第十三話
目を閉じて、無防備なヴァイオレットを前に。
薄目を開ければ、必死にレベッカを止めようとする令嬢達。
「(……ドレスが破れるでしょうけど……当て布に出来る布は有りますかしら……?)」
どうせ魔力を持たないヴァイオレットには、魔法を防ぐ方法は無い…………と、周囲は思っているのだろう。
ぶっちゃけ、やろうと思えば、自己開発した魔道具で防げたりするのだが。
「お前などっ!消え去ってしまいなさいっっ!!」
取り巻き令嬢達の努力虚しく。
顔を怒りに染め上げたレベッカの放った魔力の刃。
「……マジ、面倒くさいですわ」
悲劇のヒロインなど、性に合わない。
でも、抵抗すると家族に迷惑が掛かる。
……打算と折り合いって大切である。
「…………」
眼前まで迫った魔力の刃。
本当に、貴族社会って面倒くさい。
「…………っ?!」
改めて目を閉じていたヴァイオレット。
何時まで経っても来ない衝撃と痛みに、不審に思って目を開ければ……
「は?」
何故か、目の前に見慣れているようで、見慣れぬマント。
「……怪我は無い、ヴァイオレット?」
ヴァイオレットを背に庇った……大嫌いないけ好かない笑顔。
レベッカの放った魔力の刃を力技で消し去り。
背後にいるヴァイオレットを振り返った……アルフレッド。
「…………は?」
ヴァイオレットを背に庇った?
アルフレッドが?
何故?
「意味不明ですわ!」
「え……怪我、したの……?」
「私ではなく!
皇太子殿下が頭でも打ちましたかっ?!」
「…………打った覚えはないね」
誰かに呪われたのか、この男?
ヴァイオレットを庇うなんて……何を企んでいる?
「こう、たいし……でん、か……?!」
青褪めるを通り越して、紙よりも白い血の気を失った顔。
「な、ぜ……何故っ!
その女を庇うのですかっっ?!」
悲鳴のような叫び。
王族に攻撃魔法を向けてしまった。
しかも、王城内で攻撃魔法を発動してしまったことの拙さにレベッカは震えてしまう。
「レベッカ・ルル・ローゼンバーグ侯爵令嬢。
私が己の婚約者を庇ってはいけないのか?」
「は……?
でも、今までは……」
「っ…………私の至らなさを認めよう。
私の婚約者であるヴァイオレットに対する悪意を助長させてしまった要因の一つ」
アルフレッドの強く握り締め過ぎた拳が震える。
「それは……私にある。」
令嬢の暴走を対岸の火のように野次馬していた貴族たちがざわめく。
「何を……何を仰っているのですか?!
完璧な光の皇太子である貴方様の隣に!
その山猿女がいること自体が間違いなのですわ!」
光の皇太子に。
完璧な皇太子に……非がある?
「乞食のように見窄らしい!
皇太子殿下の婚約者として!
身なりを整えることも出来ない!
泥にまみれて領民と働く穢らわしい身のくせに!
貴族を! 侯爵位を名乗ることすら烏滸がましい!」
最初から間違いだったのだ!
あの日、あの時!
皇太子殿下の婚約者選びの場には、レベッカを筆頭に!
麗しく、教養豊かで。
貴族としての血筋も!
潤沢な資金も持った名家揃いだったのに!
「出涸らしの第二皇子にすら!
その女では釣り合いませんわっ……!」
叫ぶ。
叫んでしまった。
「出涸らし?」
アルフレッドの眉間にシワが寄る。
「あ……」
我に返る。
レベッカは口元を押さえる。
だが、飛び出してしまった言葉は変わらない。
「…………」
狼狽えるレベッカに、不愉快そうに目を細めたのはヴァイオレットも同じだった。
「ローゼンバーグ侯爵令嬢。
君だけではなく、ローゼンバーグ侯爵家の真意も聞かねばならないようだ。
この一件、私から陛下へは報告させて貰うよ。」
アルフレッドにしては、珍しく冷たく言い放つ。
その姿に、皇太子の怒りを盛大に買ったのだと野次馬たちはざわめく。
「ひっ……!
皇太子殿下っ!
どうか!どうか……慈悲深いその御心で私の愚かさをお許しくださ……」
「衛兵諸君。
何をしているのかな?」
放っておけば、アルフレッドに縋り付きそうな令嬢を前に冷静な声が響く。
「恐れ多くも皇太子殿下のお言葉が耳に届いているならば……仕事をし給え。」
近衛騎士団長の白いマントを靡かせ、優雅に微笑むシルヴァン。
「罪人を速やかに収容せよ。
取り巻きのご令嬢達も参考程度に話をお聞きしよう。
……周囲の見物人たちの顔と家名は覚えたので、必要時はお迎えに上がることをお忘れなく。」
美しい一礼で場を収めたシルヴァンに、我先にと野次馬たちが散って行く。
泣き喚きながら連行される令嬢達。
「……十倍返しの機会を逃しましたわ!」
不愉快そうに唇を尖らせるヴァイオレット。
その手元に取り出していた虫型の魔導機械人形をポケットになおす。
「(この蜜蜂型魔導機械人形で、一週間は耳と鼻が豚になる魔法薬を注入するつもりでしたのに!)」
自分のことは兎も角。
優しくて、面倒見が良くて、美味しいスープまで作ってくれる!
ヴァイオレットの最高の悪友を馬鹿にされるなど腹が立ってしょうがない!
「(……そうでしたっ?!
私としたことが、カーマインの特製スープを王都に戻って来てから、まだ飲んでいません!
今度、カーマインの部屋に忍び込も……遊びに行きましょう!)」
心の中で今後の予定として、頭に刻み込む。
「(……それにしても……殿下は、何がしたいのでしょうか?)」
玉座の間で会って以来。
別段、顔を合わせる機会などなかったヴァイオレットとアルフレッド。
ぶっちゃけ、ヴァイオレットが会いに行かなければアルフレッドと言葉を交わすことなく、春になると考えていた。
「(……ものすごく不本意極まり無いですが、これは助けてもらったことになりますの?
何ですか、感謝の言葉を待っている感じですの?)」
ヴァイオレット的には納得の出来ない感謝だが…………一応なりとも、助けてもらったことになる。
「皇太子殿下、助けてくれてありがとうございました。
では、お忙しいでしょうし、私はこれで失礼を致しますわ!」
さっさと嫌なことは済ませて走って帰る!
言い逃げよろしく。
言いたいことを告げて、踵を返そうとした瞬間。
「待って欲しい、ヴァイオレット……!」
「はひ?」
何故か、必死の面持ちでヴァイオレットの手を掴んだアルフレッド。
「少しだけ……君の時間を、私にくれないか?」
真っ直ぐに。
しかし、不安に揺れる瞳でアルフレッドは、ヴァイオレットへと懇願するのだった。




