第九話 封印の由緒
石段を上り、本殿へ向かって行くのだが、その順路は途中から聳える木々の合間を縫って進むようになり、足元が悪くなる。
「そういえば芽衣ちゃんはさ、裁着袴以外の袴は履いたりしないの?」
悠月が地表に盛り上がった大木の根に足を取られそうになっていると、波留が言った。おそらく、久しぶりに会っても変わらない芽衣の童姿を見て改めて思ったのだろう。
「え、あ、はい……私は身長も低いのでスカートみたいなのは不格好になるかなと……」
前を歩く悠月には見えないが、全く予期していなかったのであろう問いかけに、芽衣が少し気恥ずかしそうに狼狽えるのが容易に想像できた。
「でも学校ではスカート履いてるでしょ?」
「……あれは仕方なくです。制服が指定されているので」
それを聞いた波留が、身内でもないのに何故か悩まし気に嘆息をつき、「もったいないな」と呟く。すると、少しして何を閃いたのか、「そうだ!」と大きな声を出した。
「私のお下がりで良ければあげるから着てみなよ」
相変わらずと言ったところか。良く言えば天真爛漫、悪く言えば突拍子がない。そんな波留の言葉に流石の芽衣も一瞬足を止めて驚きを露わにした。
「さ、流石にいただくのはいけませんよ……」
「大丈夫、うちの弟どもは着ないから。それに、言っても芽衣ちゃんだって年頃の女の子なんだから多少はお洒落に慣れないとさ。聞いてる感じだと私服でもスカート履かなさそうだし」
任務中でなくても心霊スポットでするような話ではないが、確かに悠月も普段着でスカートを履いている芽衣を見たことがないと思った。
「あとは悠月のお守は大変でしょ? ストレスも溜まるだろうし、こんな辛気臭い任務でも、お洒落したら少しはやる気がでるかもしれないと思うんだ」
うんうんと頷きながら畳み掛ける波留に対して、悠月は振り向かずに言ってやる。
「波留、なんか言ったか?」
「べーつに」
夜の神社が纏う独特の重苦しさを掃う様に波留がからからと笑う。
「ま、考えといてよ芽衣ちゃん」
「はい……」
悠月が少しだけ振り返ると、伏し目がちに頷く芽衣の姿が映った。憂いを帯びたその表情は着物を着こなす自信がないからなのか、任務のことを気にしているからなのかは分からない。
けれど芽衣に課せられている一番の任務が、酷であることを悠月は理解している。
瞳術使いは二人以上の行動が推奨されている。それは移植が利く術眼の性質にあり、一人が絶命に瀕した際、もう一人が術眼を回集できるようにだ。
そして芽衣の瞳術は攻撃術ではなく回復術。前に出て戦闘をすることはまずない。つまり、芽衣はいざという時に悠月の眼だけを家に持ち帰る決断をしなければならない。
それは波留に仕える麟太郎も同じ役目をしている。
「やっぱり異変は感じられませんね」
本殿と言っても二畳ほどの大きさしかないそれを前にして麟太郎が言った。
「ああ。でも本殿の裏側にある木の柵の内側にある塚……〝裏〟じゃ確か井戸だったか。そこに酒吞童子の首が封印されてるはずだ」
悠月の言葉に波留が黙って頷く。
すると、それとは別に芽衣が本殿とは違う方向を見て首を傾げた。
「あの、あれは何でしょうか?」
芽衣の視線の先にあったのは一つの石碑だった。
悠月は記されている内容を思い出して口を開く。
「あれには昔話が書いてあるだけだよ」
「頼光四天王ってね」
波留が冗談めかして被せると、「ああー」と芽衣がと大きく頷く。
「せっかくなので見てもいいですか?」
悠月が頷くと、『由緒』と最初に刻まれた石碑を芽衣はまじまじと見つめた。そこには酒吞童子が首塚大明神に封印されるようになった経緯が書かれている。
平安時代の当時、都を荒らす酒吞童子や茨木童子といった凶悪な鬼たちがいたこと。その討伐を命じられた源頼光は後に頼光四天王と呼ばれる家来たちと、藤原保昌を連れた少数精鋭で根城に乗り込み、これを成功させたこと。しかし、完全に葬り去ることは出来ず、止む無くこの場所に封印されたと最後に記されている。
「この藤原保昌って、今は東京におられる藤原家のことを言われているんですよね?」
「そうだよ。でもあそこの当主は腹の中で何考えているか分からない蛇みたいな人なんだ」
波留が少しだけ嫌そうな表情を浮かべたのに対して、悠月は驚きをみせた。
「会ったことあるのか?」
「お父さんの葬儀でね。どういうつもりだったかは知らないけど列席してくれたんだよ」
他の名家と争うこともなければ、味方をする訳でもないのが藤原家だ。普段は東京にいるため、姿を見る機会はないが、まさか波留の父親の葬儀に列席していたとは思わなかった。
すると、悠月たちが石碑に関心を向ける中、麟太郎だけが黙って本殿の方を見ている事に波留が気付いた。
「どうしたの麟?」
「……薄いですが奥の方から人の臭いがします」
徐ながらも確信を帯びる麟太郎の言葉に全員の緊張が一気に高まる。
「奥って本殿の裏よね?」
「おそらくですが……。行ってみましょう」




