第二十四話
夜にも関わらず真昼のように煌びやかに輝く舞踏会の会場より抜け出す者がいた。
「……カーマイン様、抜け出すおつもりでござるか?」
舞踏会の会場と打ってかわり、薄暗い廊下を足早に歩くカーマインの前に人影が現れた。
「当然だろ。
出涸らし王子は、最初だけ顔を出しときゃ居なくなっても誰も気にもとめねえよ。」
「そのようなことはないと思うでござるが……。
まあ……私も、白マントとは違って、あのような喧しい場所は苦手ですし、カーマイン様に便乗させて頂くでござるよ」
王族を守る栄えある近衛の一人で有るにも関わらず、実直で風変わりなグラディウス。
「……お前も、モノ好きだよな。
俺の直属の護衛なんぞを引き受けて……」
王族の護衛を専門とする近衛騎士団。
騎士の中の騎士。
栄誉職とでも思っているのだろうか?
他の騎士団と比較しても、断トツで人気の近衛騎士。
その中でも、国王夫妻と皇太子の護衛に振り分けられる部隊は誰もが羨む花形。
逆に、皇太子以外のカーマインを含む王子、王女の護衛は不人気だった。
「モノ好きで結構でござるよ。
……実力も伴わぬ烏合の衆の一匹に成り下がるつもりは有りませぬな。」
強さを追い求め、鍛錬に鍛錬を重ねた幼少期。
親にすら呆れられる程に、己を鍛え上げた少年時代。
意気揚々と強き者たちと出会うために、騎士団の門を叩いた数年前。
「……誠に、ぬるま湯すぎて話にならんでござるよ」
「……それは…………そう、だな……」
苛立ちと怒りなのか?
瞳の奥で昏い炎を燃え上がらせるグラディウスを前に、カーマインはため息を付いてしまう。
「(父上は……気が付いている。
砂漠の王子は、コッチと友好を結ぶ気なんざ全く無いだろうよ。
……アレは、獲物を虎視眈々と狙ってる目だ。)」
どうして、お気楽な貴族どもは気が付かないのか?
努力をせずとも与えられる豊穣。
与えられることに慣れ過ぎて、努力をすることを忘れた貴族達……いや、国民。
「……屠殺場の豚を見る目だな、アレは」
「赤身の部分を好まれるご様子ならば……脂ぎった部分は除去され、燃やし尽くされるやもしれませぬなぁ……」
「燃やされるなら、水を求めて助けを乞うかもしれねえな。
……だが、その水に住む魚はどう思うだろうな?」
「それこそ、沿岸の火事でござろうよ。
……燃えずに溶けて流れた脂身が、水に流れ込む前に魚たちは手を打つかと。」
どうしようも無いと嗤うカーマインに、グラディウスも冷え切った声音を返す。
「(砂漠と海の二つの国にとって、友好を結びたい……違うな。
二つの国の王族が欲しているのは、ヴィーだけだな。
無自覚な斜陽の大国なんざ、お呼びじゃないってか。)」
滅びに瀕した王国の王族の血筋の一人である自分。
己の未来に立ち込めた暗雲に、涙も出やしない。
「……面倒くせぇ……」
「…………っ、くく」
面倒だと顔を顰めるカーマインに、グラディウスは笑ってしまう。
「……なんだよ?」
「いや……私は、数いる王族の中でカーマイン様が一番王の器をお持ちだと思うでござるよ」
「……あ゛……?」
「ぶふっ……?!」
ものすごーく嫌だという感情を隠しもしないカーマインの渋面に、グラディウスは腹を抱えて笑ってしまいそうになる。
「王座なんて、死んでも御免だ。
あんなモンが欲しい奴の気が知れねぇよ。」
「……カーマイン様らしいでござるなぁ……」
「うるせー…………って、何で居るんだよ?」
カーマインが軽口を叩きながら、自室の扉を開ければ……
「呼ばれずとも、ババンバーンっ!
カーマインの心の悪友、ヴァイオレット!
華麗に推参でしてよっっ!!」
「……えっと……あの……おっ!
お邪魔しています、ですわっっ!!」
勝手を知ってるとばかりに長椅子で寛ぐヴァイオレット。
その横にちょこんと腰掛けて、緊張に体を硬くしているマリーナの姿があった。
「……………」
「……………………カーマイン、様?」
数秒間。
部屋の入口で固まっていたカーマインが、躊躇った様子のグラディウスの声で動き出す。
「カーマイ、あいたっっ?!
痛いですわっ痛いですわっっ!
私の可愛い頭がパーンって!
パーンって、弾け飛んでしまいますわっっ!!!」
「喧しい。煩い。黙ってろ天然アホ娘。」
長椅子で寛ぐヴァイオレットの元へとズンズン近付いたと思えば、カーマインは形の良い頭を掴む。
そのままスイカを握り潰すように、ヴァイオレットの頭を万力のような指の力で締め上げた。
「ヴィーっ?!」
恋する相手の部屋にいる緊張も吹き飛んだマリーナが、どうしていいか分からずにワタワタと動揺する。
「……我が国の貴族の一人が、大変失礼を致しました。
シーラ海底王国のマリーナ殿下ですね。
私は、第二王子のカーマインと申します。
己のような王族の端くれでは全く足りぬとは百も承知ですが、サンライト王国の王族の一人として謝罪させて頂きたい。」
「え……え、なんで……ボクの名前……」
「私も王族の一人で御座いますれば。
大切な国賓をお迎えするに当たり、多少の情報は事前に把握しております。」
余所行きの笑顔全開で微笑んだカーマイン。
その利き手は、ギリギリとヴァイオレットの頭を締め付けている。
「っ……ぁ、え……うっ……」
だが……恋する乙女のマリーナには、カーマインの笑顔は何よりも輝いて見えた。
「あ、あああああのっっ!」
「……殿下?」
「あのっ!
ボクとっ!
末永い結婚を前提に結婚してくだしゃいっっ……!!」
林檎よりも頬を真っ赤に染めたマリーナが渾身の叫びを決めるのだった。
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