第十七話
「なぁ……グラディウス」
「何でござるか、カーマイン様」
アルフレッドとヴァイオレットが言葉を交わしてから、暫くがたった頃。
「ローゼンバーグ侯爵家含む、その取り巻きの貴族どもが見せしめのように改易されちまったな。」
「そうでござるなぁ……。
だいぶ風通しは良くなりましたな。」
自室で寛ぐカーマインに、心得たようにグラディウスが答える。
「風通しが良くなりすぎて、ローゼンバーグ侯爵家の事業の一部が潰れちまったらしい。
失業した民達の一部が、ヴェノム侯爵領に流れちまったとか。」
「これからが冬の本番だというのに。
増えてしまった食い扶持を見捨てることは、ヴェノム侯爵家当主殿は出来ぬでしょうな。」
「全くだな。
折角、今年は少しだけ余裕が有る冬支度だったのに……一気にマイナスに振り切っちまった。」
チラリと部屋の隅を見て、視線を戻す。
「父上は、これ見よがしにヴェノム侯爵が辞退していた今年の援助金をくれてやったらしい。」
「おお!
それは、それは……陛下は御心が寛大でございまするからなぁ……」
「そうだな。
生かさず、殺さず。
ご丁寧に、今年も首輪がはめ直された。」
鼻で嗤う。
「ローゼンバーグ侯爵家が没落した原因を作ったヴィーは、恨まれるだろうな。
そして……ヴェノム侯爵領に流れた民を含め、有難い援助金のお陰で冬が越せるんだ。
ヴィーは、誰も死なないで済むことが嬉しくて堪らないだろうな。」
「王国にとっても、ヴェノム侯爵家にとっても……良いお話でござるな。」
「全くだな。
しかも、民には日影ではあるが、民を見捨てない心優しき領主だと噂が持ちきりだそうだ。」
「印象操作とは、手が早いでござるなぁ」
再びチラリと部屋の隅を見る。
「それで?」
湿度が低いはずの冬なのに。
ジメジメと気持ちが悪い原因をカーマインは睨見つける。
「先日も言ったはずですよ。
私の部屋の湿度を上げないで頂きたい」
ジメジメと部屋の隅で茸を生やす二人の男。
「うぅぅ……カーマイン……私は、私は…………!」
「美しさとは……美しさとは……」
三角座りをした男二人の鬱陶しい背中に、カーマインの額に青筋が浮かぶ。
「グラディウス、捨てて来い」
「えー、でござるよ」
「待ってくれ、カーマイン!
兄の話を聞いてほしい!」
泣きそうな顔でカーマインを振り返ったアルフレッド。
その顔は、光の皇太子と呼ばれるには不釣り合いなほどに顔色が悪かった。
「お断りします。
出涸らしの私に対して、好意的な可愛い女の子ならば兎も角、野郎など御免です」
「カーマイン……」
うるうると泣きそうな顔で縋り付くアルフレッドに、カーマインは内心で舌打ちをする。
「(チっ!
こんなことなら、仏心を出さなければ良かったぜ。)」
心の底から後悔する。
「カーマイン……私は、私は…………!
ヴァイオレットが、あんな七年間を過ごしていたなんて……!」
調べに調べた。
ヴァイオレットの境遇。
ヴェノム侯爵領の真実。
私は、何も知らなかった!
知ろうともしていなかった!
「……蜥蜴がご馳走……誠に、そんな境遇の領地が……この光の国にあるなど……!
私は……気高く強く有ろうとしているご令嬢へ……何てことを……!」
知らなかったとはいえ、美しくない真似をしてしまった!
「あー……気が済みましたか?
では、お帰りはアチラです。」
「カーマイン!
私は、何と詫びれば……いや、詫びるなどでは済まされない!
今すぐに、私の力でヴェノム領を明るく照らす……」
「やめとけ。
ヴィー本人が言っていたが、それはアンタが年取って死ねば元の木阿弥。
何の解決策にもならんから、光の力など必要ないそうだ。」
ため息交じりに、事実を突きつける。
「そんな……っ……」
衝撃を受けたように震えるアルフレッド。
「だったら……他に、今の私に何が出来る……」
アルフレッド個人の私財を渡す?
アルフレッド個人がヴェノム領のために尽力する?
アルフレッド個人が……
「……皇太子ではない……私個人に出来ることなど、ほぼ無いのだな……」
個人になってしまえば……出来ることが少ないアルフレッドとは真逆で。
個人でも、驚くほどの成果を見せたヴァイオレット。
「……嫌われてしまって……当然、だな……」
「好きや嫌いの土台にすら上げて貰ってねえけどな。」
「うっ……そう、だね……」
落ち込む。
私は……本当に何も分かっていなかった……!
「…………」
死にそうな顔で落ち込むアルフレッドに、カーマインの頬が引き攣る。
「(……言い過ぎでござらんか?)」
「(俺か?! 俺が悪いのかっ?!)」
面倒くせぇと頭をぐしゃぐしゃと搔き回す。
「だあっもう!
お前なっ!悩んでいる暇があんなら当たって砕けろよっ!
もうすぐ他国の友好団が来るんだろうが!
その時の歓迎舞踏会用のドレス一式でも贈ってみたら良いじゃねえかっ!」
完璧な光の皇太子の仮面が剥がれたアルフレッドが、こんなに世話が掛かるヤツだったなんて!
「カーマイン……」
「来るんじゃねえっ!
泣くな!引っ付くな!鼻水が付く!」
「かーまいん……うぅぅ……」
カーマインが暴れても、アルフレッドはグスグスと泣きながら抱き着いてくる。
「………………勝手にしろ……」
暫く暴れて抵抗したが、無駄だと諦めたカーマインが遠い目をしてされるがままとなる。
そんな兄弟を近衛二人は、微笑ましそうに見守るのだった。
早速、アルフレッドの指示のもとにヴァイオレットへのドレス一式の準備が始まった。
「……ドレス一式……私は女性にドレスなど贈ったことが無いから……よく分からないんだが……?」
「そうですね……私も、流石にドレスなどは専門外です。」
分からない者同士で頭を突き合わせる。
「……俺も知らないからな」
「私も分からんでござる」
同仕様も無い。
「……ドレス専門店なら……何とかなる、か?」
「専門家に聞く方が分かるかもですね」
そうして、ヴァイオレットのために作られたドレス。
……しかし、彼らの知らない問題が合った。
「皇太子殿下から直々の依頼……」
「婚約者のご令嬢への贈り物だそうです」
「流行に沿ったドレスをデザインすれば良いだろうが……サイズは?」
「それに、皇太子殿下の婚約者とは……ヴェノム侯爵令嬢らしいですが……」
「だが、噂では本命は他にいる、と……」
「ここに頼むということは……その本命の令嬢が顧客の中にいる?」
「……確認するべきか……」
専門家達が頭を悩ませに悩ませて……完成したドレス。
「ドレスが完成したと聞いたんだが……?
一度確認しておきたいから見せてもらえるか?」
「は……?
王城の使者の方からは、確認など不要と。
ドレスの完成をお伝えしましたら、それが殿下の意向だと……。
ヴェノム侯爵令嬢に届けるようにと……。」
「なっ……?!」
アルフレッドは、絶句してしまう。
アルフレッドがヴァイオレットのために準備したドレス。
それは、一匙の悪意と共に。
アルフレッド達が確認すること無く、ヴァイオレットの元へと届けられたのである。




