ちた様子。
「……大っきらいですわ……こんな場所っ……!」
ヴァイオレットの脳裏に……ヴェノム侯爵領が浮かぶ。
光輝く王家から遠く離れ、サンライト王国の北側に聳える山々。
その山を境に、光の届かない日陰の領地……ヴェノム侯爵領。
作物が育ち難く、食べるのがやっとの領民達。
名ばかりの侯爵家も貧しいことに変わりなく。
それでも、民を大切に思う侯爵家は民に食べ物を与え、自分達は木の根っこをかじる日々。
そして……そんな侯爵家に産まれたのは、何の因果か魔力ゼロのヴァイオレット。
「……魔力も無い。お金も無い。力も無い。」
無い無い尽くしの幼いヴァイオレット。
それでも、侯爵令嬢として恥ずかしくないようにマナーを学び。
唯一使える知能を血の滲むような努力の果てに国一番の賢い令嬢と言われるまでに磨き上げた。
「…………」
その甲斐もあって、十歳になる頃だったか?
名高い皇太子の婚約を決めるために呼び出された王城や王都。
馬車の窓から見える光景に、幼いヴァイオレットは絶望した。
光の届く領地の美しさと豊かさ。
その象徴である王家。
食べ物で溢れた屋台と美味しそうに食べる民衆。
もう食べれないから、と犬の餌になった串焼き。
「……食べれないって……ふざけんなっ……!」
幼いバイオレットは腹が立って、腹が立ってしょうがなくて。
「……思えば、アレが始まりでしたわ……」
お金のないヴェノム侯爵家。
それでも、王族に会う娘のために一生懸命に用意してくれた初めての社交用のドレス。
お古ではない自分だけのドレスが、すごくすごく嬉しくて。
飾りが一部外れているからと安くなっていたドレス。
でも、名高い皇太子の婚約者候補を決めるお茶会に参加する令嬢達の中では……明らかに安物で。
「……恥ずかしいなんて、思いませんわ。
一生懸命に用意してくれたドレスですもの。」
扇の影で嗤われたって構わない。
貧乏人だと。
日影の侯爵家だと。
何を言われたって構いはしない。
だけど……!
『飾りが……』
飾りが外れているから、と母が素人なりに刺繍をして。
父が準備してくれたリボンを付け直して。
『新しいドレスを準備させましょうか?』
そんな大切なドレスを見た皇太子の悪気のない一言。
何も知らないくせに!
完璧な光の皇太子と呼ばれている笑顔がいけ好かなくて!
『殿下に、差し上げますわ』
ポケットに隠し持っていた蜥蜴を一匹。
『焼いて食べると美味しいですよ』
いけすかない笑顔を歪ませて。
泣かせてやりたくて。
『……ありがとう』
驚くことなく、蜥蜴を笑顔で受け取った皇太子。
「っ…………思い出しただけで腹が立ちますわっっ……!
今に見てなさいな!
いつか絶対に泣かしてやりますわっっ!!」
休憩は終わりだとばかりに、王城の壁をよじ登る。
「くっ……こういう時にこそ!
マジックアームの本領発揮ですのにっっ!!」
ドレス姿とは思えないほどに、危なげなく登るヴァイオレットは歯噛みする。
王都の貴族街の端っこ。
一番安くて、古くて、狭い屋敷。
王都におけるヴェノム侯爵家の屋敷に置いて来た発明品の数々を思い出す。
「やっぱり!
王城は嫌いですわっっ!!」
「お前ね。
皇太子に毒盛ったあとに、俺の部屋に来るのはどうかと思うぞ。」
ヴァイオレットの叫びに被さるように、男の声がした。
「カーマイン!」
「……あのな、一応なりとも第二王子を呼び捨てって……」
壁をよじ登るヴァイオレットを、慣れた仕草でカーマインはバルコニーへと引き上げた。
「まぁ……良いけどよ。」
「ふん!
王族への不敬罪を盾に婚約解消されるなら望むところですわっ!」
「お前……本当に、兄上が嫌いだよなぁ……」
苦笑いをするカーマインに、ヴァイオレットは胸を張って答えた。
「心の底から理解できませんわ!
石を投げれば当たるほどに、あのいけ好かない笑顔にキャーキャー喚くご立派なご令嬢方がいますのに!
何で寄りにもよって、私を婚約者に選びましたのっっ?!
両親が本音を綺麗に隠して婚約をお断りしたのに、それでもって!」
あの日あの時!
蜥蜴じゃなくて蛇を渡せばよかった!
「まー……落ち着け。
取り敢えず、コレでも飲めって」
「いただきますわ!」
ヴァイオレットが来ることを予測していたカーマイン。
いつものこととばかりに、手作りのスープを差し出せば。
ヴァイオレットは躊躇うことなく口を付ける。
「……カーマインのスープは……ホッとしますわ」
王家には不似合いなマグカップに淹れられたスープ。
「ま、皇太子様の出涸らし王子でも、一つくらい取り柄がないとな」
カーマインの口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。
「彼奴等の目が節穴過ぎて脳味噌まで空洞なんですわ!
カーマインは出涸らしなどではありません!」
拗ねたように頬を膨らませるヴァイオレットに、カーマインの目が細まる。
「本当に……変な奴だよ、お前は……」
美味しそうに。
嬉しそうに。
カーマイン特製のスープを飲むヴァイオレット。
「(……だから……構っちまうんだよなぁ……)」
完璧な兄よりも、劣っていると嗤われる弟の方が良いと笑う、たった一人の少女。
「カーマイン!
おかわりが欲しいのです!」
「はいはい」
だから……ついつい甘やかしちまうんだよなぁ……とカーマインは苦笑してしまうのだった。




