望んだ未来のその先へ①
悠月は縁側に座り、雲一つない透き通った空に浮かぶ三日月を眺めていた。
時刻はもうとっくに夜中を過ぎている。酒吞童子率いる㰷眼たちが起こした百鬼夜行の掃討はまだ続いてはいるが、源家の屋敷はいつもと変わらないほど静かだった。
そんな中、悠月は一人待っていた。何となくだが現れる様な気がしたから。
そして予感は的中した。
「こんな夜更けに帰って来るとはどこの不良娘だ?」
思いもよらなかったのだろう。紫苑色の袴に薄い桃色の長着を着たその人物が足を止めると、長い髪が揺れた。
「……悠月様」
メイが零すように呟くと、直ぐに俯いて視線を逸らした。
戦いが終わった後、波留に渡辺家へと連れて帰ってもらったおかげで、治療も受けたのだろう。失くした右眼は包帯で覆われているが、それ以外に目立った外傷はない。
「あの、これをお返しに来ました」
メイが鞘に納められた悠月の刀を両手で差し出して来る。
やはり俯いたままで目が合わない。
それに何故かメイからは後ろめたさのようなものを感じる。受け取れば直ぐに立ち去ってしまいそうな気がしたから、一先ず悠月はそのままで話を続けることにした。
「これからどうするんだ?」
「はい……私は本来ここにいていい人間ではありませんから……。誰にも影響を与えないよう、ひっそりと一人で暮らそうと思っています」
右眼を失った以上、メイは元居た場所に帰る事が出来ない。これ以上誰にも迷惑をかけたくないのだろう。メイらしい真面目な答えだと悠月は思った。
「悠月様……」
「なぁ、メイ。今から叔母さんのお墓参りに行かないか?」
悠月が遮るとメイの顔がゆっくりと上がった。その間に悠月は刀を受け取って縁側に置くと、つっかけの鼻緒に指を通して立ち上がる。
困惑の色を浮べるメイの瞳を置き去りにして悠月は歩き出した。しかし、後ろを付いてくる様子が無いので、殺し文句とは言わないが、それに準ずる言葉を投げてやる。
「こんな夜更けに主を一人で行かせる気か?」
上段めかして言ったつもりだったが、メイは笑ってくれない。それでも悠月が再び歩き出すと、隣ではないが少し後を付いてきてくれた。
家から墓地までの時間はどれだけゆっくり歩いても二十分ほど。
道中でメイが話しかけてくることはなかったから、悠月もずっと黙っていた。
一族の墓地は寺の中にある。しかし当然深夜ともなれば玄関門は閉ざされている。だから悠月たちは併設されている駐車場から敷地へと入った。
「お、ここの穴まだ塞がってなかったか。メイ、覚えてるか?」
正門は駐車場の塀続きに構えられているが、玄関門と同様で閉ざされている。しかしこの塀の向こう側の庭園の先に墓地があることは変わりない。
だから悠月はとりあえず覚えのある駐車場の端の松の木の裏を覗いてみた。
「……はい。昔、私たちがまだ残っているのに住職の方が気付かず門を閉めてしまわれて、この穴を通って家に帰りました」
庫裏の方に行って声をかけてみたが、既に住職が出かけた後みたいで、あの時は本当に困った。冬だったせいか日が沈むのも早くて、暗くなった墓地を見てメイが今にも泣き出しそうになっていたか。
「にしてもこの穴ってこんなに小さかったか?」
あの時は確か地面を這う様にして外に出たが、今は絶対に肩で閊えてしまうだろう。それに悠月は寝間着の甚平姿な上に、メイも着物だ。流石に挑戦してみようとは思わない。
「まぁ、成長したってことだな」
悠月は独り言のように呟くと、少し後ろに下がった。それから助走をつけて塀に飛び乗ると、振り返って手を差し出す。
メイが瞬間、目を見開くと恐る恐る手を伸ばしてきた。悠月はそれがじれったく感じて、途中で迎えに行くように掴むと一気に引き上げた。
塀に上がると、一度手を放してから先に悠月が飛び下りる。
「よっ、と。相変わらず中は薄暗いな」
灯りのない庭園を見回すと、悠月は念のために足元を確認した。それからもう一度、手を差し出そうしたけれど、振り返った瞬間にメイは既に着地していた。
———ああ、もう手を引いてやる必要なんてなかったんだな。
自分の知っている妹なはずなのに、知らない妹が目の前にいる。
瞬間そんなことを思って悠月は前に向き直ると、庭園を抜けて順路に戻る道を歩いた。
そのまま墓地へと入っていくと、暗がりの中でも迷うことなく歩き続けた。何度もメイと来たから覚えている。だから目を瞑ってでも叔母———悠月の本当の母のお墓には辿り着ける。
幾つも点在する源家と書かれた墓標の一つの前に悠月が立つと、やっとメイが隣に並んだ。
何も言わないまま二人して合掌をする。
けれど悠月は拝むふりをして隣のメイを見ていた。
いつもと同じように。
悠月自身、墓はただの印でしかないと思っている。だって霊魂がこんな冷たい石の中で眠るなんて、それは余りにも寂しいから。
一方でメイは悠月の知っている通り、長い間目を閉じて亡き母に語り掛けているようだった。
「……悠月様」
暫くしてメイが徐に口を開くと、悠月は何も言わず静かに耳を傾けた。
「最後に母のお墓参りが出来て良かったです……ありがとうございました」
最後に、という言葉に引っ掛かりを覚えると同時、やはり、という考えが悠月に過った。
『誰にも影響を与えないよう、ひっそりと一人で暮らそうと思っています』
先ほどメイはそう口にしていた。本当に言葉通りひっそりと一人で生きていくつもりなら、またいつでも母のお墓参りくらいくればいい。
きっとメイは静かな自死を選ぼうとしている。最後に、とはきっとそういう意味だ。




