第七話 京都御所決戦⑥
雷槍の一撃は紫宸殿の南庭を大きく穿った。そして、発せられる圧倒的な緋色の光を前に誰もが眼を眇め、固唾を吞む。だが———
一体だけは違った。
「くくっ……」
京都御所中に低い嗤いが響き渡る。
「討ち損じたな、小僧!」
体を失くし、首だけになった酒吞童子は半ば叫ぶように続ける。
「貴様らの勝ちは認めてやろう! だが余は死なん! 何千年であろうがここでまた時が来るまで、時間を止めて生き長らえようぞ!」
何が可笑しいのかは酒吞童子自身も分からなかった。それでもただ嗤い続けた。
けれど、いつになっても緋色の瞳力の残滓も、土煙も晴れることがない。
違和感を覚えた酒吞童子は唯一残った隻眼で周囲を見回した。
そして、ようやく状況に気が付いた。
時間が止まっている。
「……酒吞童子」
声が聞こえた方に酒吞童子はギロリと視線を向けた。
「貴様……」
そこにはメイの姿があった。
「私はずっとあなたと話がしてみたかった」
「何を言うかと思えば。とんだ腑抜けたことを抜かす」
酒吞童子は嘲り嗤った。しかし目の前の藍色と紫黒色の眼は微動だにしない。
「孤独な王よ。あなたもずっと苦しかったんでしょ」
余りにも静かに言うその声音に酒吞童子は瞬間唖然とし、それから憤激した。
生前の記憶はない。けれど、そんなものはなくても、多くの配下を従えて欲望の限りを尽くし、平安の都を荒らし回った時間は何にも代え難い程に至高だった。
たかが小娘風情があの愉悦に満ちた日々を語るなど言語道断。しかも、『苦しかった』などと、余りにも愚かで見当違いも甚だしい。
「調子に乗るなよ。貴様が余の何を知るか」
「分かるよ。だって、ずっと同じ眼で見てきたんだから」
相対する紫黒色の眼が苦しそうに言うのを見て、酒吞童子は言葉を失った。
湧いていたはずの怒りが、苦しみと混ざり合ってまた別の感情が生まれる。
「あなたは悪い人だ。でも元は同じ人間で、辛いことを沢山見てきたから㰷眼になってしまった。だからどうしても、あなただけを否定して憎むことは私にはできない」
「小娘風情が……! 同情のつもりか?」
そう言ってしまった時点で、眼前の紫黒色の眼と悲しみを共有している事に気が付いた。
酒吞童子は浮き上がろうとする感情を否定しようとしたが、メイの言葉の方が早かった。
「違うよ、同情はしない。でも一つだけ言いたいことはある」
嘘だと分かる眼だ。思い切り同情しているではないか。
「あなたがいたから私はこうしてやり直すことが出来た。だから———」
それでも、その先の言葉を聞いてみたいと思ったから、酒吞童子は黙っていた。
「ありがとう」
笑わせてくれる。人間が自分にそんな言葉を吐くとはなんとも滑稽なことか。しかし、不思議と悪い気はしない。
それに、少し疲れたか。結局なにを欲していたのかは思い出せず、呪っていた世界も千年という長い年月で大きく変わってしまった。
もう、何に拘る必要もないのかもしれない。
「一つ、忠告しといてやろう」
だからこれは単なる酔狂のようなものだ。
「意識を強く持て。その眼はもう———」
穿たれた紫宸殿の南庭に緋色の瞳力の残滓と土煙が舞っている。その中心を眇めるように悠月は見ていると、憑き物が落ちた様に光る紫黒色の眼が転がっていた。
しかし、それも見つけた直後には灰となって消えていく。
「酒吞童子を……討った……」
呟く事で実感を噛みしめた。すると直後から緋色の眼は藍色へと変わり、最後には元の目に戻った。突如押し寄せてきた疲労感に全身が脱力してしまう。
「大丈夫ですか! 悠月様!」
「……ああ、瞳力が切れただけで問題ないよ」
芽衣に支えられ、悠月は笑みを返した。
しかし、そこで違和感を覚えた。もう一人、隣で手を握り祝詞を補助してくれたメイの姿がない。
瞬間、悠月はある気配を感じ取った。しかもそれは酒吞童子の眼があった直ぐ傍から向けられていた。瞳力の残滓と土煙が次第に晴れていくと、その姿が露わになっていく。
周囲に漏れ漂うのは化け物に向ける憎悪のそれではなく、人間が人間に向ける息の詰まるような殺気。そのことが信じられなくて、悠月は半ば無意識のうちにその名を呼ぶ。
「メイ……?」
直後、刀を握ったメイがこちらに向かって襲い掛かる。
悠月は咄嗟に前へ出て折れた黒刀を構えるが、メイが止まってくれる様子はない。
刃が交わり火花が散る。鍔迫り合いに持ち込むと、悠月の背後にいる芽衣が悲痛に叫んだ。
「メイ様どうされたんですか!」
「オマエのせいだ……オマエのその弱さが、無自覚さが……」
メイは悠月を見ていない。見ているのは悠月の背後で護られる芽衣———自分自身だった。
「あの人を殺したんだ……」
「くっ……!」
悠月は奥歯をきつく噛みしめた。
見ると、メイの紫黒色の右眼は既に死んでいた。




