千年越しの終幕
酒吞童子が討たれ、静けさを取り戻した京都御所に一体の㰷眼が潜伏していた。
「やっとだ……やっと……。ずっとこの時を待っていた……!」
その場所は京都御所の中にあるにも関わらず、普段ならば出現しない宝殿。しかし、酒吞童子との戦いで、あらゆる建物と結界が破壊されたことにより今は露わになっている。
「この眼は全て私の物……これで私が酒吞童子に代わって王になれる!」
禁級として封印されていた術眼を前にして、㰷眼は愉悦に浸る。
「……まずはあの小娘からだ。さぁ、どう殺してやろうか」
きひっ、と㰷眼は不気味な笑いを浮かべると徐々にその声が大きくなる。壊れた障壁結界の修復が最優先に成されているが、既に内側にいる㰷眼には関係のない話。だからどれだけ馬鹿笑いをしようが、存在に気付かれることはない———はずだった。
「あ?」
ゴト、という鈍い音が鳴ると、視界が何度も回った。自分の手では何故か止めることが出来なくて、やっと静止したかと思うと、深紅の瞳と眼が合う。
「き、貴様は……!」
そこでようやく、㰷眼改め茨木童子は首を一太刀で撥ねられたことを理解した。
「小娘! 何故ここが……いや、それよりも何故私が生きている事が分かった!」
「今思えばそれって矛盾だよね、生きてるも何も㰷眼は元から死んでるんだからさ」
波留は然もつまらなさそうに抑揚のない声で言った。
見た目に至っては重傷なままだ。他の怪我人を優先させ、自身は簡易的な治療しかまだ受けていない。頭には包帯、折れて使い物にならない右腕は首を支点に吊ってある。
波留は転がった茨木童子の首まで歩くと、そのまま眉間に刀を突き刺した。
「別にこのままでも話はできるよね?」
「貴様ぁ……!」
長い茶髪の隙間から瑠璃色の隻眼が睨んでくるが、波留はそれを無視して続ける。
「何故って言うけどさ、私が殺したのはあんたの半身……いや、半分ってところでしょ?」
「———っ!」
「その顔……やっぱり当たりなんだ。ま、今は隻眼だもんね」
茨木童子の強張った顔を見て波留は確信する。
友人と右腕を失ったあの大学生は確かに二人の女がいたと言っていた。
だから戦いの最中、茨木童子のように人間に紛れ込もうとする㰷眼がいないか、従者である麟太郎にずっと探してもらっていた。けれど、形勢が決まった今の状況になっても、そんな㰷眼は最後まで現れなかった。なら、もう一体はどこにいるか……。
「夜中に一人で首塚大明神に行こうなんて人はまずいない。だからあんたは怪しまれないために、眼を分けて二人組に変化した。流石は千年も㰷眼やってるだけないね」
最初から二体目なんて存在していない。全部。全部こいつが千年かけて始めた幕だ。
「ほんと感心するよ。私と戦ってた時含め、張りぼての眼を作って偽装してたのには正直驚いた。ま、だから弱かったんだろうけどね」
「くっ……! 場所は! 何故私がここにいる事が分かった……!」
「メイちゃんの話を聞いて、悠月がなんでそんなものを持ち出したのかを考えたらすぐに分かったよ。最初からあんたの狙いはここだったんでしょ?」
「あやつらが……? 何者なんだ! 何故私の計画を知っていた……!!」
「そうだね。一言で言うと、あんたも私も知る必要のない世界の話しだよ」
そう言うと、波留は瞳を深紅から更に色濃い真紅の光へと変化させた。
「話はこれでおしまい。千年もコソコソとやってた割には呆気ない最後だね」
「ま、待て! ……そうだ、取引をしよう! ここにある眼は貴様では扱いきれぬものが山ほどだ! 私がこれらを㰷眼にして隷属させる。そうして私が貴様のための働き手となれば———」
「———万象真理。この世に燃えぬものは有らず———」
「待て待て待て……! こんなところでそんな瞳術を使ったら全て灰になるぞ……!」
「———星火は胎動、紅炎は鼓動を示すが、是は天体を墜とす間借りの業火なり。救いを求むる者有らば愛を知るべし、さなくば永遠の業火に焼かれるであろう———」
「叶えたい望みはないのか! 私にならばそれができる!!」
その言葉に波留は祝詞を止めた。それを好機とみてか茨木童子が満面の笑みを浮かべると、巧みに、そして饒舌に甘美で耳心地の良い言葉を羅列する。だが———
波留は蔑視を浮かべ、静かに言う。
「お前、救えないね」
茨木童子が、まさに鳩が豆鉄砲を食ったようなマヌケ面をした。
「———焼ゆ晴らせ———」
祝詞の再開。そして同時に最後の奏上の言葉を告げると、業火の如く刀身が真紅に染まり、ちり、と火打石を打ったような火花が走る。
「【断罪焔】」
「あぁ……あぁぁあああ!」
火は徐々に顔中に広がり炎となって茨木童子を呑み込む。しかし、それ以外のものには一切引火することがない。
「地獄が必要なのは悪人だけでしょ」
「熱いぃぃぃ!! あづいあずいアヅイアズィイイイ……!! アァァァァアアアぁ……!!」
茨木童子の絶叫が、やがて断末魔に代わり、灰となって消えていく。
「安心しなよ。本物の地獄の炎はもっと熱いだろうからさ」
波留は刀を鞘に納めると、足元に転がる小瓶を見た。
「探す手間が省けたみたい。いつか地獄で会ったなら、一言くらい礼は言ってあげる」




