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鬼哭廻眼〜その眼は一度死に蘇る〜  作者: 松本ハヤテ
終章———二 望んだ未来のその先へ
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望んだ未来のその先へ①

 悠月ゆづきは縁側に座り、雲一つない透き通った空に浮かぶ三日月をながめていた。

 時刻はもうとっくに夜中を過ぎている。酒吞童子しゅてんどうじ率いる㰷眼(しがん)たちが起こした百鬼夜行ひゃっきやこうの掃討はまだ続いてはいるが、源家みなもとけの屋敷はいつもと変わらないほど静かだった。

 そんな中、悠月ゆづきは一人待っていた。何となくだが現れる様な気がしたから。

 そして予感は的中した。

「こんな夜更けに帰って来るとはどこの不良娘だ?」

 思いもよらなかったのだろう。紫苑しおん色の袴に薄い桃色の長着を着たその人物が足を止めると、長い髪が揺れた。

「……悠月ゆづき様」

 メイが零すように呟くと、直ぐにうつむいて視線を逸らした。

 戦いが終わった後、波留はる渡辺家わたなべけへと連れて帰ってもらったおかげで、治療も受けたのだろう。失くした右眼は包帯で覆われているが、それ以外に目立った外傷はない。

「あの、これをお返しに来ました」

 メイが鞘に納められた悠月ゆづきの刀を両手で差し出して来る。

 やはりうつむいたままで目が合わない。

 それに何故かメイからは後ろめたさのようなものを感じる。受け取れば直ぐに立ち去ってしまいそうな気がしたから、一先ず悠月ゆづきはそのままで話を続けることにした。

「これからどうするんだ?」

「はい……私は本来ここにいていい人間ではありませんから……。誰にも影響を与えないよう、ひっそりと一人で暮らそうと思っています」

 右眼を失った以上、メイは元居た場所に帰る事が出来ない。これ以上誰にも迷惑をかけたくないのだろう。メイらしい真面目な答えだと悠月は思った。

悠月ゆづき様……」

「なぁ、メイ。今から叔母おばさんのお墓参りに行かないか?」

 悠月ゆづきさえぎるとメイの顔がゆっくりと上がった。その間に悠月ゆづきは刀を受け取って縁側に置くと、つっかけの鼻緒に指を通して立ち上がる。

 困惑の色を浮べるメイの瞳を置き去りにして悠月ゆづきは歩き出した。しかし、後ろを付いてくる様子が無いので、殺し文句とは言わないが、それに準ずる言葉を投げてやる。

「こんな夜更けに主を一人で行かせる気か?」

 上段めかして言ったつもりだったが、メイは笑ってくれない。それでも悠月ゆづきが再び歩き出すと、隣ではないが少し後を付いてきてくれた。

 

 家から墓地までの時間はどれだけゆっくり歩いても二十分ほど。

 道中でメイが話しかけてくることはなかったから、悠月ゆづきもずっと黙っていた。

 一族の墓地は寺の中にある。しかし当然深夜ともなれば玄関門は閉ざされている。だから悠月ゆづきたちは併設へいせつされている駐車場から敷地へと入った。

「お、ここの穴まだ塞がってなかったか。メイ、覚えてるか?」

 正門は駐車場の塀続きに構えられているが、玄関門と同様で閉ざされている。しかしこの塀の向こう側の庭園の先に墓地があることは変わりない。

 だから悠月ゆづきはとりあえず覚えのある駐車場の端の松の木の裏を覗いてみた。

「……はい。昔、私たちがまだ残っているのに住職の方が気付かず門を閉めてしまわれて、この穴を通って家に帰りました」

 庫裏くりの方に行って声をかけてみたが、既に住職が出かけた後みたいで、あの時は本当に困った。冬だったせいか日が沈むのも早くて、暗くなった墓地を見てメイが今にも泣き出しそうになっていたか。

「にしてもこの穴ってこんなに小さかったか?」

 あの時は確か地面を這う様にして外に出たが、今は絶対に肩でつかえてしまうだろう。それに悠月ゆづきは寝間着の甚平じんべい姿な上に、メイも着物だ。流石に挑戦してみようとは思わない。

「まぁ、成長したってことだな」

 悠月ゆづきは独り言のように呟くと、少し後ろに下がった。それから助走をつけて塀に飛び乗ると、振り返って手を差し出す。

 メイが瞬間、目を見開くと恐る恐る手を伸ばしてきた。悠月ゆづきはそれがじれったく感じて、途中で迎えに行くようにつかむと一気に引き上げた。

 塀に上がると、一度手を放してから先に悠月ゆづきが飛び下りる。

「よっ、と。相変わらず中は薄暗いな」

 灯りのない庭園を見回すと、悠月ゆづきは念のために足元を確認した。それからもう一度、手を差し出そうしたけれど、振り返った瞬間にメイは既に着地していた。

———ああ、もう手を引いてやる必要なんてなかったんだな。

 自分の知っている妹なはずなのに、知らない妹が目の前にいる。

 瞬間そんなことを思って悠月ゆづきは前に向き直ると、庭園を抜けて順路に戻る道を歩いた。

 そのまま墓地へと入っていくと、暗がりの中でも迷うことなく歩き続けた。何度もメイと来たから覚えている。だから目をつむってでも叔母おば———悠月ゆづきの本当の母のお墓には辿り着ける。

 いくつも点在する源家みなもとけと書かれた墓標の一つの前に悠月ゆづきが立つと、やっとメイが隣に並んだ。

 何も言わないまま二人して合掌をする。

 けれど悠月ゆづきは拝むふりをして隣のメイを見ていた。

 いつもと同じように。

 悠月ゆづき自身、墓はただの印でしかないと思っている。だって霊魂がこんな冷たい石の中で眠るなんて、それは余りにも寂しいから。

 一方でメイは悠月ゆづきの知っている通り、長い間目を閉じて亡き母に語り掛けているようだった。

「……悠月ゆづき様」

 暫くしてメイが徐に口を開くと、悠月ゆづきは何も言わず静かに耳を傾けた。

「最後に母のお墓参りが出来て良かったです……ありがとうございました」

 最後に、という言葉に引っ掛かりを覚えると同時、やはり、という考えが悠月ゆづきに過った。

『誰にも影響を与えないよう、ひっそりと一人で暮らそうと思っています』

 先ほどメイはそう口にしていた。本当に言葉通りひっそりと一人で生きていくつもりなら、またいつでも母のお墓参りくらいくればいい。

 きっとメイは静かな自死を選ぼうとしている。最後に、とはきっとそういう意味だ。

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