プロローグ
「ヴァイオレット・フォン・ヴェノム侯爵令嬢!」
綺羅びやかな王城の舞踏会の会場。
可憐な花が彩った純白のドレスの令嬢が、強い口調で叫ぶ。
「恐れ多くも貴女の婚約者であるアルフレッド皇太子殿下に毒を盛ったこと!
このアイリーン・グリンダは見ておりました!」
子爵令嬢アイリーンの叫びに、周囲にどよめきが走る。
「…………」
アイリーンが親の敵のように睨む先には侯爵令嬢、ヴァイオレット。
紫がかった黒髪を緩く結い上げ、紫水晶のような瞳がアイリーンを見据える。
「光の皇太子と名高い殿下に対する狼藉!
例え、愛されていない婚約者だからと言って、許されるものではありませんわ!」
アイリーンは気遣わしげな視線を玉座の横に控える皇太子へと送る。
「私が、殿下に毒を盛ったと?」
「ええ!そうですわ!
……お労しいですわ、皇太子殿下……!
こんな悪女が婚約者だなんて……!」
芝居がかったように、大袈裟に悲しんで見せるアイリーン。
「……ヴァイオレット……」
黄金の髪に、青空のような瞳の完璧な美貌の皇太子、アルフレッドがヴァイオレットを見詰める。
「(……アイツ、またやりやがったのか……)」
茶色の髪に、青い瞳の第二王子が悩ましげにため息をつく。
「……ふ……ふふ、ふふふ……」
追い詰められたヴァイオレットが、低く笑い始める。
「(私の! このアイリーンの勝ちだわ!)」
誰もが恋焦がれる美しく、完璧な光の皇太子を悪役令嬢から守った!
「(……もしかしたら……皇太子殿下に見初めてもらえるかも……!)」
そんな夢を抱いたアイリーンを見詰めていたヴァイオレットの唇が弧を描く。
「ええ!その通りですわっ!
今宵の祝杯の中に毒を盛ったのは、私!
ヴァイオレット・フォン・ヴェノムで間違いありませんわっ!!」
淑女らしからぬ満面の笑顔。
「え……ちょ、自分で……みとめる、とか……」
あまりのヴァイオレットの潔さに、アイリーンの方が戸惑う。
「ふっふふふ……!
バレてしまっては、しょうがありませんっ!
私が盛った毒は、飲んだ者を立ちどころに七色アフロヘアーにしてしまう猛毒!
幾ら光の皇太子と名高い薄っぺらな笑顔を貼り付けた殿下であろうとも!
七色アフロになってしまえばお笑い街道真っしぐらでしてよ!」
自信満々に微笑み、勝利を確信しているヴァイオレット。
「相変わらずだね、ヴァイオレット」
「ふふん!
祝杯を飲む前に種明かしをしてしまいましたのは残念でしたわ!
でも! そんな猛毒が入っていると分かっていれば、殿下だって飲むことは出来ないでしょう!」
不敵な微笑みを浮かべるヴァイオレットに対して、全く動じる様子のないアルフレッド。
その口元には、普段と変わらない穏やかな笑みが浮かんでいる。
「頂くよ」
玉座の側を離れ、毒を入れたとされる祝杯を持ったままヴァイオレットの前に近付く。
そして、そのまま……アルフレッドは、毒入りの祝杯をヴァイオレットの目の前で飲み干してみせた。
「へ……?
なっ?! 何を考えていますのっっ?!」
毒入りだと言ったでしょう?!と慌てるヴァイオレットの目の前で、魔法薬の効果が現れる。
「ふふ……似合うかな?」
光輝く七色アフロになった頭部を恥ずかしがることなく、アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべる。
完璧な美貌のアルフレッドの微笑みに、年頃の娘たちは黄色い声を上げる。
「でも……残念だったね、ヴァイオレット。
……調合が甘かったのかな?」
甘やかな微笑みを浮かべたアルフレッドが、少しだけ魔力を解放すれば瞬時に戻ってしまった髪型。
完璧な光の皇太子の姿と微笑み。
「っ……また、魔力で解毒しましたわねっ……!」
「すごいね、ヴァイオレット。
先日の魔法薬よりは手こずったよ。」
「くっ……九百九十九回目の失敗ですわ……!」
悔しげに唇を噛みしめるヴァイオレットの頬に、優しくアルフレッドの手が伸びる。
「ヴァイオレット、私と一曲如何かな?
この後は婚約者として、君をエスコートしたいとも思っているんだが……?
それとも……私を害そうとした理由を二人っきりで説明する方がお望みかな?」
光の皇太子に相応しい微笑みを向けるアルフレッドに、ヴァイオレットの本能が激しく拒絶する。
「っ……絶対に! お断りでしてよ!」
本能に従ってドレスを翻し、走り出す。
「今日のところは、私の負けにしておいて差し上げますわっ!
でもっ! 次は必ず私が!
そのいけ好かない完璧な微笑みを崩して差し上げますわっっ!!」
覚えてらっしゃい!とヴァイオレットは叫び、テラスから躊躇うことなく飛び降りた。
「ヴァイオレットっ?!」
伸ばしたアルフレッドの指先は空を切り、漆黒のドレスは闇に紛れて消えてしまう。
「本当に……困った女性だね……」
困ったと微笑む表情には、アルフレッドも自覚していない恋の気配。
「……また、次回を楽しみにしているよ」
無意識なのか。
アルフレッドの声には、愛しげな色が滲んでいた。
「……え……あの……私の、立場っていったい……」
大きな嵐が去った大広間。
流石は光の皇太子殿下だと微笑む王国貴族たちと、社交界デビューを果たしたばかりのアイリーンだけが残された。
そう……この時のアルフレッドはまだ知らないのだ。
何度挑んで負けても、失敗しても。
必ず立ち上がって挑み続けていた少女が、ある日を境に変わることを。
追い掛けられていた筈が、アルフレッドが追い掛ける立場になることを。
そして……己の中に眠る執着心や独占欲を。
……まだ知らなかったのである。
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