第九話 果てに
「邪魔をするなぁぁぁ!」
メイが見ているのは尚も自分自身だった。
「メイ! お願いだ、正気に戻ってくれ……!」
悠月は折れた黒刀でメイと対峙しながら呼びかけ続ける。しかし、右眼から流れる大量の黒い涙は止まる気配がなく不気味さを増し、メイの体そのものを蝕むのを止めない。
そして、紫黒色の眼が死んでから、初めて光を強くした。
悠月は息を呑む間もなく、反射的に身構える。
「———っ!」
時間が飛んだ。ほぼ勘で凌いだが、左腕から胸にかけて少し斬られてしまう。
「悠月様!」
「来るな!!」
悠月は駆け寄ろうとする芽衣を怒声で制した。
絶対に自分で自分を殺させたりなんてしない。
今はただ心の底に沈んでいたどす黒い感情に囚われているだけで、それがメイの本心でないことは悠月が誰よりも分かっている。
「う、うぅぅぅうぁ!! アイツが……! 違う、オマエが……いや、私が死ねば……!」
メイが苦しそうに唸り、頭を抱える。まだ黒い涙が侵食していない右眼の【雷光眼】からも透明な涙を流している。
瞬間、悠月は初めて学校で刀を交えた時の事を思い出した。あの震えていた切っ先を。
「まだ戦ってるんだな……」
メイの姿はまさに鬼哭だ。蝕まれる肉体とは裏腹、魂は抗い、霊は涙している。
悠月は黒刀を手離した。
どこをもっていかれたって構わない。けれど絶対に生き伸びて目を覚まさせてやる。
「あ、うぅぅあ!!」
メイが振り払うように長い髪を見出し、紫黒色の術眼が強く発光する。
次の瞬間、悠月の腹部に刀が貫通した。
「うっ……!」
苦痛に顔を歪めて、喘ぎながらも悠月は叫ぶ。
「捕まえた、もう離さない……!」
腕の中で暴れるメイを抱きしめて悠月は思いをぶつける。
「……悪かった。全部俺のせいだ。俺が約束を守れずに死んだからこんな事になったんだよな……。でももういいんだよ。……酒吞童子も倒した。俺も生きてる。メイは十分頑張った。俺なんかのためによく頑張ってくれた……ありがとう———」
悠月は血を吐きながらも大きく息を吸った。
「だからもうメイが誰かを、自分を呪ったりする必要なんてないんだ!」
「悠月、様……」
呟かれたメイの声に悠月は反射的に顔を覗き込んだ。
両眼から涙を流し、苦しそうにしながらも力いっぱい笑みを浮かべている。しかし……
「ごめんなさい……」
メイは刀を手放した。そして自ら右眼を引き千切ると手の内に雷を振り絞った。
小さな雷鳴に紫黒色だった術眼はすっかり黒炭となって宙に舞う。
その場でメイは意識を失い、悠月も抱き留めたまま力なく地面に倒れた。
「悠月様!!」
芽衣が汪然と泣きながら水干の袂を揺らして駆け寄って来る。
悠月はそれを見て静かに眼を閉じた。
「……終わった」
そう口にした悠月の表情は全く晴やかではない。
「ごめん、母さん……」
悠月は震える声で呟いた。あの日から芽衣の前では絶対に泣かないと決めていた。けれど、どうやっても堪えることができなくて、とうとう一筋の涙がこぼれ落ちてしまう。
「ごめんなさい……」
これで全部終わった。守るという約束も果たした。
でも、メイは帰れなくなった。




