第五話 急襲
悠月は明日香の目の前に立つと、竹刀袋ごと、そいつ———『能面の敵』とでも言うべきか———からの上段切りを受け止めた。
「何者だ!」
言葉と同時、悠月は【雷光眼】の光を強くすると、瞬間的に雷で竹刀袋の布生地を焼き焦がした。縮れた繊維が宙に舞い、悠月は相手の黒刀を押し返す。
すると、能面の敵が仰け反り、一瞬体が浮き上がった。悠月はその隙を見逃さず、一切無駄のない動きで抜刀の構えを取ると、神速の一撃を繰り出す。
「なっ!?」
しかし、悠月の刀は空を切った。目の前から能面の敵が姿を消したのだ。
「悠月後ろ!」
波留の声に悠月は瞬時に振り返る。すると尻餅をついたままの明日香の首に黒刀を当てがおうとする能面の敵の姿が映った。
しかしその動きとほぼ同時、透哉の双眸が水色に発光する。水を生成、自在に操る【洯清眼】の瞳術だ。瞬時に氷槍を生成すると、透哉は能面の敵めがけて放った。
攻撃を回避せざるを得なくなった能面の敵は黒刀を引くと窓際まで飛び退った。
「ちっ……外したか」
「あんた、まさか私を狙ってたんじゃないでしょうね!」
「結果的に助けてやったんだから何だっていいだろ」
「いい訳ないでしょ! 髪の毛ちょっと切れちゃったじゃない!」
「二人とも言い合いは後にしてよ」
逞真がそう口にすると、自身の双眸を黄土色に発光させる。肉体を金属の強度まで硬化し、筋力強化を付与する【剛䞠眼】の瞳術だ。幾つもの机と椅子を腕の力だけで、かき上げるように能面の敵へ投げつける。
軌道はどれも直線的で、当たれば大怪我どころでは済まされない威力だ。けれど、それらは能面の敵の鮮やかな刀技によって、すべて切り伏せられてしまう。
だがそれでも五対一。不意打ちがあったとはいえ、現状こちらが優位なのは間違いない。
すると、まさしくそう判断したのか、能面の敵は身を翻して窓から外へ逃げ出そうとする。
「波留! 結界を!」
悠月が言い切る前に波留は動き出していた。彼女の双眸が深紅の発光を見せるのと同時、制服のブレザーの内ポケットから一枚の紙札を取り出す。
炎を生成、操る【焔閃眼】の瞳術だ。波留は札に瞳力を送ると一瞬で燃やし尽くした。
これまで聞こえていた吹奏楽の管楽器を含め、一瞬のうちに世界から音が消える。
〝裏〟に入ったのだ。正確には札が効力を発揮し、使用者である波留を中心とした周囲の瞳力を帯びた物体が強制的に引きずり込まれた。
これで人目に付くことは無くなった。そして〝裏〟にある建造物がいくら壊れたとしても〝表〟の本物に影響はない。
「逃がすか!」
悠月は窓から能面の敵を追う。そして校舎裏に着地すると、全身に藍色の雷を纏う。
「【瞬雷】」
連続した神速の動きを可能とする状態だ。悠月は一歩踏み込むことで、瞬時に能面の敵との距離を縮めると、捉えた背中に向かって刀を振り下ろす。
しかし、能面の敵は直前で反転し、悠月の一撃を逸らして防いだ。
———こいつ……!
【雷光眼】は数ある術眼の中で、最速と言われている。しかし速さに故に動きは直線的。
タイミングを合わせさえすれば、ある程度は凌ぐことができるのだが、それでも一度や二度見ただけで対応できる程、決して生易しい速さではない。
続けて二合目、三合目と切り結ぶが、悠月の刀は的確にいなされてしまう。そして四合目に移る頃には能面の敵の刀技にまた別の違和感を覚える。
能面の敵は確実に対【雷光眼】の立ち回りを知っている。だが、それはまだ分かる話なのだ。最強と謳われた頼光と同じ術眼なのだから当然、瞳術使いで知らない者はいない。
問題は悠月の太刀筋が完全に読まれていることだ。
刀速、筋力、角度、どれを取っても最適解の加減で悠月の攻撃をいなし続けてくる。ただ速さについてくるだけならまだしも、初見の相手の刀技を見切るのは異常だ。ありえない。
ならばやはり、瞳術によって何かしら身体や感覚の強化、もしくは付与することで見切っているはずなのだが、先ほど教室内で一閃を回避した術が悠月の脳裏で引っかかる。
だが、それならば、と思考を振り払うように悠月は刀の柄を強く握り直した。
接近戦がダメならば太刀筋が関係のない範囲攻撃をするまでだ。
悠月は高々と刀を掲げた。




