第九話
秋も半分過ぎ去った頃。
慌ただしく公務を裁き、慰問などの日程を調整するアルフレッド。
「…………やっと、自覚しやがったか」
慌ただしい兄を尻目に、カーマインは自室で優雅にヴァイオレットからの手紙を開いた。
『もう……秋が半分は過ぎようとしています。
結論から申します。
私は、太陽の石を見つけることは出来ませんでした。』
手紙の冒頭。
「……ヴァイオレット……」
少しだけ濡れて、歪んだインク。
それだけで、明るい笑顔しか浮かべない……涙など見せないヴァイオレットの心の痛みが伝わってくる。
『ふふ! 私らしく有りませんわね!
まずは、氷の国に着いたところからですわ!
流石は、氷の国ですわね!
何処を見ても真っ白で、雪と氷で出来ているって感じですわ!
太陽の石に関する手掛かりを求めて、氷の国のお城に突撃したいところですが……。
私も常識というものは備わっております!
矢文で会う約束をお願いしてはダメです!
家を訪ねるときは、手土産が必要です!
そのため、寂れた市場で非常食を買い求め……とっても高くて悲しかったですわ!
まあ、取り敢えず買い求め、正々堂々お城の正門へと参りましたの!
秒で門番に追い払われましたが!
運命の出会いを果たしましたの!
私!初恋を奪われてしまいましたわ!
まさか、この私が恋をするなど思っておりませんでしたが……彼を前にすると胸のドキドキが止まらないのです!』
手紙の一枚目を読み終わったカーマインは、頬を引き攣らせる。
「……うわー……マジか。
初恋って……しかも、このタイミング……」
恋を自覚したばかりのアルフレッドに、強力過ぎる恋の好敵手が出現してしまった。
『ですが!私が優先すべきは太陽の石!
氷の国の将軍である彼に太陽の石を探していること、砂漠の国からの身分証明書を渡しましたの!
そうしますと、あれよあれよと言う間に……なぜか、王様と謁見することとなりまして……。
手土産代わりの非常食を渡すタイミングを逃してしまいましたわ。
取り敢えず、氷の国は呪われた姫君のせいで春が来ないそうなのです。
紆余曲折あって、雪山の天辺のお城に閉じ込められているお姫様に会いに行きました!
将軍様と一緒の旅路はドキドキしましたが……。
頭にトナカイの大きな角を装着した変な店主に食い逃げと間違われて追いかけ回されたり。
遭難しかけたりと色々ありましたが、元気です!
お姫様に会いまして、色々あって誤解を解いて……太陽の石が無くなっていることを突き止めましたわ。
一応……次回へと繋がる布石は手に入れましたが……今回は成果なしですわね……。
この手紙が、そちらに届く頃。
私は、氷の国を出発しています。
もうすぐ冬ですもの。
約束通り、一度帰りたいと思います。
追伸
初恋と儚いものですねものですね。
私の初恋相手は、お友達になった氷のお姫様の婚約者だったそうです。
すごく悲しかったけれど、幸せそうな二人に祝福あれですわ!』
手紙を読み終わったカーマインは、眉間を押さえる。
「……ツッコミどころは、色々有るが……そうか……初恋は散っちまったのか……」
悲しみを堪えて、満面の笑顔で恋人たちを祝うヴァイオレットの姿が浮かんだ。
「……いつ帰ってきても良いように、アイツの好きなスープでも作っといてやるか……」
窓の外を見れば、鮮やかだった紅葉が散った木々。
寒い寒い北風が吹き始めている。
「……気を付けて帰って来いよ」
遠い空の下にいるであろう悪友を思い、カーマインは呟くのだった。
時は戻り。
カーマインのもとに、ヴァイオレットの手紙が届く前。
氷の国。
雪山の天辺にある城の隠された地下室。
「……そういう、ことでしたのね……」
広い地下室の床いっぱいに描かれた魔法陣。
魔法陣の中央に設置された台座。
「…………」
無言でヴァイオレットは、魔法陣を見詰める。
何故か、ヴァイオレットが魔法陣を踏むと淡く光るのだ。
「……このような現象は……初めてです」
黒髪に、氷のように透き通った青い瞳の美貌の姫君が驚く。
「……何か、分かったのですか?」
大柄で逞しい鍛え上げられた体を漆黒の防具で身を包んだ精悍な将軍が、ヴァイオレットへと問い掛けた。
「……私は、旅の目的をキノキノ大密林で既に果たしていたということですわ。」
ゆっくりと中央の台座へと近付く。
「……案外、女の勘というものは……当たるものですわね」
なんとなく。
なんとなく、大切な気がして。
キノキノ大密林と海底で拾ったキラキラと輝く小さな石。
肌身放さず、小さな袋に入れて首にかけていた。
「……ふむふむ……どうやら、この魔法陣は中央の台座の窪みに設置した"何か"の力を国中へ届けるものみたいですね。」
「……ヴィーさまは、色々なことをご存知なのですね……!」
「そうでもありませんわ!
幾ら天才科学者であり、魔法の論理を組み立てることが大好きでも!
ぶっちゃけますと、出来ないことの方が多いのです!」
尊敬の眼差しを送る氷の国の姫君に対し、エヘン!と胸を張るヴァイオレット。
「……それを認め、胸を張ることが出来る精神力が凄いと思いますが?」
薄っすらと笑みを浮かべた将軍の微笑み。
「ありがとうございますわ!」
感謝の言葉を返しながらヴァイオレット、はジッと台座を見つめ……一度目を閉じる。
そして、目を開けた瞳には……一つの決意が宿っていた。
「…………情けは人の為ならず、ですわ」
「ヴィー殿?」「ヴィーさま?」
決意を込めて、優しく微笑んだヴァイオレットは、小さな袋から小石を取り出す。
「…………」
静かに小石を台座の窪みに……小石を設置した。
「っ……!」
その瞬間。
「え……?」「姫っ!」
台座を中心に黄金の光が溢れ出す。
驚く姫を、将軍が庇う。
溢れ出した光は、台座から魔法陣へと。
複雑な文様を描きながら、黄金の光が満ちていく。
「氷の国に……春が来ますわ」
寒い冬を命を落とすことなく明日を信じることが出来るようになったヴェノム侯爵領。
氷と雪に閉ざされ、春が来なくなった……明日の命すら信じられない氷の国。
「……ごめんなさい……みんな……」
ヴァイオレットは黄金の光に包まれながら、ひと粒の涙を零すのだった。




