第二十話
綺羅びやかなシャンデリアが輝く舞踏会の会場。
色とりどりの華やかな衣装を身に纏った紳士淑女達。
そんな舞踏会の会場にどよめきが走る。
「まさか……あれは?!」
「何故、あの女が殿下と共にっ?!」
舞踏会の会場にいる紳士淑女達の視線が一組の男女に集まる。
シャンデリアの光を反射して輝く黄金の髪。
濃紺の生地に金糸で複雑な文様が刺繍された夜会服。
「流石は皇太子殿下……!」
「なんて、麗しいのかしら……!」
アルフレッドを見た貴族たちから、感嘆のため息が漏れる。
……だが、その視線がエスコートされているヴァイオレットに移った途端に……侮蔑に変わる。
「何だ、あの傷は?! 祝いの席に無礼なっ!」
「ひっ……! なんて醜い傷なのかしら?!」
「可哀想な皇太子殿下……!
お優しいから婚約破棄を言い出せないのだわ!」
「あの恥知らずの疫病神どもめっ!
やはりさっさと国から追い出しておくべきだったのだ……!」
悪しざまに、ヴァイオレットを口々に罵る声。
「…………相変わらず、暇ですわね」
そんな悪意の声に囲まれても、ヴァイオレットはどこ吹く風とばかりに微笑む。
悪意に負けるほど弱くない。
陰ることのない笑み。
堂々と胸を張って歩く。
決して下を向くことのないヴァイオレットを、遠くから見詰める二対の瞳。
「……っ……」
ヴァイオレットを罵る声は、当然ながらアルフレッドにも聞こえる。
何故、自分は全く隠しもしない、悪びれもしない悪意に気が付か無かったのか?
己の不甲斐なさにアルフレッドは、肉に爪が食い込むことも構わずに拳を握り締める。
「皇太子殿下? 大丈夫ですか?」
「っ……!」
奥歯をギリリと音がする程に噛み締めるアルフレッドを、ヴァイオレットが不思議そうに覗き込む。
「周囲の目や言葉が気になるようならば、離れておきましょうか?」
アルフレッドにエスコートされることが、初めてのヴァイオレット。
普段はヴァイオレット一人で受ける悪意の言葉の数々。
初めて耳にしたアルフレッドは、きっと不愉快なのだろう。
聞きたくないならば、簡単なこと。
ヴァイオレットが離れればいい……ただ、それだけのこと。
「駄目だ。」
絶対に駄目だ……!
離れた場所にいるヴァイオレットだけを見詰める者達の視線を感じる。
ヴァイオレットの背中の傷。
周囲の貴族たちの反応。
それを見た彼ら他国の王族である二人は…………!
恩人であるヴァイオレットを、サンライト王国から遠ざけることを選ぶだろう。
「……私は、もう……君を離したくないんだ……!」
譲るべきはヴァイオレットではない。
離れるべきはヴァイオレットではない……!
変わるべきは……!
「ヴァイオレット」
「……なんですの?」
ヴァイオレットの予想に反して、アルフレッドは離れることを拒否した。
……この男は、何を意固地になっているのかしら?
「私は、ヴァイオレット……君以外と添い遂げるつもりは無い。
君が、私の妻になってくれないならば……私は王妃を得ることは無いだろう。」
アルフレッドの言葉に、周囲が一瞬だけ静まり返り…………大きなどよめきが津波のように広がった。
「………………は?」
……何を、言いましたの……この男は……?!
「な、にをっ?!
何を仰っているのか分かってますのっ?!」
誰か、嘘だと言って下さいまし……!
何の嫌がらせですのっ?!
「すまない、ヴァイオレット」
微笑む。
恐らくは、今まで浮かべていたような完璧な……感情の宿らない笑みではない。
「……私は、本気なんだ。
早く告げるべきだったと思うが、君の背中の傷など関係なく……私が隣にと望む女性は、ヴァイオレットだけだ。」
ヴァイオレットだけを。
唯一無二の女性だけに向ける……執着心の塊のような微笑み。
「たかが傷如きで、君の価値は変わりはしない。
君の一族を含め、君を侮辱する輩は……私の敵だ。
私の最愛の唯一を害する愚か者に対して、私が決して許容することは無い。」
離さない。
例え、蔑ろにしてしまった七年間を赦してもらえなくとも。
アルフレッドは、もう……ヴァイオレットを手放せない。
『………………っっ?!』
周囲の貴族たちに衝撃が走る。
散々ヴァイオレットを見下して来た貴族たちの顔が青褪める。
全員では無い……だが、貴族の大半が理解したのだ。
光の皇太子は、本気で唯一無二を定めたのだ、と。
「(……………全く持って、意味不明ですわ……)」
呆然としてしまう。
一応なりとも貴族の端っこにぶら下がっている侯爵令嬢である以上。
領民を守るための援助金のことも考えれば、ヴァイオレットは周囲の注目を浴びている状態で拒否することは許されない。
「…………………………身に余る光栄ですわ」
すん……と表情がなってしまったことは、許してほしい。
引き攣っても良いから笑顔を浮かべるべきなのだろうが…………無理だった。
「…………すまない……」
ヴァイオレットにだけ聞こえるように囁く。
「……こんな、場所で言うつもりは無かったんだが…………すまない……」
髪の影に隠すように。
恋人同士が額を重ね合うように。
泣きそうな、迷子の子供のような顔で。
皇太子ゆえに周囲から、苦しい感情を隠すように。
「………………本当に、どうしようもない方ですわね」
ため息を付いたヴァイオレットは、周囲にわざと誤解させるように妖しく微笑んで見せる。
「もの凄く不本意ですが、我慢いたしましょう」
「っ……?!」
「あら…………顔が赤いようですが?
先に仕掛けたのは、皇太子殿下でしてよ?」
まさに悪役令嬢と言わんばかりの微笑み。
周囲のざわめきや微かな悲鳴を意に返すこと無く。
アルフレッドの首に両腕を回し、体を密着させる。
「……案外、皇太子殿下のお顔を歪ませるのは…………簡単なことでしたわね」
「っ……ちょ、ヴァイオレット……!
少し、やり過ぎだと思うのだが……!」
頬を赤く染め、瞳を泳がせるアルフレッドにヴァイオレットは笑ってしまう。
「…………思った以上に、初心ですわね」
旅先で出会った美人なお姉様方の直伝の色気を纏ってヴァイオレットは微笑み、アルフレッドを引き寄せる。
「こういう場面では、女の腰に手を回すものでしてよ?」
アルフレッドの赤くなった耳元で、ヴァイオレットは静かに囁く。
「っっ?!」
ビクリと体を震わせ、茹で蛸のように首筋まで赤く染め上げたアルフレッド。
「そ、の……ヴァイ、オ……レット……!」
ヴァイオレットに言われた通りに、アルフレッドはおずおずと細い腰に手を回す。
「(まあっ……! 何てことですのっ?!)」
「(本当にっ?! あの乞食侯爵令嬢を……!)」
アルフレッドがヴァイオレットの腰に腕を回した瞬間に、貴族たちに衝撃が走る。
アルフレッドのヴァイオレットへ向けた言葉は真実かもしれない、と。
「ふふ……良い子ですわね」
「あ、ああ……」
艶やかに微笑むヴァイオレットを見れない……!
アルフレッドの方が年上なのに……!
「(…………私は……どうすればいいんだ…………?!)」
ヴァイオレットの微笑み一つで暴れるアルフレッドの心臓。
胸が苦しくなり、喉が鳴る。
……ヴァイオレットしか見えない。
そんな二人の世界に……
「失礼。
我が愛しのヴィー、久しいな。」
……一人の男の声が割り込んだのだった。




