第二十一話
砂漠の月のような銀色の髪。
夕焼けのように赤い鋭い瞳。
細身だが鍛えられた褐色の体。
「久しいな、ヴィー。
今宵のそなたもまた麗しい。」
皇太子であり、婚約者のアルフレッドがいるにも関わらずヴァイオレットを愛称で呼び、愛しげに見詰める男。
「この私を凶刃より庇い負った背中の傷は……まるで、私への愛の証明のようだな。」
何処か悪役めいた皮肉屋な微笑み。
だが、男の言葉に聞き耳を立てていた貴族たちがざわめく。
まさか……あの背中の傷は、他国の王族を庇って出来たものなのか?!と貴族たちは顔を見合わせる。
「……スコルピオス殿。
婚約者の目の前で、些か無粋では?」
動揺していた姿が嘘のように。
アルフレッドがヴァイオレットを背に隠し、正面から男と対峙する。
「無粋?
面白いことを言う。
このサンライト王国では、傷のある女は婚約破棄をされることが習わしなのだろう。
ならば、近く婚約破棄される麗しき令嬢に求愛しているに過ぎぬ。」
明らかに、婚約者の座を有するアルフレッドを意識した言葉選び。
砂漠の大国、オリースト帝国が次期皇帝。
スコルピオス・サハール・オリースト。
「私とヴァイオレットが婚約破棄をする予定など無い。」
スコルピオスを真っ直ぐに見返し、アルフレッドは有無を言わせぬ響きを持って答える。
だが、そんなアルフレッドの言葉をスコルピオスは鼻で嗤う。
「貴殿はそうでも、周囲の羽虫どもは違うようだが?
ああ……愚かな程にお優しい光の皇太子殿下とやらの外面をお考えか?
それとも、ご立派な慈悲の心とやらで、欲しくもない女を拒否出来ぬならば……私が、責任を取ってヴァイオレットを我が妻として迎え入れよう。
我が国の風習では、男女関係なく体の傷は強き者の証しであり、誇りだ。
オリースト帝国は、彼女を国を挙げて大歓迎するだろう。」
「スコルピオス殿には、聞こえなかったのかな?
背中の傷など関係無い。
私の妻はヴァイオレットのみ。
ゆえに、婚約破棄など有り得ない。」
火花を散らせ、睨み合う。
柔らかな美貌のアルフレッド。
硬質な美貌のスコルピオス。
性格も、外見も、正反対な二人の皇太子。
「……………………どちらも、面倒臭いですわ」
正反対なのに、何処か根本は似ていることを感じ取ったヴァイオレットが顔を歪める。
「ヴァイオレット」「ヴィー」
そんなヴァイオレットの呟きが聞こえた男達の視線がヴァイオレットを捉える。
「ヴァイオレット、もちろん君は私と共に居てくれるよね?
君のためならば、私個人の力も、私財も、すべてはヴェノム侯爵領のために使わせて欲しい。
それに……そうだね、光の皇太子の名前も要らないな。
その所為で君に嫌な思いをさせるくらいならば………………王国ごと滅ぼすべきか?」
「え……ちょ、え??
皇太子殿下、今ものすごーく不穏なことをボソリと仰いませんでしたか?
……私の気の所為ですよね?」
「ふふ……気の所為では無いよ。
すまない、ヴァイオレット。
色々と吹っ切れてしまったよ……色々と、ね?」
「……………………色々?」
ヴァイオレットがいけ好かないと評した微笑みと似て異なる微笑み。
一見は爽やかで優しげに見える微笑み。
しかし……その瞳は、全く笑っていない。
「そう、色々とね。
……私の唯一を傷付ける存在など必要ないな。
そんな物に遠慮をして、君を失うくらいならば……思い切りも大切かと思ってね。
大丈夫だよ、君に無害な物は残しておくつもりだから…………君にも優しい、誠の光の国に……」
「皇太子殿下」
「何かな、私の愛しいヴァイオレット?」
「まずは、私の言葉を聞くことから始めて下さいまし。」
この男……ヤバい。
まさかとは思うけど……え、本気?
「…………結論を急ぎ過ぎたかな?
でも……半分くらいは本気……」
「駄目ですわ。
ヴェノム侯爵領が無事ならば、王都などには未練は有りません。
ですが、人道的にやり過ぎは良く有りませんし、片付けが面倒です。」
「…………すまない」
ヴァイオレットに諭されてシュンとするアルフレッド。
まぁ……止まったから良かった、とため息を付くヴァイオレット。
「…………待て。
煽った自覚はあるが…………ヴィーよ、その男は色々と危ない思考の持ち主のようだが?
今、看過できない言葉を他国の王族の前で言ってなかったか?」
「そう思うならば、煽らないで下さいまし。
私も……面倒ごとは御免ですわ。」
「……砂漠の乙女よ。
キャサリンの件も含め……お前の懐が広いことは知っているが…………危険物に好かれる自覚はあるか?」
「ならば、スピさまも危険物ですわね」
「否定はしない。
そうだな……戦を巻き起こす傾国になってみるか?」
「そんなことをしましたら、絶交ですわ」
「それは困るな」
くくく……と喉の奥で低く笑うスコルピオスに、ヴァイオレットは深いため息を付く。
「………………スピさま?」
「そこ、一々反応しないで下さいませ」
ヴァイオレットを更に引き寄せ、唇を尖らせたアルフレッドがジトッとした視線を向ける。
「………………癒しが欲しいですわ」
「あは!
そういうことならば、ボクは如何ですか!」
「っ?!」
「ヴィー! お久しぶりですね!」
スコルピオスの背中から飛び出すように現れた人影に、ヴァイオレットは目を丸くするのだった。




