第十二話
ひょこひょこ、と。
カーマインとの謁見のあと。
帰宅するために、お供も付けずに王城を歩くヴァイオレット。
『あらあら、日影の国の雌猿か歩いていますわ。
侯爵家とは思えないボロボロのドレス!
見窄らしいこと、この上ありませんわ!』
『アレが光の皇太子殿下の婚約者とは。
お優しい殿下のお顔に泥を塗る下郎めっ!
陛下や殿下さえお許しくだされば、光輝くこの国より一族諸共追い出してやるのに!』
『今度は、どんな悪巫山戯をするつもりなのか!
何時まで経っても改善しない日影の領地に、大金をくれてやるなど!
陛下は、溝に金を捨てるのがお好きなのか!』
王城内を歩くだけで聞こえてくる悪意の言葉。
「(……相変わらずですわね)」
アルフレッドの婚約者となり、王城を出入りすることを許されてから……ずっと。
ずっと、変わりなく聞かされ続けている悪意。
「(……光の王都、光の皇太子、光の力。)」
無表情のヴァイオレットの歩みは止まらない。
「(光輝く王城のはずなのに、最も悪意や欲望が蠢いているなど……とんだお笑い草ですわね)」
もう、慣れた。
嘲笑されることも。
後ろ指を指されることも。
悪意に晒されることも。
「(十歳のときに、婚約者とされて。
この王城に足を踏み入れるようになってから……私を守ってくださる人は居ませんでしたわ。)」
少しずつ。
心に鎧を纏う術を覚えて。
何が有っても、笑って。
数年後に、やっとの思いでカーマインという友を得た。
「あーら!
そこを歩くのは乞食侯爵、失礼!
ヴェノム侯爵令嬢ではありませんか!」
もうすぐ王城の玄関ホールに辿り着くという頃合い。
「?」
赤い髪の令嬢がヴァイオレットの目の前に立った。
「やっと身の程を理解されて、この国を出て行ったと皆で喜んでいましたのに…………何で、帰って来ましたの?」
「レベッカ様の仰る通りですわ」
「薄汚いバイ菌女を見なくて済むようになって、仲良く祝杯を上げておりましたのに。」
クスクスとレベッカと呼ばれた赤髪の令嬢を中心に、少女たちが嘲笑う。
「………………」
ヴァイオレットは、慣れた様子で目の前の令嬢達を見詰め……首を傾げた。
「……あ!
あらあらあら!
えー……おべっか嬢?
お久しぶりですわね?
えっと……糖尿病のご主人はお元気ですか?」
「そうなのよ!
あの人ったらもう五十を過ぎたいい年なんだから気を付けなさいって、いつも言ってますのに……って!!」
井戸端会議をする主婦の雰囲気を瞬時に纏ったレベッカが、笑顔で答え……
「何をさせますのっっ?!
私はまだ未婚でしてよ!
それに!私の婚約者は同い年ですわっっ!!」
「あらまぁ、おべっか嬢ったら……今日も、ノリ突っ込みが冴え渡っておりますわね。」
玄人の技ですわ、と笑顔でヴァイオレットは、パチパチと拍手を送る。
「ふっざけるんじゃ有りませんわっっ!!」
ヴァイオレットの襟首を掴んで振り回しそうな勢いのレベッカ。
取り巻きの周囲の令嬢達は及び腰となってしまう。
「レ、レベッカ様! 落ち着いてくださいまし!」
「そ、そうですわ! 山猿の思う壺ですわ!」
周囲の令嬢達が怯えながら声を掛ければ……
「はっ?!
私としたことが!
山猿の嫌がらせに負けるところでしたわ!」
頭に登っていた血が少しだけ下がり、落ち着きを取り戻した。
怒りや苛立ちを抑えるように、深呼吸をしたレベッカ。
気を取り直したように、もう一度ヴァイオレットを睨みつける。
「身の程知らずの貴女に、今一度教えて差し上げますわ!」
「えー……たぶん、お名前を伺っても……覚えられますかしら……?」
目を見開き、突き付けようとしたレベッカの指先が、ヴァイオレットの言葉を受けて震え出す。
「ま、さか……貴女っ!
この私の名前を覚えていませんの?!」
「ごめんなさい……初対面だったでしょうか?
似たような髪型や化粧をされた方々が多過ぎて、顔の判別が付かなくて……。
額に第三の目とか有れば、覚えやすいのですけど……」
困ったように微笑むヴァイオレットに、レベッカの怒りが怒髪天を突く。
「私は!
名門ローゼンバーグ侯爵家のレベッカ!
お前のような乞食以下の下賤なヴェノム侯爵家など足元に及ばぬ名家の生まれでしてよ!」
「はぁ……えー……お話は以上でしょうか?
迎えの馬車も来ませんし、暗くなる前にそろそろ走って帰ろうかと思っていますの。」
「まだ、話は終わっていませんわ!」
御機嫌よう、と笑顔で歩き出そうとしたヴァイオレットの腕をレベッカが掴んだ。
「いつも、いつも!
そうやって私を虚仮にして!」
「え、普通に痛いのですが?
あれ、目の前のお方は貴族のご令嬢ではなくて名門ゴリラ?」
「っ……!
お前のような生きているだけで迷惑極まりない!
穢らわしい女が!
どうして光の皇太子であるアルフレッド殿下の婚約者なのですか?!」
ギリギリと握り締められた腕が痛い。
感情の昂りと共に火花が散るように溢れ出した魔力。
「(あー……やりすぎちゃった、かしら?
一応、結構頑張って縫い直した一張羅のドレスだから、汚れるのは嫌ですわね)」
とんだ厄日ですわ、とヴァイオレットは諦める。
「(……多少、魔力を爆発させて私を痛め付ければ気も済むでしょう。
王城内で魔力を暴走させたとなりますと、ローゼンバーグ侯爵家も騒ぎにしたくない無いでしょうし。)」
諦めの境地。
慣れとも言う。
「……私が、婚約者に選ばれた理由など皇太子殿下に直接お聞きくださいませ。」
本当に……いい迷惑である。
「このっっ! 身の程を知りなさいっっ!!!」
「レベッカ様っ!」「ダメですわっ!」
取り巻きの令嬢達が、流石にやり過ぎだとレベッカを止めようとするがもう止まらない。
「…………」
体に受けるだろう痛みを想像し、あくまでも被害者だと印象付けるために。
抗うことなくヴァイオレットは、いつものように目を閉じるのだった。




