第六話 今は昔、頼光四天王というものありけり
「【百雷破】!」
真っ直ぐ振り下ろされた刀から、無数の細かな雷が地面に向かって炸裂する。たちまち土砂とコンクリートが抉ぐれて捲れ上がると、それらは雷を纏って前方に吹き飛んだ。
無数の礫は散弾銃の如く。校舎を穿ち、その奥の渡り廊下を破壊する。
しかし、先ほどまでそこにいたはずの能面の敵の姿がまた消えている。
「またか! どこに…………上か!」
動く影を視界に捉えた悠月は新校舎側の屋上に向かっている能面の敵を追った。
どういうつもりかは分からないが、単純な速さ比べで悠月が負けることはない。
ほぼ同時に屋上へ降り立つと、悠月は能面の敵に向き合って口を開いた。
「その能面、小面って事ことは、お前は女なのか?」
小面は能楽で女性役が付ける面だ。加えて能面の敵は小柄で、実に身長一七五センチある悠月よりも二十センチ近くは低く感じられる。
「お前は昨日、俺に酒吞童子の事を話してきたやつか?」
能面の敵に対して、悠月はまた別の問いをぶつけたが、やはり返答はない。
しかし、沈黙が続くかと思われたその時、能面の敵が左腕を真横に伸ばして指をさした。
「!?」
その奇妙な行動に悠月は思わず眉を顰めた。
指先が示す方角は北東。しかしその先には学校裏の山と森しかない。陽動か、それとも時間稼ぎか。どちらにせよ、それではあまりにも杜撰すぎる。
しかし悠月が訝しんでいたのも一瞬、能面の敵は左腕を下げた。そして、今度は右腕を正面に向かって真っ直ぐ伸ばすと、黒刀の切っ先を悠月に向ける。
来い、と言わんばかりの余裕ある振る舞いに、悠月はとうとう苛立ちを覚えて声を荒げた。
「お前の目的は一体何なんだ!」
悠月も刀を構え直し、再び間合いへと踏み込もうとする。
しかし、その直前に足が止まった。
見ると、能面の敵が握る刀の切っ先が微かだが不安定に揺れている。それはまるで———
「悠月!」
波留の声だ。姿は上空にあり、切っ先を能面の敵に向けて降下してきている。
「【炎円獄爛】」
一瞬で悠月の目の前に逆巻き円を描く炎が出現した。天高く伸びるそれは内側に術者である波留と能面の敵を閉じ込める。
能面の敵が上空の波留に視線を向けて黒刀を構える。しかし、
「なーんてね。透哉君、今!」
波留が冗談めかした口調で言うと、一瞬のうちに炎をかき消した。
「【氷結縫】」
いつの間にか屋上のフェンスの上に立っていた透哉が合図に合わせて瞳術を行使する。それは能面の敵の足元に水色の輝きを生み出すと、瞬時に足首から膝までを凍結し、動きを封じた。
「逞真君!」
「う、うん! 【闘瞬】!」
すかさず能面の敵の懐に入り込んだ逞真が、強烈な張り手を食らわせる。
能面の敵も防御の構えを取ったが、それでも瞳術によって金属の硬度と、何倍にも膨れ上がった筋力を持つ逞真の一撃は防ぎきれない。
能面の敵は勢いよく吹き飛ばされ、屋上の入り口上に接地されている高架水槽に直撃した。
無惨にも水槽は破裂し、中から大量の水が流れ出てくる。そして時間差で吐き出されるように能面の敵が姿を現わすが、今の一撃が効いたのだろう。力なく落下していく。
「明日香! 捕まえるから威力絞って!」
「うっさい、私に指図すんな!」
波留の指示に声を荒げると、明日香は自身の持つ【正飆眼】を翡翠色に発光させた。風を生成し、操る瞳術だ。右手の人差し指と中指を揃えて突き出し、拳銃の構えを取る。
「言われなくたって殺しゃしないわよ。でも私をあんなダサい目に遭わせたんだ……多少は痛い目みてもらうけどね!」
乱回転し、高圧縮された翡翠色の風が指先に球体となって集中する。そして左手で右手首を固定すると、能面の敵に狙い澄まして明日香はぶっ放した。
「【風羅貫】!」
翡翠の輝きが軌跡を描いて一直線に飛ぶ。
明日香の攻撃は見事に落下途中の能面の敵の額に直撃した。
カラン、カラン、と能面が真っ二つ割れ、地面に転がる。
しかし、敵の姿が見当たらない。
———まただ。消えた!?
二度、いやおそらく三度目でもその事象を全く視認できなかったことに悠月は焦りを覚える。しかし次の瞬間、真横を通り過ぎて行く———藍色の雷光があった。
悠月だけではない、その場にいる全員が息を呑んだ。
そして、こうなればもう悠月以外の誰も、その速さに追いつくことは出来ない。
能面の敵が屋上から飛び降り、校庭の端にある鳥居を目指しているのが見えた。
〝裏〟へ入る方法は二つあり、そのうちの一つが先ほど波留がしたように術式が刻まれた札を使用する。もう一つは〝表〟へ戻る唯一の方法と共通しており、瞳力を帯びた状態で〝裏〟の結界として機能している神社仏閣の境内の正面入り口、主に鳥居をくぐる事だった。




