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第五話 京都御所決戦④

 膝さえつかせることは出来なかったものの、その一撃は腹部にあった【活眼かつがん】の片眼を貫き、二十メートル近くも酒吞童子しゅてんどうじを吹き飛ばした。

 一対の【鬼舞眼おにまいがん】に、片方の【活眼かつがん】。合計で三つの術眼じゅつがんの破壊に成功したが、残る眼は十二個もある。

 まだ、底が見えて来ない。

「白けるだろうがぁ!」

 酒吞童子しゅてんどうじ激昂げきこうし、切り口の右腕を構えた。【圧束眼あっそくがん】による攻撃が来る。

 透哉とうや咄嗟とっさに氷壁を作り出そうとするが、既にここにいる他の誰もよりも瞳力どうりょくの消費をしている。耐えられるだけの瞳力どうりょくが残っているかは分からない。逞真たくまもそれを理解して盾になろうとするが、自身も胸の傷のせいでたたらを踏んでしまう。

 酒吞童子しゅてんどうじの大量の黒い体液が莫大な瞳力どうりょくによって収束、圧縮。そして射出される。

「【かんぬき】!」

「【風車かざぐるま】!」

 だがそこに滑り込んだのは明日香あすかだった。両腕を前面に突き出し、酒吞童子しゅてんどうじの攻撃を点で捉えると、円錐えんすいを描く様に威力の方向ベクトルを周囲へ逃がす。

 物体による攻撃だったならば、こうも上手く行かなかっただろう。だが……

「コントロールが……」

 圧倒的な力押しに瞳術どうじゅつの制御が乱される。気を抜けば腕が吹っ飛ばされかねない圧だ。

 酒吞童子しゅてんどうじは無意識なのだろうが、瞳術どうじゅつの精度が落ちた事と引き換え、滲み出る瞳力どうりょくの禍々《まがまが》しさが急激に増した。

「———っ……!」

 明日香あすかたちがいつやられもおかしくない状況に、前進しようとする悠月ゆづきの判断が鈍る。

「止まるな悠月ゆづき! これを逃せば私たちの勝ち目はなくなる!」

 だがそれをかき消すように波留はるが叫んだ。同じ気持ちであるからこそ、その言葉にはより感情が乗っている。

 悠月ゆづきは奥歯を噛みしめた。そして振り返ることなく全速力で酒吞童子しゅてんどうじの背後を取りにいく。狙うは首、黒刀を思い切り降り抜く。

 だがその動きは片眼だけになった【活眼かつがん】で見切られ、【堅無眼けんむがん】の盾によって防がれてしまう。

 今度は波留はるが側面から狙う。その時点で酒呑童子しゅてんどうじの【圧束眼あっそくがん】はもう明日香あすかたちには向いていない。波留はるは描かれる黒い体液の軌跡をかわしながら接近すると、最後には明日香あすかならって刃先に炎を集中させる。そして黒い体液の方向ベクトルを周囲へ逃がしながら右腕の断面に栓をするように刃を突き刺した。

 その瞬間、メイが復帰し、酒吞童子しゅてんどうじの正面に入った。

 片眼の【活眼かつがん】が悠月ゆづきを捉えていたせいで、その【雷光眼らいこうがん】の速さに酒吞童子しゅてんどうじの体はついて来られない。辛うじて一瞬で姿を現わしたメイと視線だけが絡み合う。

 直後、両者の紫黒しこく色の眼が強く発光した。

 ———!?

 しかし、時間が止まらない。いや、それ以前に何も起きていない。

 瞬間、悠月ゆづきは先ほど酒吞童子しゅてんどうじにやられたブラフを思い出した。

 だが、今回はメイも瞳術どうじゅつを行使しようとした上に、今この場にいる全員が呆気あっけに取られたように数拍遅れた形になっている。

 理由は分からないが、紫黒しこく色の術眼じゅつがん瞳術どうじゅつが不発に終わった。

 そのことを一番に理解し、動いたのは酒吞童子しゅてんどうじだ。残っている左腕に【痺鈍眼ひどんがん】の瞳術どうじゅつまとうと正面のメイに真上から拳を叩き落とす。

「【聖炎閃火せいえんせんか———はぜ】」

 だが、遅れながらも寸分の差で波留はるが動き出していた。そして右腕の断面に刃を突き刺していた波留はるの方が瞳術どうじゅつを使うだけなら攻撃としては早い。

 瞬間的に炎がぜる。

「ちっ———!」

 波留はるが舌打ちを零す。酒吞童子しゅてんどうじの全部を吹っ飛ばしてやるつもりだったが、出来たのは右肩から首元までを抉り飛ばしただけ。体中に散らばる残った術眼じゅつがんはどれも無傷なままだ。

 バランスを崩した酒吞童子しゅてんどうじはメイへの攻撃を止めて距離を取った。そして左腕を突き出すと手中に収まる三人を握りつぶすように閉じる。

「【瓦祭狂がらさいく】!」

 嵐が起こる。【踊游眼ようゆうがん】によって回廊かいろうや周囲の残骸が、三人を中心に乱舞する。

「【炎円獄爛えんえんごくらん】……!」

 波留はるが作り出した円状に逆巻く炎の防御壁で酒吞童子しゅてんどうじの攻撃をしのいだ。

 しかし、【踊游眼ようゆうがん】の嵐は止む気配どころか強まる一方で、波留はるもとうとう膝をついてしまう。先ほどの舌打ちといい、もう体力も相当消費して余裕がないことは明らかだ。

「メイちゃん……さっきのは一体?」

 深紅しんく色の発光を維持したまま波留はるが問う。

 メイもその状態を分かって、余計な事は何も言わず言葉を並べる。

「おそらくですが瞳術どうじゅつ同士が相殺し合った結果です。初めて起きた現象でしたが、これまでを考えると、瞳力どうりょく量と術のタイミングが全く同じだった時にあれが起きるんだと思います。タイミングはともかく瞳力どうりょく量までは狙えないので……再現性はないですが……」

「……わかった。でも悲観する必要はないよ。普段起きないことが起きてるってことは、風向きが良い証拠だ。……案外あっちも必死なのかもしれない」

 波留はるが長い息を吐きながら立ち上がった。

悠月ゆづき。あと一回、あの隻眼せきがんを使わせたら暫く次はなくなる。私とメイちゃんでそれをなんとかするから、その間に祝詞のりとを上げて欲しい」

 波留はるにも〝裏〟の瞳術どうじゅつはある。それに【活眼かつがん】が片方だけになった以上、速度で攪乱するなら悠月(ゆづき)の方が適任だ。しかし、悠月ゆづきが何を言う前に波留はるが続けた。

「戦ってみて分かったけど、私の〝裏〟じゃ多分あの半球体の盾は貫けない。それにもう全員限界だ。やるなら一撃、悠月ゆづきの〝裏〟しかないんだよ」

 強がりと言えばそうなのだろう。波留はるが不敵な笑みを浮かべて悠月ゆづきの胸を拳で小突いた。

 メイも、もうそれしかないのだと、うなずきを見せる。

「分かった、俺が決着ケリをつける」

「うん」

「お願いします!」

 もう一度、波留はるが長い息を吐いた。そして、一気に吸い込むと深紅しんくの瞳の光量が上げる。

「行くよ、メイちゃん」

「はい!」

 波留はるが円状に逆巻く炎の防御壁を拡張し、瞬間的に【踊游眼ようゆうがん】の嵐を押し返した。

 飛来物のない空間が生まれたことにより、波留はるとメイが一気に走りだす。

 それを見た酒吞童子しゅてんどうじも近接戦闘に切り替えるため【踊游眼ようゆうがん】の瞳術どうじゅつを解いた。先ほど波留はるが吹き飛ばした右半身はほぼ修復状態にあるが、異様に肥大化していて左右非対称になっている。

 隻眼せきがんを除いた残り十一個の術眼じゅつがんが全身を波打つように蠢く。しかも奇妙なことにそのどれもが意思を持って嗤っているように見えた。

 しかし、そのおぞましさを前に悠月ゆづきは二人を信じてまぶたを閉じた。そして、せり上がって来るあらゆる感情を胸に押し留めて、もう一度(まぶた)を開ける。

 瞳が藍色から色へと変化する。

 これが悠月ゆづきの〝裏〟の眼。そこから刀を天に掲げ、神に捧げる奏上そうじょうの言葉を始める。

「———凝結する光の雫。吹き乱れる白亜はくあの柱。遠く地を震わすその歩みは天の怒りと我は知る。故に貫くは死、振り払うは闇。今、空の代行者となり裁きのいかづちで———……!?」

 祝詞のりとの途中、悠月ゆづきの内側で何かが切れた。

「うっ……!」

 立っている事が出来ない。膝をついたかと思うと、地面の白砂に真っ赤なまだら模様もようを作り出していく。

 眼の奥が熱い。血の涙が溢れるどころか、噴き出して止まらない。

 瞳の緋色も、藍色に戻ったりと瞳力どうりょくが安定しない。いや———そもそも〝裏〟の瞳術どうじゅつを使えるだけの瞳力が不足しているのだ。疲労困憊に極限の緊張、色んな言い訳が頭に浮かぶが、ここまで瞳力どうりょくを使い尽くしていたことに気付けなかったのは完全に自分の落ち度だ。

 ぴり、と空気が変わったのを悠月ゆづきは感じた。もう何度と体感している感覚に反射で顔上げる。

 時間が飛んでいる。波留はるとメイがやってのけたのだ。しかし———

「ぬかったな! 小僧!」

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