第三話 京都御所決戦②
「メイちゃん……」
明日香の声。困惑している事が良く分かる、窺うような声音だ。
「……皆様、私に力を貸してくれませんか?」
悠月の愛刀の柄を握り、メイは震える声で言った。散々かき乱した挙句、素顔を晒して泣き寝入りしたのだ。本当に自分は迷惑しかかけていない。だから、少し怖かった。
「何言ってんのよ」
「当たり前だろ」
「そ、それよりもう動いて大丈夫なの?」
そんな恐れは不要だと言わんばかりに明日香、透哉、逞真の三人が答えてくれる。
「はい、私に治してもらいましたから」
メイは微苦笑交じりに答えると、刀を引き抜いた。
「リードは私に任せてください」
「分かった。私らは一回情けないやられ方してるからね。前衛は任せるわ」
その言葉にメイは安堵の表情を見せる。
しかし、メイにとってここは悠月が右眼を失い、深手を負った場所だ。だからなのか、こうして酒吞童子と対峙すると移植した左眼が疼く。
誰にも渡すわけにはいかなかった悠月の【雷光眼】。片眼だけなら瞳力は単純に半分だが、悠月と同じ威力の一撃を出そうとした場合、その出力差は大きく異なる。
「メイちゃん、その紫黒色の眼は何回まで連続して使えるの?」
瞼の止血を終えた波留が合流し、メイに問いかけた。
「波留様……」
ボロボロな波留の姿を前に、瞬間メイは絶句する。しかし、その強い意志からくる問いかけの意図をくみ取ると、それ以上余計なことは言わずに続けた。
「私の場合だと連続して使えるのは五回までで、それ以降の十分間は瞳力不足により一度も使えなくなります。酒吞童子も同様……と言いたい所ですが、あっちは七回まで連続して使います」
「本来の持ち主だからってところか……。分かった、そこが限界値だね」
それがどれだけ難しい事かを理解しているはずなのに、波留の表情に曇りがない。むしろ全員を鼓舞するために更に声を上げた。
「悠月も治療が終わり次第、合流するから全員で消耗させるよ」
メイ、明日香、逞真、透哉のそれぞれが呼応する。
「さぁ、そろそろ幕引きにしようか。英雄の子孫どもよ」
酒吞童子の邪悪な笑みに相対すると、メイは刀を構え、全身に雷を纏う。
「行きます。———【瞬雷】」
悠月は当たり前の様に長時間使うが、本当ならば瞳力消費の激しい瞳術だ。それは片眼だけのメイにとっては著しいものになる。でも、出し惜しみはしない。
最初から全力だ。
酒吞童子の【活眼】が光を放つと、その瞳は確かにメイの神速の動きを追ってくる。
刃を交えるが、メイの膂力では当然押し切ることは出来ずに弾かれてしまう。しかし、そこに波留、逞真、透哉が続けて攻撃を繰り出す。
それでも酒吞童子は一切動じる様子なく、次々に瞳術を行使する。
波留の刀に対しては【鬼舞眼】で膂力を強化し、大刀で薙ぎ払う。最も高威力の攻撃を持つ逞真に対しては【堅無眼】で盾を生成し、斧の攻撃を弾き返す。
更に酒吞童子は左腕を自身の口元に運び、牙で切りつけると、流れ出た黒い体液を【圧束眼】によって手中へ収束する。
放たれる高圧縮された黒い体液の鏃。
しかし、それとほぼ同時に透哉が氷刀を叩き込むと、黒い体液は凝固して砕け散っていく。
四人の攻撃により、やっと生まれる一瞬の隙。
明日香は翡翠色の風弾を打ち込むために右手の指先を拳銃の形にして構えた。
それでも酒吞童子の体内に宿る術眼たちは激しく蠢く。
明日香の指先の直線上、酒吞童子の左頬辺りに藤色の瞳が出現し、怪しい光を放った。【幻魔眼】———精神干渉を行う瞳術だ。
「【夢幻誘藤】」
「その眼を直視してはいけません!」
メイが叫ぶが早いか、明日香は自身の太ももを左手に纏った鋭利な風で切りつけた。
「———っ!」
二度も同じ轍は踏まない、と明日香の眼差しがそう告げている。
「私も少しは体を張らないとね」
明日香が精神干渉を自傷の痛みで上書いた。苦痛に顔を歪めながらも右手の指先に暴発寸前まで溜め込んだ風弾を酒吞童子の紫黒色の隻眼に向けて放つ。
一切、無駄のない連携。普通の敵ならばこれで仕留められる。
だが酒吞童子には———神瞳術がある。
紫黒色の隻眼が発光する。明日香の攻撃の瞬間を目視していた酒吞童子は止まった時間の中で、最小限の動きで首を倒す。
時間が動き出した。
風弾が顔の真横を過ぎ去り、回避したという事象が確定する。そして、酒吞童子は攻撃に転じるため、またも紫黒色の瞳を発光させる。
時間が止まる。
しかし、今度はメイも紫黒色の眼の瞳術を使い、時間停止した空間に干渉する。
一体と一人だけが動ける空間。
酒吞童子が攻撃対象に選んだのは逞真だった。そこに割り込むようにメイが刀を振るうと、刃が交わる直前に、時間が進み出す。
目の当たりにするのが初めての逞真たちにとっては、時間が切り取られたように感じただろう。しかし、悠月と共に綱渡りの戦いをしてきた波留だけはその動きに反応する。
押し潰されそうになるメイに加勢し、酒吞童子の大刀を共に弾き返すと、距離を取る。
「透哉!」
叫んだのは明日香だ。しかも得意とする遠距離を放棄して、前に走って来ている。
透哉もそれだけで意図を理解すると、氷刀を生成して明日香の進路めがけて投げた。
その間にも逞真が斧を振りかざし、【堅無眼】の盾を釘付けにする。
「波留! いくわよ!」
地面に突き刺さった氷刀を明日香が引き抜くと、刃に翡翠色の風を纏わせて薙いだ。
「【殺陣鎌鼬】!」
「【炎喰斬】!」
波留がタイミングを合わせて炎の斬撃を飛ばすと、それは翡翠色の斬撃と重なり合い、膨張した。
瞬間、酒吞童子が回避のために紫黒色の眼の瞳術を使う。だが、それよりも前にメイが時間停止を行い、遅れて酒吞童子が干渉する形になる。
繰り返してきた時間の中で紫黒色の眼の特性については把握している。今この時間停止した空間の中において、分岐点の選択をする主導権はメイにある。
メイはその場に酒吞童子を留めるため、接近し刀を振るう選択を取った。
瞬間、酒吞童子の表情が変わる。だがそれは決して驚きや焦りなどではない。ただ目の前の戯れに興味を持つ、そんな口元の歪みだ。
刃が交わる直前に再び時間が動き出す。メイは大刀の攻撃を逸らすと同時に【雷光眼】の力で即座に離脱する。
直後、波留と明日香の混ざり合った斬撃が酒吞童子に直撃した。
確かな手ごたえ。顔から胴体にかけて煙が上がり、大きな焼けた刀傷が酒吞童子に付く。
しかしそんな状況も束の間。メイの異常を察した波留が口を開く。
「メイちゃん大丈夫?」
まだ戦いに加わってから少しか経っていない。それなのにも関わらず、メイの息は上がっていた。これまでの疲労の蓄積もあるが、両眼を使い分けるのに体力が大きく削られている。
「大丈夫……です……」
なんとか言い切るとメイは刀を構え直した。
「悪くはないが、これではまだ足りんな」
酒吞童子が大刀を肩に担ぎ、メイに向かって走り出す。
しかも、やっとの思いで付けた体の傷はもう修復が始まっている。
「くっ……!」
複数の術眼を宿している酒吞童子は言わば莫大な瞳力の塊だ。再生力もその速度も並大抵ではない。
だから千年前の戦いでも、源頼光は一撃で首を落とすしかなかったと言われている。
「波留様、やはり私たちでは決め手にかけるかもしれません……」
戦いが長引けば持久力のある酒吞童子が有利になっていくばかりだ。
波留もそのことを理解して頷きを見せる。
「分かった、悠月のだね」




