第十話
秋の終わり。
もうすぐ寒い冬が始まる頃。
「ひぃぃっいやあぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
ちゅどぉぉぉんっっ!!!と王都近郊の丘に、隕石のように何かが降って来た。
「い゛ったいっっですわっっ!!」
出発した日の朝よりも、ボロボロになった継ぎ接ぎだらけの服。
傷だらけの身体。
「きゅー……」
「私は大丈夫です!
まだまだ飛ぶ練習は必要ですが、見事な渦巻き直下型下降着陸でしたわ!!」
心配そうにヴァイオレットを覗き込む一匹の紫がかった…………古代龍。
「でも……ちょっぴり痛かったので、着地の練習を先にするべきでしょうか?」
優しく古代龍の頭を撫でながら、ヴァイオレットは微笑む。
そして、その視線は前へと向けられる。
「……帰って来ましたのね……」
丘の上に立ち。
ヴァイオレットは、出発した時と変わらぬ王都を無表情に見下ろす。
「きゅー……?」
「ふふ……優しい子ですわね……。
でも、王都の者達に見付かると面倒極まりません。
小さな姿になって、私の服の中に隠れていてくださいな。」
「きゅっ!」
良い子ですわね……と呟いたヴァイオレットは、重い足取りで王都の門へと歩みを進めるのだった。
お騒がせ侯爵令嬢の帰還の報は、瞬く間に貴族社会に広がり……すぐに消えていった。
「陛下、皇太子殿下……私の我が儘ゆえに、勝手に王国を飛び出し、心より申し訳御座いませんでした。」
「恐れながら、陛下。
我が愚かな娘は、此度の咎に対して領地にて謹慎させます。
どうか……そのお許しを頂きたく……」
玉座の間。
侯爵位を持つ貴族にしては安っぽい服を着たヴァイオレット、父であるバーバリアンが玉座に向かって頭を下げる。
「ヴェノム侯爵よ。
皇太子の婚約者でありながら、サンライト王国を飛び出したことは遺憾ではある。
だが、それ以上に素晴らしい功績を彼女は持ち帰ってくれた。
その功績と咎を相殺し、余より謹慎の許可は出すに至らぬ。」
「…………海よりも広い御心にて、我が愚かな娘の愚行をお許し下さり感謝に堪えませぬ。」
お咎め無し。
ヴァイオレットが王国を飛び出し、帰還した。
だが、王国内の権力闘争において、それに伴う変化は何も起きなかった。
……それが、一部を除いた大半の貴族たちの認識となったのである。
貴族街の端っこ。
古くて、狭いヴェノム侯爵家の屋敷。
「ダメ元で言ってみたが……やはり、婚約破棄は無理か……」
王城より戻ったバーバリアンは、深いため息をつく。
「父上、此処までの功績を持ち帰ったヴァイオレットを彼奴等が手放す理由は有りませんよ」
昼行灯な雰囲気が鳴りを潜め、冷たい微笑みが浮かべるハロルド。
「お父様、お兄様……申し訳ありません……」
しゅん……と肩を落とし、落ち込んだヴァイオレットに二人は慌てる。
「ヴァイオレット!
お前は何も悪くない!
儂の自慢の娘だ……!」
「そうですよ!
ヴィーは領民のために頑張ったのです……!
褒めることはあっても、叱ることなど…………まあ、無茶をしたことは悲しかったですけど……」
バーバリアンとハロルドは、ヴァイオレットが帰って来た日のことを思い出す。
――王都へとヴァイオレットが帰還した日。
ヴェノム侯爵家へと戻って来たヴァイオレットを力一杯に抱きしめたバーバリアンとハロルド。
そのまま無茶をしたことを説教したが、何よりもヴァイオレットの無事が嬉しくてたまらなかった。
「お父様、お兄様……お母様や妹にも、そして……領民の皆に私は謝らなければなりません……」
「私は!太陽の石を持ち帰ることが出来ませんでした!」
「ですが!
次こそは必ず!持ち帰ってみせますわ!」
唇を噛み締め、痛みに耐え……微笑んだヴァイオレット。
「良いのだ、ヴァイオレット。
太陽の石が無くとも、お前が無事でさえ有れば……それで、良いのだ」
「太陽の石に頼らなくとも、必ずヴェノム領には春が来ます。
ヴィーが届けてくれた種芋は、痩せ細った畑でもよく育ったよ。」
ヴァイオレットの太陽の石を探す旅は、無駄では無かった。
「お父様、お兄様……!
ありがとうございます……!」
ボロボロと大粒の涙を流れる。
ヴァイオレットの旅は無駄では無かった。
その一言で、ヴァイオレットの心は温かくなる。
「きゅー!」
「あら……ジョセフィーヌ、貴女も私を心配してくださいますの?」
ヴァイオレットの服の中より飛び出した小さな龍。
「「……………………っ?!」」
その姿を見たバーバリアンとハロルドは、声も無く固まってしまう。
「……ヴィー……そ、の子は……」
震える指先、引き攣った笑み。
ハロルドが信じられない物を見たような顔で、ヴァイオレットへと問い掛ける。
「この子はジョセフィーヌですわ!
氷の国を出発する際に、姫君よりお礼の品として古くからお城の宝物庫に有った魔法石を頂きましたの。
私は魔力がすっからかんですので、魔導機械を操る際の動力に、と!
ただ、旅の途中でパッカーン!と割れて、この子が生まれて来ましたの!」
流石の私もびっくりしましたわ!とあっけらかんと笑うヴァイオレットに、ハロルドは頭を抱える。
「私の記憶が確かならば……恐らくは、古代龍だと思うのですが……?
……専門家では有りませんので、分かりませんわね!
まあ、謎は謎のままでも、死にはしませんから問題ないかと!」
「きゅー!」
「「………………」」
まさかの旅の友に、バーバリアンは白目を剝き、ハロルドは遠い目をしてしまうのだった。
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