第十四話
「え、嫌ですわ。
殿下と話すとか、普通に話題に困りますもの!」
速攻でお断りされたアルフレッド。
「……二人きりが、嫌ならば……シルヴァンもいるから……」
「その体が痒くなるようなポエマー近衛騎士団長様ですか?
言葉が通じるか不安なので、遠慮いたしますわ!」
取り付く島もない。
「……どうすれば……私と話をしても良いとヴァイオレットは思う?」
「話す必要性を感じませんし……これまでも、そして、これからも話す理由がないと思うのですが……?
まあ……第二王子殿下の特製スープがゆっくり飲めるならば、外野がいても構いませんわ!」
王都に戻って来てから、まだ飲んでいませんの!と輝く笑顔のヴァイオレット。
「……すぐに頼んでみるから……」
「それならば、行きましょう!」
「…………」
弟の作ったスープに負けた……。
アルフレッド、初めての挫折かもしれない。
皇太子個人に与えられた中庭。
冬だというのに、美しく整えられた中庭の一角に東屋がある。
「やはり、第二王子殿下特製スープは沁みますわ!」
とっても美味しい!と輝く笑顔のヴァイオレットは、幸せそうにスープを口にする。
「……………」
アルフレッド自らカーマインの元へと行き、頼み込んだ特製スープ。
弟の呆れたような眼差しが心に突き刺さった。
「……ヴァイオレット……その、怪我はないかな?
もし、怪我をしているなら……すぐに回復魔法をかけるけど……」
「皇太子殿下のお陰で怪我など有りませんわ。」
「そう、か……」
会話が続かない。
だが、アルフレッドにはヴァイオレットにどうしても伝えたいことがあった。
「……ヴァイオレット」
「はい?」
スープが空になったことを確認し、アルフレッドが口火を切る。
「私は……許してもらえないと思うが、君に謝りたい。」
「……謝られる覚えがありませんが?」
本気で首を傾げてしまう。
謝るも、謝らないも……そんな関係性だろうか?
「君と婚約してからずっと、困っている民のためにという大義名分のもとに……。
私は、公務を優先して君を蔑ろにしてしまったことを謝りたいんだ……」
「…………」
「ヴァイオレットが旅立ってから……恥ずかしい話だけど、初めて気が付いたんだ。」
さっきの一件もそうだ。
王城内にいるはずのヴァイオレットを探して。
偶然にも目にした異常な光景。
「私は……君の婚約者なのに、全く守れていなかった……。
いや、守ろうともしていなかった。」
民のために、と。
光の国と他国に呼ばれるサンライト王国の心優しく気高いはずの貴族たちが。
寄って集って、一人の少女を罵り、虐めているなど……思っても見なかった。
いや、アルフレッドは見ようともしていなかったのだ。
「この七年間、本当にすまなかった……!」
深く頭を下げたアルフレッドの真っ直ぐな謝罪。
「…………」
それを見たヴァイオレットは、キョトンとしてしまう。
だって、過ぎ去った時間は戻らない。
悲しくても、苦しくても、辛くても。
ヴェノム侯爵領の民のために耐えると決めたのは、ヴァイオレット自身だ。
覚悟を決めたのは、ヴェノム侯爵令嬢としての立場ゆえに。
その覚悟は、アルフレッドの婚約者の立場としての物ではない。
「それは……婚約を破棄してくださるということですか?」
それならば、助かる!
両親が頭を悩ませている持参金云々の問題も解決する!
「いや!
婚約を解消する予定など断じてないっっ!」
「何だ、そうでしたの」
ちょっぴり期待したぶん、ガッカリである。
「……私との、婚約は嫌なのか?」
「え……?
喜んでいるように見えましたの?」
「…………」
アルフレッドは、撃沈する。
まさか、ここまで嫌われていたとは……!
「ぶっちゃけますが、好きとか、嫌い以前に面倒くさいですわ」
「面倒、くさい……」
「それに、皇太子殿下は私の好みでは無いことが、旅の道中で理解できましたもの」
「…………」
アルフレッドの心が瀕死である。
「おやおや……騒がしく破天荒な姫君は、光輝く皇太子殿下の美しさが理解できない、と?
流石は、蜥蜴を美味しいと差し出されただけはある。」
瀕死のアルフレッドに変わり、麗しの微笑みを称えたシルヴァンが進み出た。
「美しさ云々が顔面を指しているならば、人間の顔など頭蓋骨になれば似たり寄ったりでしてよ。
私は、頭蓋骨を愛でる趣味はありませんもの。」
「頭蓋骨……」
極論ではあるが、ヴァイオレットの返しにシルヴァンは頬を引き攣らせる。
「それに、所詮は光の届かぬ日影の領地生まれですから。
光の美しさなど理解できぬ身の上ですわね」
これ以上ない皮肉である。
「高尚な美しさだ何だと考えて生きることが出来るほど、我家の領地に余裕など有りませんもの。
木の根を齧って育った私には、蜥蜴でもご馳走でしたから」
満面の笑顔。
だが、その笑顔には怒りが滲み出ていた。
「……失礼を致しました。
私の考えが足りなかったようです……」
「すまない、ヴァイオレット。
シルヴァンが嫌な思いをさせた。
申し訳ない……」
「もう、帰ってもよろしいでしょうか?
走って帰りますので、このままでは門限が過ぎてしまいますわ」
謝罪を受ける気すらない。
謝罪など、どうでもいい。
……だから、嫌いなんだ。
光の恩恵が当然だと考えている王都の人間など。
「走って……?
ヴァイオレット、もう夕闇が迫っている。
そんな危険な真似はしなくてもいい。
王城の馬車で送らせるから……」
「その馬車を操る御者に売春宿に売り飛ばされたくないのでお断りしますわ」
心配そうなアルフレッドの言葉に、笑顔で答える。
「「ばっ……?!」」
「売春宿を知りませんの?
王都だけでなく、何処にでもありますわよ?
最も、中身はピンからキリまで有るようですが……」
そうじゃない……!
何でヴァイオレットが、そんな存在を知って……旅の影響かっ?!
まさか売り飛ばされそうになったのか?!
「ヴァイオレット!
王家の御者は、令嬢を売り飛ばすような真似はしない!」
「確かに、売り飛ばされはしませんでしたけれど。
金を握らされたのか、婚約して初期の段階で王都の中では比較的に治安の悪い区画に投げ捨てられたことが有りますわ」
「は……?」
「まさか……」
ヴァイオレットの返答に、アルフレッドは言葉を失い、シルヴァンは目を見開く。
「お二人は、案外世間知らずですのね。
光の国だとか言いますけど、この国には冷たい御仁が多いですわ」
美しく微笑むヴァイオレットに、アルフレッド達は返す言葉が見つからなかったのだった。




