第二十三話
四人で言葉を交わしていれば、国王夫妻の入場を告げる声がする。
「スピさまとマリーナは、あっちに戻らなくて宜しいの?」
「知らん。
世話役だとかいう伯爵だったか?
香水臭い女どもをわざわざ連れて来て紹介していた豚は。
喧しい女どもの声で、舞踏会の進行諸々の説明が全く聞こえなかったからな。
何も知らないのだから、自由に振る舞えということだろう」
ニヤリと口元を歪めて嗤ったスコルピオス。
「右に同じでーす!
此方にも、なんか提灯アンコウみたいなおじさんが来て、なんか喋ってたけど……ねえ?
ボクや侍女たちのことを嫌らしい目で見ていたから、さっさと追い出したもん!」
これだから人間は嫌いなんだよ、と可愛い顔を歪めるマリーナ。
「碌でもない人選ですわね」
「…………世話役の変更を陛下に進言しておきましょう」
呆れた表情のヴァイオレットは鼻で笑い、アルフレッドは額を押さえてしまう。
「…………光の魔力の恩恵を常時与え、甘やかすからクソみたいな輩しか育たないのですわ」
ヴァイオレットが目を細め、ボソリと呟く。
「ヴァイオレット……いったい、どういう意味だ?」
「何でも有りませんわ」
アルフレッドの問い掛けに、面倒そうにため息を付いたヴァイオレット。
その耳に、音楽家たちが奏でる美しい音色が届いた。
「音楽が流れ始めましたわね」
「ヴァイオレット、私と一曲……」
「マリーナ!
第二王子殿下の元へ行きましょう!」
差し出したアルフレッドの手が空を切る。
最初からアルフレッドにダンスに誘われると微塵も思っていないヴァイオレットの手は、マリーナの手を握った。
「ええっ?!
良いのでしょうか……その、急に声を掛けて嫌がられたり……」
「好きな相手にはイケイケ、よーいドンっ!ですわよっ!
命短し人間どもっ!恋せよ、この野郎っ!
旅で出会った海賊船の船長が言ってましたわ!!」
「そっか!
うん……ヴィー!
ボク、頑張るよっっ!!」
キャッキャッ、うふふ……と楽しそうに飛び跳ねるヴァイオレットとマリーナ。
「…………」
可愛い恋する乙女な空間に、割って入れないアルフレッドは、自業自得の積み重なりを痛感し、煤けて萎れてしまう。
「……婚約云々以前に、全く恋愛対象として意識すらされていないな」
「……放っといて下さい」
サンライト王国に来るに当たり、自国にて情報収集を行ったスコルピオス。
「(……光の王国、大陸随一の大国とは名ばかりの内情、か……。
魔力が抜きん出た皇太子と賢い王…………王家がマシだから何とかなっているメッキと継ぎ接ぎだらけの王国……。
統治の面倒さを考えれば、ヴェノム家以外の塵屑以下の無価値な貴族どもは要らん……皆殺しだな。
王家の血筋だけを取り込んでも良いが……それも、ヴァイオレットがいるならば、何処まで価値があるか?)」
楽しそうにマリーナと言葉を交わすヴァイオレット。
そんなヴァイオレットを切なそうに見詰める皇太子アルフレッド。
「(……海の人魚どもは、ヴァイオレットを害さなければサンライト王国が滅びようと助けることは無いな。
ヴァイオレットも、自領が無事ならば……ふむ、何処までが逆鱗になり得るか?)」
少なくとも、自慢の悪友だと話す第二王子カーマインには、手を出さない方が良いだろう。
しかも、雌雄同体の人魚姫も番だと叫んでいたとスコルピオスは考える。
「……まぁ、いい。
春と言わず……さっさと、此方に取り込めば良いだけのことだ。」
スコルピオスは、喉の奥で低く嗤う。
何処までいけるか。何処まで防がれるか。
「スピさま。
今、何か悪いことを考えませんでしたか?」
危険な笑みを浮かべていたスコルピオスに気が付いたのは、ヴァイオレットの野生の勘が働いたからだろうか?
「ほう……?
よく分かったな、愛しのヴィーよ。
だが、大したことではない。
大陸随一の大国をパイのように切り分けることを考えていただけだ」
「やはり、悪いことを考えていましたのね」
「…………ヴァイオレット」
呆れた眼差しをスコルピオスへと送るヴァイオレットの前に、アルフレッドが庇うように立つ。
「友好の舞踏会で、そのようなことを仰るのは不謹慎ですわ。
…………ぶっちゃけますが、この国を戦いの果てに奪い取っても、採算が合いませんわ。」
「ヴァイオレット?!」
「あら、私は何もぶっちゃけておりませんわ。
ちゃーんと、スピさまをお諌めしましたもの。」
テヘッ!とばかりに上品に微笑むヴァイオレットに、アルフレッドの頬が引き攣った。
「……砂漠の乙女よ。
採算が合わないという意見を参考までに聞きたいが……此処では、本音は語れまい。」
アルフレッドの背中に隠されたヴァイオレットへと、スコルピオスは色気溢れる微笑みを向ける。
……その微笑みを見てしまった数人の淑女たちが、頬を赤く染め上げた。
「愛しのヴィーよ。
今宵、私と本音を語り合わないか?
……私の寝所で、な?」
もちろん、太陽が昇っても離さないが……と麗しすぎる危険な男の色香が立ち昇る。
頬を赤く染めていた淑女たちが、次々に悩ましげな吐息とともに倒れ伏した。
「面倒なのでお断りしますわ。
代わりと言ってはなんですが、皇太子殿下を代役に立てましょう。
真昼まで男同士の友情でも、愛情でも、何でも構いませんので、取り敢えず育んでみては如何ですか?」
「ヴァイオレットっ?!
なぜ、私が代役なんだ……!」
「要らん。
光の皇太子とやらの性癖は知らんが、私に男を寝所に招く趣味はない。」
「私にも断じて無いっ!」
全く靡きもしないどころか、迷惑そうな表情のヴァイオレットの提案をスコルピオスとアルフレッドが力一杯に否定する。
「私に迷惑が掛からなければ、どちらでも構いませんわ。
そんなことよりも、私はマリーナと共に第二王子殿下の元へと参りますわ!
私の親友に、恋の嵐が巻き起こっていますもの!」
「ヴァイオレット!
流石は、ボクの親友!心の友!」
あまりの脈のないヴァイオレットの反応に、頬を引き攣らせたスコルピオスとアルフレッド。
そんな二人を置き去りにして、さっさとヴァイオレットとマリーナはカーマインの元へと楽しそうに移動して行くのだった。
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