第二十八話
「……ヴェノム侯爵子息」
「ヴェノム……ほう、お前がヴィーの兄か。」
アルフレッドが微かに眉を動かし、スコルピオスがニヤリと笑う。
「あ、名前も名乗らずに、失礼しました。
僕はハロルド・フラン・ヴェノム。
貴族の端っこに、お情けでぶら下がっているような家の者なので、お気軽にハロルドと呼び捨ててやって下さい」
たはは……とズレてもいない眼鏡をズリ上げつつ、気の抜けるような笑みをハロルドは浮かべる。
「いやぁ〜!
流石は皇太子殿下が贈って下さっただけあって、高価なドレスは布の質感から違いますねぇ。
一緒に入っていた装飾品の数々も見事な物でしたし、高価な物ばかりで驚きの連続でした。」
後ろ頭を掻きつつ、ニコニコと無害に微笑むハロルド。
「……礼には及びません、ハロルド殿。
私はヴァイオレットの婚約者として、もっと早く多方面に気を配るべきだったと反省しています。」
「そんなそんな……!
皇太子殿下のように立派な婚約者を得るなど、ヴァイオレットは幸せもので……」
「ヴェノム侯爵子息!
皇太子殿下達は、私達と言葉を交わしているのだ!
お前のような日陰者がしゃしゃり出て来るでないわっ!!」
流れる水のように掴みどころのないハロルドの言葉に被せるように、ジャンドラ大臣が声を荒げた。
「おやまぁ、申し訳ありません。
どうも、僕は生まれながらに空気を読めない性分のようで。」
困ったように微笑んだハロルドは、退散しようと踵を返しかけ……
「……そうだ、最後に一つだけ。
皇太子殿下は、ヴァイオレットに贈ったドレス一式が入った箱の中身を確認されましたか?」
丸い眼鏡の奥にある狐目を、ハロルドはニンマリと細める。
「……恥ずかしい話だが、異性にドレスなどを贈るのは初めてのことでね。
ドレスの専門店に任せっきりで、失敗してしまったんだ。
私の知らない所で、完成したドレスを確認する前に勝手にヴァイオレットの元へと贈られてしまったから……今日、初めて見たんだ。」
「ああ……それで、ですか。
皇太子殿下が贈られたにしては、サイズも何もかもが滅茶苦茶で。
ドレスを作った店に問い合わせたのですが、どうも似たような意匠のドレスを色違いで二人分作ったらしく。」
意味ありげにチラリとシルフィーへと視線を走らせたハロルドの口角が、三日月のように吊り上がる。
「……それは、初めて聞いたな」
「ヴァイオレットよりも先に届けた家のご令嬢に色々と口止めをされていたらしいですよ。
……最も、日陰者には何も出来ないだろうと面白可笑しくペラペラと喋ってくれましたけど、ね?」
「っ……」
ハロルドがジッと見詰める令嬢、シルフィーの肩が跳ねる。
「そうそう……その後にヴァイオレットへと運ばれるはずだったドレスですが、サイズを変えて仕立て直すように言われたり。
理由は分かりませんが、尾の千切れた蠍の髪飾りを作らせたりと、金払いだけは良い面倒なお客だったらしいですね」
「だから何だというのだ?!
意味の分からん御託を並べていないで、さっさと失せ……」
何かを感じ取ったジャンドラ大臣が声を荒げ、話を終わらせようとしたが……もう、遅かった。
「どうして、蠍の髪飾りと分かったのでしょうね?」
ジャンドラ大臣の声に重ねるように、底しれない微笑みを浮かべたハロルドの問い掛けが響いた。
「日陰者で学のない僕には全く分からなくて」
コツリ、コツリと靴音を響かせ、シルフィーへと近付いたハロルド。
傍目に誤魔化せないほどに震え、俯いたシルフィーの顔を静かに覗き込み、ハロルドはニンマリと微笑む。
「おや?
とても顔色が悪いようですが…………壊れた蠍の毒針にでも刺されましたか?」
「ひっ……?!
私は何もしておりませんわっ!
あの店が勝手に蠍の髪飾りを壊したのです……!
悪いのは全部っ、あの乞食女で……!」
ヴァイオレットと同じ紫水晶の如き瞳に冷たい怒りの炎が燃え上がる。
「シルフィーっ……だまれぇ、い゛っ?!」
ヒュッ!と鋭く風を切る音が響く。
「面白い歓迎を悼み入る。
オリースト帝国の皇太子である、この私の名の由来を高位貴族が知らぬ訳があるまい」
「あ゛……あ、あぁぁ……」
何処から取り出したのか分からない早業で、スコルピオスが隠し持っていた短剣をジャンドラ大臣の太い首筋に添えていたのだった。
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