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第四話 京都御所決戦③

「ありがとう、芽衣めい。だいぶ楽になった」

 額に大粒の汗を浮かべる芽衣めいの手をどかして悠月ゆづきは立ち上がった。藍色の長着の腹部一帯は大量の血が滲んで、黒に近い赤紫色に染まっている。

「ですがまだ傷が……!」

「俺のことはもう大丈夫だ。それより迎賓館げいひんかん付近に勝爺かつじいがいるから治療して、源家うちの本陣がある下賀茂神社しもがもじんじゃまで行くんだ」

 少しふらつきながらも悠月ゆづきは努めて柔らかく言うと、芽衣めいの頭に手を置いた。すると、芽衣めいが肩を震わせ、何か言おうと息を吸い込むのが分かった。

 しかし、芽衣めいは言葉の代わりに頭に置かれた悠月ゆづきの手を優しく握った。そのまま自身の短く切り揃えられた髪を梳くようにし、頬にまで流れさせると温もりを確かめる。

勝爺かつじい様の事は分かりました。ですが、悠月ゆづき様も絶対に死なないでください」

「ああ、まだ芽衣めいから小言も聞いてないからな」

 やせ我慢にも悠月ゆづきは軽口を言って見せた。

 芽衣めいが自ら悠月ゆづきの手を放すと、そこからは振り返らずに紫宸殿ししんでんを離脱していく。

 悠月ゆづきもそれを分かって黒刀を握り直した。腹部の傷はまだ塞がりきっていない上に、膝を折りそうになる苦痛も続いている。

 だが、それがどうしたと、悠月ゆづきは自分に言い聞かせる。

 今、皆が必死に戦ってくれている。それをただ見ているだけでいいわけがない。

 悠月ゆづきは一歩ずつ、確かに地面を踏み拉いて進んでいく。

 まだ体は動く。戦える。己を奮い立たせろ。

「【瞬雷しゅんらい】!」

 悠月ゆづきは走り出した。メイに斬りかかろうとする酒吞童子しゅてんどうじめがけて黒刀を振るう。

「しぶといな、小僧!」

「くっ……!」

 黒刀と大刀が交わる。押されながらも競り合う中、メイの刀が加わると酒吞童子しゅてんどうじの大刀を弾き返した。そのまま二人は同じ動きで酒吞童子しゅてんどうじから距離を取る。

「私も戦えます。一緒に戦わせてください、悠月ゆづき様!」

 同一の存在であるのだから当然の事なのに、不思議とその訴えかけるメイの姿が、先ほど話した芽衣めいと重なって、悠月ゆづきは少しだけ体が軽くなるのを感じた。

「分かった。一緒にいくぞ」

「はい!」

 悠月ゆづきが黒刀を掲げる。メイもその動きに合わせ、二人して刀を振り下ろす。

「「【百雷破びゃくらいは】!」」

 地面をえぐるその攻撃は表層の白砂を吹き飛ばし、雷をまとった砕石さいせきつぶてを浴びせる。

「【瓦祭狂がらさいく】」

 だが酒吞童子しゅてんどうじも【踊游眼ようゆうがん】で周囲の瓦礫がれきを浮遊させ、それらを真っ向からはたき落とす。

「こちらが先手を取り続ければあの隻眼せきがんも消耗させられます!」

 悠月ゆづきが先行、後ろに続くメイが紫黒しこく色の瞳術どうじゅつを行使する。が、右眼に激痛が走り、一瞬だけ瞳術どうじゅつが遅れてしまう。そして、酒吞童子しゅてんどうじもそんな格好の隙を見逃さない。

 時間が止まる。

 主導権を握ったのは先に瞳術どうじゅつを使った酒吞童子しゅてんどうじだ。

「こやつらと一緒に貴様を相手取るのは流石の余でも少し骨が折れる。———【神力剥依じんりきはくい】」

 酒吞童子しゅてんどうじが【鬼舞眼おにまいがん】によって瞬間的かつ爆発的な脚力を発揮する。踏み切った左足はくるぶしあたりから黒い体液が吹き出し、先行する悠月ゆづきを通り過ぎてメイを強襲しにかかる。

「速い……!」

 初速だけなら【雷光眼らいこうがん】に匹敵しているかもしれない。メイは咄嗟とっさに防御の構えを取り、後方へ飛んで受け流す動作に入った。

 時間が動き出す。

 酒吞童子しゅてんどうじ隻眼せきがんが光度を上げる瞬間を見ていた悠月ゆづきは、その動きを察知して振り返る。

 映るのは酒吞童子しゅてんどうじの背中とその先にいるメイの姿。直後、大気を震わす金属音が辺りに響いた。真正面から大刀を受けたメイは回廊かいろうを突き破る勢いで吹き飛ばされてしまう。

 ———メイ!

 直前に眼があったことで悠月ゆづきはその名を叫ぶことを思い留まった。メイは一緒に戦うと言ったのだ。ならば信じなければならない。

 そして、生み出してくれたこの隙を無駄にはしない。

鬼舞眼おにまいがん】の瞳術どうじゅつは身体能力の強化ではなく、なかばその構造をも無視して限界を強制的に引き出すものだ。そして使用後には必ず制約的なインターバルが発生するのは確認している。

 酒吞童子しゅてんどうじの動きが一時的に鈍化する。

 悠月ゆづきは一歩で間合いにまで踏み込むと、練り上げた瞳力を刃先に集中させた。

「【霹靂神はたたがみ】!」

 刃先から雷がほとばしる。肉を貫いていたならば内側から弾け、相当のダメージを負わせた。

 だが、酒吞童子しゅてんどうじはまたも時間を止めてそれを回避した。【鬼舞眼おにまいがん】のデメリットを隻眼せきがん瞳術どうじゅつなかば踏み倒す強行だ。

「どうした小僧! 頼光らいこうはもっと速かったぞ!」

 巨体一個分が右にずれたその場所から、酒吞童子しゅてんどうじは振り向きざまに大刀を叩きつける。

 型も鮮麗せんれいさの欠片もない力任せの一撃。だがそこに純然たる悪意が乗ることで、その一撃は何者をも屈服させる圧倒的な暴力へと昇華しょうかする。

 悠月ゆづきは柄とむねの二点を支えにして受け止めにかかるが、耐えきれず片膝をつかされる。全身の骨が悲鳴を上げるように軋み、筋肉に痺れが駆け抜ける。

「【闘瞬とうしゅん】!」

 すかさず割り込んだのは逞真たくまだ。酒吞童子しゅてんどうじの攻撃に対し、下から突き上げるように斧を振り抜く。

 鐘を打ったような快音が辺りに響くと、逞真たくまの斧だけが粉々に砕け散った。

 しかし、その一撃と引き換えに酒吞童子しゅてんどうじの脇が浮く。

「【天炎万丈てんえんばんじょう———刀刺かたなざし】」

 続けて仕掛けたのは波留はるだ。酒吞童子しゅてんどうじの足元から全身を貫く様に刀を模した炎の柱が上がる。

「ふっ、情けない火力だな」

「ほんと、良く喋る赤鬼さんだね……」

 せいぜいその栗色の長髪が縮れる程度か。火炎に包まれながら酒吞童子しゅてんどうじは余裕を見せる。

 だが瞳術どうじゅつを使った波留はる自身ですら、これが有効打になるとは思っていない。

 狙いは別にある。

 酒吞童子しゅてんどうじは合計十五個の眼を体中に散りばめることで全方位の視覚を確保している。だからこそ炎を遮蔽材ブラインドにすることで一度、視覚の攪乱かくらんを図りたかった。

 悠月ゆづきたちは酒吞童子しゅてんどうじを中心に位置取りを変える。

 しかし、酒吞童子しゅてんどうじはその動きに反応する。炎の中から左腕が伸びてくると、その手は斬りかかろうとする悠月ゆづきの黒刀を掴んだ。

 波留はるの生み出した炎は物理的な遮蔽材ブラインドである事はもちろん、瞳力どうりょく感知を遮るためのものだ。だから、酒吞童子しゅてんどうじのこの対応は異常と言える。

「っ! 読んでるのか……!」

「子供騙しだと言ったぞ?」

 酒吞童子しゅてんどうじが持つ、そのたぐいまれない戦闘感覚(センス)をもはや刷り込まれる域で悠月ゆづきは痛烈に知覚する。

 そしてる。その瞳術どうじゅつの強さだけが日本三大怪異へとたらしめたのではなく、流れを読み取り、掌握する抜群の才覚あってこそだということを。

 酒吞童子しゅてんどうじは黒刀をまるで棒切れのように振り回し、悠月ゆづきごと放り投げた。しかもその先には拳銃の構えを取る明日香あすかがいる。

 悠月ゆづきの飛来に、明日香あすか咄嗟とっさ瞳術どうじゅつを解いてもつれながらも抱き留めた。

「わるい明日香あすか……」

「今はいいから! 早くどいて!」

 しかし、その間にできたわずかな隙を逞真たくまが鋼鉄の拳で狙う。炎で酒吞童子しゅてんどうじの全身はまだ見えないが、悠月ゆづきを放り投げた体勢からして、左脇下はがら空きになっているはずだ。

 ぐわぁん、と鈍く質量のある金属音を叩いた感触が逞真たくまの拳に伝わる。手ごたえはない、【堅無眼けんむがん】の盾に防がれたのだと、すぐに気づいた。

 炎が薄れていく。

 酒吞童子しゅてんどうじゆがんだ口元が見え、陽炎に滲む大刀が掲げられる。

「まだだ、僕だって……!」

 まとわりつく恐怖を払い退けるように逞真たくまは己を鼓舞した。そして全身に巡らせていた硬質化と筋力強化を完全に左手だけに集中させる。

 だがその瞬間、逞真たくま瞳力どうりょくの巡りが変化したことに酒吞童子しゅてんどうじは気づいたのだろう。悠月ゆづきの黒刀を握った際についた傷口から垂れる黒い体液を【圧束眼あっそくがん】でやじりの形状に圧縮し、射出した。

「うっ……っ———!」

 貫通さえしていないもののやじり逞真たくまの右胸に突き刺さった。威力は弱いが当たり所が悪い。おそらく肺にまで到達していて、喉の奥から血がせり上がって来る。

 だが、それでも構うものか。ここで立っていなければ何も守ることはできない。

「まだ……まだ!」

 酒吞童子しゅてんどうじが全体重を乗せた一刀を振り下ろす。

 逞真たくまは眼前に落ちて来るそれを瞬き一つせず凝視する。そして、ただ左手に全神経を集中させ、その大刀を———握りへし折った。

 乾いた金属音。真っ二つに折れた先の部分が重力に引かれて地面に突き刺さる。

 瞬間、酒吞童子しゅてんどうじ吃驚きっきょうに近い表情を見せた。

 だがそれも、すぐに醜悪しゅうあくな笑みに戻り、より一層濃くなる。純然たる悪意を乗せた一撃は確かに真っ向から打ち砕かれた。しかし、なればこそというもの。もう一度、いや何度でも悪意をもって否定し、踏みにじってみせるだけのこと。

 そして、今はもう両者ともに武器はない。このなんの打算もなく行き着いた現状に酒吞童子しゅてんどうじは己の内側から更なる悦が湧き立つのを感じた。

「面白い、最後の力比べといこうか! 坂田の小僧ぉ!」

 なかば飛びかけの理性で悪鬼の死王しおうが言い放った。

 互いに拳を振りかぶると、逞真たくまは変わらず左拳の強化のみに瞳術どうじゅつを注ぎ込む。

 一方で酒吞童子しゅてんどうじはただ熱に浮かされた本能に従うのみ。【鬼舞眼おにまいがん】により壊す前提で右腕のたがを完全に外しにかかる。

 実際、こうなったのは流れの中の偶然でしかない。逞真たくまも予想すらしていなかった。

 だがしかし、この瞬間を虎視眈々《こしたんたん》と狙う者がいた。

 酒吞童子しゅてんどうじまとわりつく残炎の死角から透哉とうやが姿を現わす。きょを突かれた酒吞童子しゅてんどうじは他の瞳術どうじゅつを行使する間もない。透哉とうやは握る氷刀で、見事に【鬼舞眼おにまいがん】を宿した右腕を斬り落とした。

「やれ、逞真たくま!」

 酒吞童子しゅてんどうじの理想や衝動など、知った事ではない。だから全力で逞真たくまは振り抜く。

「【剛結拳ごうけつけん】!!」

「ぐふっ———!」

 逞真たくまの拳が酒吞童子しゅてんどうじの腹部に直撃し、足元の白砂が激しく夜に舞い上がる。

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