第八話 首塚大明神
「そんな事があったんですか……」
時刻は既に二十時を越えた頃。着物に着替えた悠月は、芽衣と共に京都市の西の果てにある首塚大明神にまで来ていた。
京都市と亀岡市を繋ぐ国道四七八号から逸れた山中の小道に存在するそこは昼間に明日香が言っていた通り〝表〟では最恐の心霊スポットとして有名な場所でもある。
そして来る途中、芽衣に放課後の出来事を話していたのだが……。
「おおよその経緯は分かりました。でも悠月様、一つお小言があります」
話を聞いている最中はその情報量に、ずっと口をポカンと開けた様子だったが、終わってしまえば叱り口調のお説教モードに入ってしまった。
「どうして酒吞童子の事を昨日のうちに話してくださらなかったんですか! だいたい……」
水干の袂を揺らしながら芽衣が言う。心配をかけたくない、というのが悠月の一番の思いだったが、芽衣の言い様は至極まっとうだ。
「もう、聞いているんですか悠月様!」
聞いてはいるが何を言っても怒られるのは分かっている。波留のやつ早く来てくれないかな、と悠月が胸中で祈っていたところ、丁度後ろから声をかけられた。
「お待たせ、二人とも」
聞き馴染みのある声に振り返ると、思った通りそこには波留の姿があったのだが、悠月の何とも言えない表情を見るや否や薄い笑みを向けられる。
「あれ、取り込み中だった?」
波留が首を傾げると、昼間と違って高い位置で一本にまとめられた長髪が揺れる。服装も白色の長着に深紅の袴を履いて、その上には渡辺星と呼ばれる三つ星に一文字の家紋が背中に大きく描かれた薄い桜色の羽織を着ている。
「波留様お久しぶりです」
「芽衣ちゃん久しぶり。元気にしてた?」
「はい! ……あ!」
丁寧かつ元気な挨拶をする芽衣だったが、波留の少し後ろに深紅の法被を着た凛々《りり》しい立ち姿の従者を発見すると、瞳術とは一切関係なくその目をキラキラと輝かせた。
「麟君!」
芽衣はすぐさま麟君こと、麟太郎に近寄りその頭を撫でにいく。
「お久しぶりです! 元気にしていましたか?」
「はい、芽衣殿もお元気そうではひほりへほはいはふ」
途中からモチモチのほっぺたをつままれたせいで麟太郎は上手く喋れていない。しかし当の本人はそんな事を一切気にする様子なく、赤い毛並に続く丸い尻尾をぶんぶん振っている。
そう、麟太郎とは犬だ。それもただの犬ではなく、渡辺家に代々仕える瞳術使いの柴犬の一族。もちろん犬が術眼を開眼させる事などはなく、大昔に死んだ赤子のまだ小さな眼を移植したことで定着し、瞳術使いとなったのが始まりらしい。
言葉を話せる摩訶不思議な生態は術眼による作用効果で、代が変われば移植したりと、何百年使い続けられているにも関わらず、その眼が死なないのは渡辺家への忠誠心からだろう。
「助かったよ」
悠月が半ばため息交じりに言うと、「なに、やっぱりお説教中だったんだ」と波留は対照的な笑みを浮かべる。
「それよりもよく出てこれたね。家の方はだいぶうるさかったんじゃない?」
「無理やりだよ。それにあっちは正直、俺の及ぶ範囲じゃない」
「それはそうか。で、どうだったのさ?」
淡々と並べられる波留の言葉に悠月は少しだけ言い淀む。
「……家の宝蔵はしばらく開けられた形跡がなかった。もちろん【雷光眼】やその他に源家が所有してる術眼は一つも盗まれてない」
「【雷光眼】以前に一級の術眼が㰷眼になりもしなければ何百年とそこら辺に転がってたなんて、それはちょっと考えにくいね」
術眼は術協が定める指標によって等級が与えられる。それは同じ種類の術眼であっても、個体差があるために与えられる等級はまばらになる。
だが、【雷光眼】を初めとする名家の祖先の眼に限っては開眼した時点で、全五段階あるうちの一級が漏れなく与えられるようになっている。
「……ああ、ますますあの眼の出どころが不明瞭だ」
苛立ちを噛み殺すように悠月が言葉を吐く。すると、それまで和気藹々《わきあいあい》としていた芽衣と麟太郎が黙って波留の方を向いた。
何やら芽衣の手には犬用おやつが握られており、一応主人である波留に確認を取ろうとしてるのだろう。ただ、既に麟太郎の方は口元から涎が溢れ出ている。
「ご好意を無駄にするのはいけないからね。いただきな、婆様には内緒にするんだよ」
波留が言い終えるのと同時、「ワン!」と大きな声で麟太郎が鳴いた。そして次の瞬間には芽衣の手元からものすごい勢いでおやつが消えていく。
その様子に悠月も屈んで視線を合わせると麟太郎の頭に手を伸ばした。
「久しぶりだな麟太郎」
しかし、その手は前足で簡単にはたき落とされてしまう。悠月は思わず眇めて口を開いた。
「おい? なんではたくんだよ」
「なんでもありません。悠月殿もお元気そうで何よりです」
なんでもないと言うわりには尻尾がピンと逆立っている。しかも目も合わせないときた。
「相変わらず俺への態度が悪いなこの犬っころ」
吐き捨てるように言うと悠月は立ち上がって主人の方を見る。
「ほら、柴犬って警戒心と忠誠心が強いって言うじゃん」
「だったら芽衣に懐くのはおかしいだろ!」
波留への文句は許さないのだろう。麟太郎が威嚇してきたので、悠月も同じように睨み返してやる。
「ほら、悠月も麟もそろそろ行くよ」
これには流石の波留も呆れたのか、ため息交じりに言った。そして、そのまま双眸に深紅の光を宿すと、鳥居の横にある『首塚大明神』と書かれた石の社号標の前に立つ。
瞳力を帯びれば、暗闇でも物体を視認することが出来るようになる。悠月も双眸を藍色に発光させると、波留の隣に立った。
「前に来た時に比べても変化はないように思えるな」
「うん、〝表〟から見た感じは異常なさそうだね。早速〝裏〟に入ってみようか」
全員が瞳力を帯びると、鼻の利く麟太郎を先頭にして悠月、芽衣、波留の順番に鳥居をくぐる。「障壁結界も問題なく機能しているように見えますね」
瞳から柑子色の光を放つ芽衣の言葉に悠月は頷く。〝裏〟に入ったものの特段、違和感のようなものは感じない。
「麟、どう?」
「はい、周囲からは何も感じません。境内の外も特に問題ない様に思えます」
杏色の瞳をした麟太郎が嗅覚を利用して周囲を索敵したが、やはり異常はないらしい。
「まぁ、障壁結界に異常があったらそれこそ大問題なんだがな……」
首塚大明神を初め封印や、〝裏〟の結界を維持するための楔が打ち込まれている神社仏閣には、㰷眼が境内へ侵入できないよう障壁結界が施されている。加えて楔の役割を果たす本殿は一般人が悪さをしないように〝表〟ではなく、〝裏〟に本物を置くといった徹底ぶりだ。
正面切って障壁結界を破壊しようものなら、すぐさま術協経由で瞳術使いが派遣されるようになる。
「とりあえず封印がどうなってるか見に行こう」
一応ここ実在するんですね……




