第二十七話
紺色のドレスの裾からフワリと複数の何かが飛び立つ。
くるくると円を描いて、踊るようにヴァイオレットの周囲を飛び回る小さな物体。
「私、魔力は全く有りません。
だからこそ、私が出来ることを石に齧り付くように究めました。
良い師にも恵まれ、私の技術は大輪の花を開きました」
ヴァイオレットの指先に、飛び回っていた小さな物体がとまる。
「魔導機械"虫型一式・蜂"ことミツバチくん。
詳しい設計は省きますが、この子達は私の手足となり働いてくれますの。
周囲を警戒することは勿論、諜報活動もお手の物でしてよ。」
にっこりと無邪気に微笑んだヴァイオレットの指先にとまっていたミツバチくんから、ある場所の映像が映し出される。
「っ……これ、は……舞踏会の会場でござるかっ?!」
驚愕に目を見開いたグラディウスの視界に、鮮やかな舞踏会の会場が広がるのだった。
ヴァイオレットとマリーナが立ち去った舞踏会の会場内。
「…………」
「…………」
国同士の友好を深めることが目的の舞踏会でありながら、アルフレッドとスコルピオスの間には氷のような空気が広がっていた。
「…………」
「…………」
無表情を貫くスコルピオス。
形だけの笑みを浮かべたアルフレッド。
「「……………」」
無言を貫きながら、どちらも動こうとはしない。
まるで、先に動いた方が負けと言わんばかりの空気である。
「御機嫌は如何ですかな、皇太子殿下。
そして、オリースト帝国のスコルピオス殿下、サンライト王国の舞踏会を楽しんでいらっしゃいますかな?」
クルッと回った口髭がチャームポイントのサンライト王国の大臣の一人が声を掛けてきた。
「……ジャンドラ大臣」
「いやいや、このような楽しい宴は久方ぶりですなぁ。
大きなトラブルも何もなく、平和な時間が流れる。
それこそが、サンライト王国のあるべき姿!」
太鼓のような腹を抱えて笑うジャンドラ大臣に、アルフレッドの瞳の温度は変わらず、スコルピオスは視線すら向けない。
「国交が途絶えた国同士が、再び友好の手を結ぶ!
何とめでたいことで御座いましょう!
シルフィー、お前もお二人にご挨拶をしなさい」
「はい、お父様」
ふくよかなジャンドラ大臣の後ろから、一人の若い娘が現れた。
「お初にお目に掛かります、スコルピオス殿下。
サンライト王国のアラン・ジャンドラ侯爵が娘、シルフィーと申します」
波打つ金髪が美しい娘が、一歩前に進み出る。
「アルフレッドさま、素敵なドレスを贈ってくださり、ありがとうございました」
ヴァイオレットが着ていたドレスと似通った淡い薄紅色のドレス。
周囲で聞き耳を立てていた貴族たちがざわめく。
「アルフレッドさま……似合いますでしょうか……?」
シルフィーの碧い瞳がアルフレッドとスコルピオス、二人を見比べ値踏みするように行き交う。
「ジャンドラ侯爵令嬢、私に礼は必要ありません。
愛する婚約者であるヴァイオレットへドレスを贈った覚えはありますが、貴女に贈った覚えはありませんから。
第一、なぜ私が婚約者でもない、その他大勢の貴族令嬢の一人にドレスを贈ると思ったのですか?」
「え……アルフレッド、さま……?」
付け入る隙のない完璧な拒絶の笑みを浮かべたアルフレッドが、極寒の大地も生温い瞳でシルフィーを射抜く。
「ああ、ドレスの感想でしたか?
私のヴァイオレットが着ていたドレスに似てはいますが……違和感、と言いますか。
ヴァイオレットがドレスを着ていた姿は、洗練された美貌を放ち、見る者すべてを魅了する美しさでしたね」
「率直に言えば良かろう、サンライト王国の皇太子よ。
その娘が着ていては、同じようなドレスでも見劣りする、と。
最も、強さと美しさを併せ持つ砂漠の乙女と比べることすら烏滸がましい。」
「率直に伝え過ぎて泣かれては面倒でしょう。」
「率直に伝えずに湾曲な表現したことで、理解力のない頭で皇太子が本当に愛しているのは己なのだと吹聴されるなど迷惑極まりない。」
「それは、同意します。
その他大勢の貴族令嬢の一人として扱っていたにも関わらず、妙な勘違いをする者は一定数居るようですから。」
美し過ぎる笑顔で舌戦を繰り広げるアルフレッドとスコルピオス。
二人の言葉の応酬に口を挟む隙間もなく、呆然とするジャンドラ大臣とシルフィー。
「おっ、お待ちください、お二方!
侯爵であり、大臣でもある私だけでなく、娘に対しても非礼が過ぎまするっっ……!」
「そうですわ……!
幾らなんでも酷すぎます!
それに……外交の場に場違いな醜い傷や蠍の髪飾りを身に着けて現れるような令嬢をお庇いになるなんて……!」
非礼だと顔を真っ赤にするジャンドラ大臣と涙ながらに訴えるシルフィー。
「……おやぁ、そこにいらっしゃるのは皇太子殿下では有りませんか」
涙混じりの女の声に、聞き捨てならない物が有った。
「この度は素敵なドレスを妹へ贈って下さり、ありがとうございました」
無害な雰囲気を纏った昼行灯のような一人の青年貴族が、静かに進み出るのだった。
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