第三話 一千年の系譜
放課後になると悠月と波留は旧校舎に向かった。
二人とも肩に制定バッグをかけ、手には竹刀袋を持っている。一般生徒から見ればただの剣道男子と女子の姿にしか見えないが、竹刀袋の中にはいつ何があってもいい様に本物の刀が入っている。
空き教室に入ると悠月は埃っぽい空気を入れ替えるために窓を開けた。外からは吹奏楽の個人練であろう管楽器の軽快な音が聞こえてくる。
「それで、透哉と逞真は来てくれるって?」
最前列の真ん中の席に座る波留に尋ねながら悠月は教壇に立つ。
教師と生徒の構図だ。打ち合わせ通り、波留も呼ばれてこの空き教室にやって来たことにしている。
「あの二人は来てくれるって。明日香の方は?」
「それが一回は返信が来たんだけど、その後は既読無視でさ……」
「なんて送ったのさ?」
一度目の連絡の後、『なに?』とだけ明日香から返信が来た。それに対して悠月は、「文面ではとても残せないから旧校舎三階奥の空き教室に来て欲しい」と伝えると既読無視されたのだ。
悠月がスマートフォンの画面を見せると、途端に波留が笑い出した。堪えようとして、それでも苦しそうにお腹を抱えている。
「な、なんだよ、なんか可笑しいか?」
「うーうん、私の思った通りでさ。これなら来るよ、明日香は」
これだけで来ることが分かるのか、という疑問もさることながら、予想通りという言葉に少し引っ掛かりを覚える。しかし尋ねようにも波留は未だに涙目でヒーヒー言っている。
すると、悠月から見て奥の扉が軋む音を立てる間もなく、凄い勢いで開いた。
「直接話があるってなによ悠月。友達待たせてるから早くしてよね。……ま、まぁ、内容次第では先に帰ってもらうようにするけど…………」
腕組みに揺れる活気あるツインテール。身長は百五十センチ半ばくらいで、平均的な女子の体型と言えるが、肌は少し心配になるくらいに色白だ。
後半は早口且つ、尻すぼみであまり聞こえなかったが、一先ず明日香が来てくれたことに悠月は胸を撫でおろす。
「お、来たね明日香。とりあえず座りなよ」
波留が言葉と共に半身を取って後ろを向くと、軽く片手をあげた。
「なっ! なんであんたがここにいるのよ渡辺波留!」
「なんでって私も呼ばれたからだよ。ていうかそのフルネーム呼びはどうにかならない?」
「はぁ!?」
明日香の大声が教室に響くと、射殺すような目つきが悠月に向いた。
「え?」
急に向けられたとんでもないプレッシャーに悠月は一歩後退ってしまう。
「うるさいな。突っ立ってないでさっさと入れよ卜部」
声が聞こえたのは教室の外からだ。
「げっ、透哉! それに逞真まで! ていうか可愛くないから卜部って呼ぶな!」
明日香が振り返って身を引くようにすると、二人の男子生徒が教室に入ってくる。
前を歩くのは首に水色のヘッドホンをかけた碓井透哉だ。小柄な体型で、少し癖のある垂れた前髪から覗く狼の様な目は、近寄り難い雰囲気を放っているが決して悪い奴でない。それに、これから大きくなる予定だと言わんばかりの制服のサイズ丈に悠月は共感が持てる。
続くのは透哉に相反して大柄な体型の坂田逞真だ。身長は百八十センチを超え、昔からとにかく大きくて目立っていた。見た目は柔道部もしくは相撲部員といったところだが、決して強面という訳でなく、むしろその逆の幼い顔つきに少し気弱な性格をしている。
三人とも悠月と波留と同じく、いわゆる名家と呼ばれる家の出自であり、高等部の一年生だ。
「透哉君も逞真君も久しぶり。二人ともしばらく会わないうちにだいぶ大きくなったんじゃない?」
「別に。そんなに変わってないと思うけど。ていうか前っていつの事だよ」
「ぼ、僕は縦じゃなくて横にだけどね。最近、母ちゃんと姉ちゃんが痩せろってうるさいんだ」
どういう連絡内容で波留が二人を呼び出したかは分からないが、呼び集めたメンバーはこれで揃った。本当にとりあえずだが……。
「ちょっと! 私の存在を無視するな!」
顔を真っ赤にした明日香が教室中に響く声で怒鳴った。
「しつこいな。声が無駄にでかいって言ってんだろ、卜部」
透哉の吐き捨てるような言い方に加え、またも苗字で呼ばれた事が癇を大いに刺激したのだろう。更に明日香の顔が険しくなっていく。
「あんたは逆にちっさ過ぎんのよ! あ、分かった……碓井って苗字、本当は影が薄いって意味なんでしょ。だから声がこっちまで届かないんだよね、このガリ勉影薄チビ!」
「あ? 誰がガリ勉影薄チビだ! だいたい苗字なんて親も決めれないんだから関係ないだろ! 恨むならお前の先祖の季武を恨め! あと身長はお前も俺と変わらない!」
「男のあんたが女子の私と変わらないんだから、それはチビでしょ! チービ!」
もはや一触即発の雰囲気の二人に、逞真が慌てて仲裁に入る。
「ふ、二人とも落ち着いてよ。まだ顔を合わせただけじゃないか」
「うるさい黙ってろデカブツ。先祖が金太郎のモデルだからって調子に乗るな!」
「うるさい黙っててクソデブ。先祖が金太郎のモデルだからって調子に乗んな!」
逞真は瞬殺された。ほぼ同時の二段攻撃に膝を折り、戦意喪失すると、「デカブツ、クソデブ」と何度も一人で唱え始める。
これが寸劇ではないのだから、現実とは恐ろしい限りだ。
半ば度し難い空気感に悠月は顔を盛大に引きつらせて波留の方を見た。
しかし、何故か波留は和やかな笑みを浮かべている。
「一体どういうことよ悠月! こいつらがいるなんて私、聞いてないんだけど!」
「ほんとにそれ。波留が言ってた面白いものが見れるって、まさかこの事じゃないよね?」
「波留ちゃんから皆が来るって連絡あったから来てみたけど、こんな目に遭うんだったらもう帰ろうかな……」
なるほど。透哉は面白いものが見れると言われ、逞真は仲間外れを嫌って来たというわけか。つまり波留は上手くやってくれた……のか? いや、全然上手くない気がする。
「まぁまぁ、皆ちょっと落ち着いてよ。私も悠月に頼まれただけであって詳細は聞いてないんだって。だからさ、とりあえず席に座って話だけでも聞いてみようよ」
正面に向き直った波留から、「ごめん」もしくは、「後はお願い」といった視線を受け取ると、悠月は肺の中の空気が全てなくなるほど長いため息をついた。
波留の呼びかけに透哉と逞真は渋々と言った様子で中央の席に着く。しかし、明日香は腕組みをしたまま動かないでいる。
「ほら、明日香もこっち来て座りなよ」
波留が自分の隣の席を引いて促すが、明日香はそれを無視して一番後ろの席に座った。
「話を聞くだけだからね」
はっきり言ってまともに話ができる空気感ではないと思うが、悠月は腹をくくることにした。




