第十五話 胸騒ぎ
実弾ほどの威力も加速もない。だから、それが情けない格好で、半ば捨て身だったとしても、確実に仕留めるためにはギリギリまで引きつける必要があった。
明日香が袂で隠していたのは顔ではなく右腕。そして、そこから放たれたのは風弾だった。
「クソが……死んでしまえ……」
左眼を貫かれた虎熊童子が徐々に形を失っていく。
向けらえた呪詛の言葉を聞いて、やはりこんな風にはなりたくないと明日香は思った。
極限の緊張のせいか銃の構えを作っていた指先は硬直して元に戻ってくれない。明日香は左手で無理やり右手の指先を畳むと、そのまま夜空を仰ぐようにして乾いた川床に倒れた。
「大丈夫か明日香!」
透哉の声がする。爆発自体は本当に賭けだったらしいが、あの機転が無ければきっと何もできずに全員やられていた。
「大丈夫!」
そう返事をすると、明日香は急いで体を起こした。
透哉と逞真の元に駆け寄る途中、揺れる袂に穴が開いているのが目に入る。お気に入りの着物に自分で穴を開けた訳だが、今はそんなこと気にしている場合ではない……。
でも、やっぱり落ち込むものは落ち込む、と明日香が胸中でため息をついた直後、鴨川に透哉の悶絶が響いた。
「———っ!!」
どうやら逞真に外れた右肩を嵌め直してもらったらしい。見ると、二人とも虎熊童子に間近まで近づいたせいで顔や腕に多少なりとも火傷を負っている。
「あんたたちの方こそ大丈夫なの……」
「うん、僕は」
「ま、まぁ、なんとか……」
逞真は本当にけろっとして余裕そうだが、透哉に関しては余程、右肩を入れるのが痛かったのだろう。涙目になっている。
とりあえず特に致命傷を負っている様子はない。そのことに明日香は安堵の息を吐いた。
「よし、それじゃ急ごう!」
顔を上げて二人に頷きかけると、堤防を越えて今出川通を走り出した。
明日香たちは破られた御苑の結界の中に入り、酒吞童子が荒らして突き進んだのであろう、へし折られた木々と壊された邸跡を辿って進む。
すると、砂利道に入ってすぐのこと。
京都御所を守る障壁結界が破られているのを明日香たちは見た。外壁である築地塀までもが部分的に崩壊しており、酒吞童子に中まで侵攻されているのは明白だった。
「悠月と波留はどこに……」
辺りは妙な静けさを伴っており、明日香は胸騒ぎを感じた。
「———!?」
突如、京都御所内の南の方から叩きつけるような音と共に土煙が上がった。
邸跡に加え、千年近くに渡り政治の中心地だった建造物たちはいずれも高く大きい。その場からは目視することが出来ず、明日香たちは反射的に走り出していた。
嫌な予感がするのは明日香だけではなく、だからこそ誰も言葉を口にする者はいない。
案の定、京都御所の内側は喰い破られるように荒らされていた。宮殿を初め、木々に庭や池などの国家管理の歴史的建造物は無惨にも崩壊し、戦いの過酷さ物語っている。
土煙が徐々に近くなる。そして、交わる刃の音も。
場所は紫宸殿———かつて天皇の即位儀式が行われていた南庭だ。約五十メートル四方あるその空間には清浄や神聖を意味する白砂が一面に敷き詰められており、まさしく穢れを祓う聖域と呼ぶにふさわしい場所だ。
しかし、その聖域を無法者が蹂躙していた。
「悠月……」
まず、明日香が見たのは紫宸殿を囲う紅白色の回廊に体をめり込ませ、血まみれの状態で倒れ伏す悠月の姿だった。そして次に———
「あ、……」
明日香から乾いた声が零れた。
直後、酒吞童子の大刀によって、腹から下を両断される波留の姿が眼に映った。
「波留……!!」




