第三十話
「あらまあ……大惨事ですわね」
「"あらまあ"で済むような展開では無かったで御座るよっ?!」
舞踏会の会場での阿鼻叫喚。
一連の騒動を魔導機械"虫型一式・蜂"ことミツバチくんで傍観していたヴァイオレットの感想に、グラディウスが突っ込む。
「そうですわね…………まさか、私のドレスにあのような逸話が有ったとは思いもよりませんでしたわ。」
「逸話……嫌がらせの間違いでは?」
「そうとも言いますわね」
嫌がらせを受けた当事者であるはずのヴァイオレットの反応に、グラディウスは眉を顰める。
「……婚約者からの初めての贈り物に横槍を入れられ、悪意を向けられたと言うのに怒りを覚えぬで御座るか?」
「あら、グラさんともあろう御方が、牛舎に飛ぶ蠅を気にしますの?
あんなもの気にするだけ無駄でしてよ。」
「牛舎の蠅……」
壮麗なる王城や貴族たちを捕まえて、牛舎や蠅と揶揄する者などヴァイオレットくらいだろう。
……いや、ヴァイオレットの兄も同じ穴の狢かもしれない。
「それに、友好の舞踏会を二枚貝の食べ過ぎで騒ぎを起こし、相手国の皇太子の名前を侮辱して怒りを買うような御令嬢の末路を考えれば気にする必要はないでしょうに。」
「……砂漠の国の皇太子の名前に関しては兎も角、あれは二枚貝が原因とは思えませぬが?」
「ふふ……そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。」
妖しく美しくヴァイオレットは、グラディウスに向けて微笑む。
「ただ……蠍の毒よりも、二枚貝の食べ過ぎによる食あたりの方が生存率は高いと思いませんか?」
そう……例え、兄であるハロルドが魔導機械"虫型一式・蜂"のダゴ蜂くんを指に止まらせていたとしても。
「原因を特定し、証拠を掴めなければ……何の意味もありませんわ。
……それは、彼らが乞食令嬢如きには分かるまい、と悪意を形にしたことと同じですわね」
"毒"と"薬"は、紙一重。
毒にも、薬にもなる一族だと、彼らが忘れ去ったのは遥か昔。
どうして……彼らは考えないのだろうか?
ヴェノム侯爵領に、なぜ光の魔力が届かないのか?
光の魔力が高い山々があるから届かない?
…………そんな理由ないのに。
「グラディウス・ボニート卿。
私は冬の間は王国に留まるつもりでしたが……気が変わりました。
……近日中に、二度目の旅に出ますわ。」
「……急で御座るな。」
グラディウスには、わからない。
つい先程まで、カーマインとマリーナの恋の行く末を恋バナよろしくワクワクと見守っていた少女だったはずのヴァイオレット。
……だが、今グラディウスの目の前にいる少女が、恋バナで笑顔を浮かべていた少女と同一人物とは思えなかった。
「……冬を安心して越せると思ったのに、その心すら踏みにじるならば…………私も、本気で動くだけでしてよ。」
援助金なしで冬を越せるだけの物を、前回の旅路の果てに予想外にも手に入れたヴァイオレット。
分不相応な余剰金を国庫へと返上すれば、これ見よがしに難民を押し付けられ……再び困窮したヴェノム侯爵領。
王都周辺からヴェノム侯爵領へと入りたいと山々を越えようとする平民たちを王家は護衛してまで……送り込んだのだ。
「豊かな生活に慣れた人間ほど、醜いものはない。
……質素倹約して、冬を越そうと戦うヴェノム侯爵領の民たちの食べ物、住居を削ってまで、肥え太った醜い豚を助ける必要があるのかしら?」
木の根を齧り、貴重なタンパク源の虫を食べるヴェノム侯爵領民を蔑み、もっと人間らしい物を寄越せと叫んだ難民ども。
ヴァイオレットの瞳に怒りが灯る。
「くだらない。
そんな輩共を助けるほど、私は優しくなど有りませんわ」
王家への借りなど有りはしない。
これ以上、ヴェノム侯爵領を蔑ろにし、搾取すると言うならば…………怒らない理由など、無い。
「……全ては、我がヴェノム侯爵領の民のために」
……斜陽の王国の未来など、知るものか……!
「我儘に、計算高く、憤怒のままに」
「っ……」
ヴァイオレットの鬱蒼とした帰らずの森のような微笑みに、グラディウスの背筋に冷たい物が流れ落ちる。
「継ぎ接ぎだらけの王国の未来など……知るものか」
ほほえみを消し去ったヴァイオレットは、ドレスの裾を翻し、夜の闇の中へと消えて行くのだった。




