第七話 異種眼持ち
「悠月、あの眼……」
能面の敵が鳥居をくぐって〝表〟へと消えて行く姿を見ながら波留が言った。
その言葉に悠月は返答しようと口を開いたが、何を言う前に明日香が詰め寄って来る。
「一体どういうことよ悠月! あいつの眼、あんたんところの【雷光眼】でしょ!」
「ああ。でも、もう片ほ———」
「でもじゃないわよ! 私、源家の人間に殺されかけたのよ? こんなの大問題でしょ! 家同士の戦争でも始めるつもり?」
教室で怒っていた時とは比にならない程、明日香が激昂した。
「聞いてくれ、明日香、」
「まさか酒吞童子がどうとかって話も源家が俺たちの家を貶めるための罠じゃないよね」
明日香を宥めようとした矢先、今度は透哉が口を挟んできた。
誤解を解こうとして悠月の声も自然と大きくなる。
「それは違う! そんな回りくどい話を持ち出して俺に何のメリットがある!」
「どうだか。さっきのだって悠月が本気出せば追い付けたんじゃないの? わざと逃がしたって言われても仕方ないよね」
不意の事で動けなかったのは事実だが、わざと逃がしたわけじゃない。悠月が弁明のタイミングを見失っていると、明日香が大きく鼻を鳴らした。
「とにかく、この事は親を通して術協に報告させてもらうから。じゃ」
「癪だけど、俺も卜部と同意見だ。帰らせてもらうよ」
明日香と透哉が順番に屋上から去っていく。
「ぼ、僕も元々皆が来るって聞いたから来ただけだし……その……ごめんなさい!」
おろおろと状況を見ていた逞真だったが、何とか言い切ると足早に立ち去って行った。
「……くそ、何がどうなってるんだ」
悠月は吐き捨てると、フェンスを殴りつけた。
「ごめん、悠月。私もフォローしきれなくて……」
「いや。今のあいつらには何を言ったって火に油を注ぐだけだったろうさ……仕方ない」
珍しくバツが悪そうにしている波留に向き直って悠月は首を横に振った。
沈黙が訪れる。だが切り替えるように波留が毅然とした態度で話し始める。
「話を戻すけどさ、多分さっきの奴が持ってた眼って【雷光眼】だけじゃないでしょ」
流石というべきか、波留の口調からは確信めいたもの感じる。屋上を吹き抜ける風に気持ちを落ち着かせながら、悠月は能面の敵について思い返す。
「ああ、十中八九あいつは異種眼持ちだ。【雷光眼】ともう一つ別の術眼を持ってる」
「やっぱりね……。最後に逃げた時のはともかく、あの攻撃の回避はもはや速いとかそういう話じゃなかった。消える……いや、瞬間移動みたいな感じだった」
「……俺もあんな瞳術は見たことがない」
しかし悠月にとって、いや源家にとってはそれ以上に重大なことが起きてしまっている。
「あの【雷光眼】一体どこで……」
異種眼持ちの存在自体は珍しいものではない。先天的にそのように生まれて来る者も瞳術の世界では存在するし、何よりも術眼は生きた眼。移植が可能なのだ。
「現状で【雷光眼】を持ってるのは悠月と、それにおじ様、お爺様だけよね?」
「ああ。俺は見ての通り両眼とも無事だし、親父も勝爺も奪われるなんて事はまずない」
「なら源家で保管されてる先祖たちの眼が盗まれた……なんて考えられないよね。そっちの方が難易度的には高いだろうし」
悠月は静かに頷いた。外部の人間が持ち出せるほど源家のセキュリティは甘くはない。
「となると本当に源家の人間が何かしら馬鹿をやったって可能性が出てくるな……」
「それでも引っ掛かるところはあるよ。【雷光眼】なんて代物を持っておきながら、わざわざ燃費も悪くて限定的な力しか使えない異種眼にする意味は?」
術眼は同じ種類が両眼一対であって初めて百パーセントの力を引き出せる。つまり異種眼の場合は同時に二種類の瞳術を使用できるが、波留の言うように制限がかかってしまう。
「なら波留は、あの能面の敵が片眼しか手に入れられなかったって言いたいのか?」
「いや、可能性の話しだよ。もう片方の消える? 瞳術が相性良くて優秀だから、【雷光眼】は片眼だけで十分でした、なんて言われたらどうしようもない」
「……」
悠月は押し黙ってしまう。
とどの詰まり、これ以上ここで考えていても仕方がないということか。
「帰ったら家の宝蔵を見てもらうよ……でも持ち出された痕跡なんてあれば源家はいろんな意味で終わりかもな……」
「そうなったら悠月と芽衣ちゃんを含めた源家の資産は渡辺家が買収させてもらうよ」
「おい」
波留が得意そうな笑みを浮かべて言うのに対し、悠月は肘で小突いて返した。
しかし、薄い笑みを浮かべたのも一瞬、悠月は無意識に能面の敵が指さしていた校舎裏の山と森の方を見た。
すると、その僅かな変化を察知してか、波留も同じ方向を見て口を開いた。
「なに、まだ気になる事でもあるの?」
「ああ、少し……。波留たちが屋上に来る前、あの能面の敵があっちの方を指さしたんだ」
悠月は視線の先にある校舎裏の景色を指さした。
すると、悠月がそうだったように波留も訝しんで眉を顰めた。
「当然そこの山と森がどうってわけじゃないようには思えるけど……仕掛けるのに悠月の注意を引きたかったとか、そんな感じじゃなかったんだよね?」
「ああ、そんな雰囲気はなかった」
「だとすると、方角そのものに意味があるって考えるべきだよね」
「北東……ようは鬼門をさしてるんだろうけど……」
風水地理が発達したとされる平安時代から北東の表鬼門、南西の裏鬼門は災いがやって来る方角と言われており、現代でも建物を建造する際は出入り口が配慮されることが多い。
そして、その考え方は瞳術使いたちの間でも一般的であり、まさしく全国に点在して相互作用し合っている〝裏〟の結界はそれらを考慮した法則に沿って組まれている
「でも、酒吞童子が封印されてる首塚大明神と方角はほぼ真逆だよ」
「うん、それもあって少し引っ掛かっててた……」
波留の言葉の通り、首塚大明神は学校から西の方角にある。
悠月は長い息を吐いて気持ちを切り替えると、視線を波留の方に向けた。
「とりあえず一旦、家に戻るよ。それと首塚大明神への偵察は俺たちだけで行こう」
「分かった。……みんなも来てくれたらよかったんだけどね」
波留が真剣な表情で頷いたかと思いきや、清々《すがすが》しくもため息交じりにそう言った。
悠月は淡く笑んだ。そして、一瞬なにを言うか悩んだ末に、先ほどの波留から始まった戦闘の流れを思い出して口にすることにした。
「けど、急繕いにしてはあいつらと良いコンビネーションだったな」
「悠月が窓から追いかけて行った後、作戦を立てる時間はあったからね」
「……だったら、やっぱり波留が皆をまとめてくれた方が良かったんじゃないか……」
悠月が思わず泣き言で返すと、波留はどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私じゃ指示は出せても引っ張るのは無理だよ、大将」
波留が勢いよく悠月の背中を叩いて続ける。
「それにもしかしたら、綱もこんな役回りだったのかもよ」
彼女の先祖である渡辺綱は頼光四天王の筆頭であり、一番の家臣だったと言われている。
しかし、当然ながら実際を見たことのない悠月からすれば、そんな昔話はいい迷惑でしかない。
悠月があからさまにため息を零すと、それを見た波留はまた笑った。




