望んだ未来のその先へ②
メイはそれ以上なにも言わず、背を向けた。
「メイ」
悠月は呼び止めると、甚平のポケットからあるものを取り出して放り投げた。
綺麗な放物線を描くそれの中からは純粋な紫黒色の光が漏れ出ている。
振り返ったメイはそれをキャッチすると、目を大きく見開いて中身を見つめた。
「これ……なんで……」
「この時代の眼だよ。戦いが終わった後、波留が京都御所の宝殿からくすねて来たのを渡されたんだ。それがあれば帰れるだろ?」
説明が終わるよりも前にメイは駆け出していた。そして、墓地の真ん中にも関わらず、
「悠月様!」
「おい……!」
迷子の子供が迎えに来た親を見つけた様に思い切り抱きついてくる。
「悠月様の馬鹿! 噓つき! どうして先に死んでしまわれたんですか!」
「……え?」
感謝や礼の言葉ではなく、いきなりの罵倒に悠月は苦笑した。それでもメイが必死に振り絞る思いの丈を全て受け止めるべく黙って耳を傾ける。
「お母さんに私のこと頼まれて、分かりましたって言ってたじゃないですか! それなのに……。できっこないなら何であんな約束をしたんですか! 私、すっごく嬉しかったんですよ! だからお母さんが亡くなった時の悲しみだって乗り越えられた! この先だって何があっても悠月様が守ってくれるなら大丈夫だって思えた! でも……」
殴りつけるように悠月の胸で叫んでいたメイだったが、溢れ出そうになる涙を必死に堪えるせいで、続く言葉が詰まり詰まりになってしまう。
「私が……兄であることを……押し付けて……ずっと付きまとっていたから……」
「メイ」
「……いつだって悠月様には逃げ場が……なくて……」
「メイ」
伝えてあげられる言葉なんてそんなに多くは持ち合わせていないから、母が昔自分にやってくれたように悠月は丁寧にメイの名前を呼んで優しく抱きしめた。
「ありがとうな。妹になってくれて、俺を兄にしてくれて」
きっと伝わっている意味は少し違うと思う。でも、それで構わなかった。
幼い頃、本当の両親を父と母と呼ぶことができず、感情の逃がし方が分からなかった悠月にとって、源芽衣という本物の妹といる時間だけが、本当の意味で源悠月になれていた。
「……どうしてぇ……どうしてまたそんな噓をつくんですかぁ……!」
メイがとうとう堰を切った様に大声を上げて泣きだした。しかも慟哭というには程遠く、それこそ色んな感情がぐちゃぐちゃになって訳も分からずに泣いている子供の様だ。
「嘘じゃない。本心だよ」
泣き顔も寝顔と同じで、年が幾つになっても変わっていない。やっぱりメイは芽衣のままだ。
もうメイ自身も諦めているのだろう。今度は涙と嗚咽交じりに捲し立てて来る。
「……ごめんなさい悠月様! 私、本当は謝りたかったんです……! 迷惑をかけるだけじゃなくて、二度も刀を向けてしまったことを……」
感情の急降下と旋回に悠月はまた苦笑を浮かべてしまう。
「怒るか謝るかどっちかにしろよ。それにこの場合だと礼を言うとこだろ? ……まぁ、俺に言われても困るんだけどさ」
「波留様、さっきお屋敷を出る時には何も言ってくれませんでしたぁ……!」
「礼はいらないから元気でね、ってさ。渡された時にそう伝えてくれって言われたよ」
昼間に大笑いさせてもらった分のお礼だと、波留に言われて紫黒色の術眼を渡された。そのことで思い出し半笑いをされたのはさておき、本当に良くお節介を焼いてくれる。
「波留のやつ、あんな戦いの後だっていうのによくそんなことしようって頭が回るよな。でもそれも、メイの事を良く思ってくれてる証拠だよ」
「……ありがとう……ございます……!」
誰に向ける訳でもなく、何故か泣きながら夜空へ向かってメイが叫んだ。
「……誰かいるのか?」
遠くから灯りと共に細く窺うような声が聞こえた。十中八九、寺の人間だ。
「まずい……」
流石に声が大き過ぎたか……。
悠月は未だ泣き続けて状況に気付かないメイを抱きかかえると走り出した。そして瞳を藍色に発光させると、全身に雷を纏って一気に敷地の外まで飛んだ。
「怒られたら……その時はその時だな」
メイを下ろすと、悠月は一人ため息交じりに呟いた。
「さて、帰るか」
「あの、悠月様……」
止まらない涙を何度も拭いながらメイが少しだけ恥ずかしそうに左手を差し出してくる。
「手を、握ってもらえませんか?」
「仕方ないな」
ため息交じりに、けれどまんざらでもなく悠月も差し出されたメイの手を取った。
どこまでか、いつまでかは分からない。でもメイがいいと言うまでは手を握っていたいと、悠月はそう思った。
それからは行きとは違って会話が絶えなかった。
明日香に透哉に逞真が謝っていた事。メイが昔一人でお墓参りに行った時、どこにお母さんがいるか分からないと泣いていた事。今の年齢が幾つなのかを聞いても答えてくれなかったりと、本当に他愛もない話ばかりした。
「では悠月様。私はここで」
そこの角を曲がればもう源家の屋敷が見えるというところ。
メイが手を放し、立ち止まった。
「きっと、私が待ってますから」
悠月が振り返ると、メイが小さく笑って言った。
瞬間、悠月の内側に色んな思いが浮かんだが、何も言わずに別れの言葉を選ぶことにした。
「そっか。じゃあな、メイ」
「悠月様」
背を向けた直後、呼び止められて悠月は首だけで振り返った。
「なんだ? まだ何かあるのか」
「もっと自分を大事にしてくださいね。私の事は多少ないがしろにしても大丈夫ですから」
その言葉には流石に悠月も曖昧な笑みを浮かべるしかない。
「多少ってな……その加減が難しいんだぞ」
「多少は多少です。でも、強いて言うなら今よりはもう少しでしょうか。早く兄離れをさせてください」
メイのいたずらっぽい笑みに悠月も思わずつられてしまう。
「他の誰でもない私が言うんだから問題ありません」
「はいはい、分かったよ」
「それと……」
メイが少しだけ俯いた。
「最後に一つ。ずっと伝えられなくて後悔していたことがありました」
瞬間、表情に垣間見えた翳りはこの長い年月で作ってしまった最初で、最後に残った傷跡なのだろう。だから正面から受け止めるために、悠月もきちんとメイに向き直った。
悠月様、ともう一度、存在を確かめるようにメイが名前を呼び重ねると、静かに口を開く。
「私はいつまでも悠月様をお慕いしております」
悠月はその言葉に肩をすくめた。すると、それを見たメイの瞳に不安が滲む。
「それは無事に元居た場所へ帰れたら俺に伝えてくれ。まぁ、言わなくたって十分伝わってたと思うけど」
「……そうでしょうか」
「おいおい……」
思わずそう口にすると、悠月は得意げに続けた。
「他の誰でもない俺が言ってるんだから、間違いないだろ?」
「あ、……」
メイの口から声にならない声が零れた。そして少しだけ俯くと静かな涙を流して顔を上げた。
「……はい!」
破顔したメイの表情を見て悠月も安堵する。
「じゃあな、メイ。元気でやれよ」
「はい、悠月様もお元気で」
いつの間にか出てきていた日の出に背中を押されて悠月は家へと帰って行く。すると、歩き出してすぐ門の前に佇む小さな人影を見つけた。
自然と悠月の足は速まっていく。
「……まさか、本当に待ってたのか?」
小ぶりな顔を包み込むように整えられた短い髪は寝起きだからか少し跳ねている。服装もいつもと同じく素足を隠すための小袖だ。
「はい。お手洗いに起きたのですが縁側を通ったら悠月様の刀があったのと、履物も無かったので出かけられたのかと思って待っていたのですが……それより本当に、というのは?」
芽衣が腑に落ちないと言った表情を浮かべるのに対して、悠月は慌てて首を横に振った。
「あー、いや、何でもない。こっちの話しだ。さぁ、戻ろう」
無理やり芽衣の肩を持って反転させると、その背中を押す。
けれどその途中で悠月は足を止めると、吹き抜ける風を感じて後ろを振り返った。
なんてことのない、いつもの近所の風景が目の前にただ広がっている。
悠月はその当たり前の光景になんとなく笑んだ。
「悠月様、やっぱりどうかされたんですか?」
「いや、何でもないって。ほら、今日も学校があるんだから早く部屋に戻ろう」
そう言って悠月は先を歩こうとしたが、今度は芽衣の方が動き出そうとしない。
「あの、悠月様……」
「……?」
「そう言えばなのですが、昨日からずっと言おうと思っていたことがあって……」
小言かと思ったが違うらしい。頬を少し紅潮させ、恥じらいを感じているのが分かる。
「わ、私はいつまでも悠月様をお慕いしております!」
笑う所ではないことは分かっている。芽衣も両手を握り拳にして精一杯、伝えてくれた。
けれど、それを聞いた悠月は思わず吹き出してしまった。
「なっ……! どうして笑うんですか!」
「ごめんごめん」
「……言って損しました! それならお小言を言えば良かったです!」
今よりは多少ないがしろにしていいって言ってたから、きっと許されるだろう。
「ありがとう。でも、」
悠月は満面の笑みを浮かべて言った。
「知ってるよ」




