第十三話 私のおかげ
「【殺陣鎌鼬】!」
明日香が氷刀を振るうと風が鳴き、刃に沿った翡翠色の斬撃が飛ぶ。続けて左手の拳銃を構えると、翡翠色の風を纏った弾丸を放つ。
金童子が瞬時に毒飛沫の攻撃を繰り出してくるが、斬撃によって裂けた空間に引きずり込まれ、明日香に届くことはない。弾丸も虎熊童子の【爆區破眼】を釘付けにすることで十分な牽制になっている。
現状、間違いなく明日香は一対二にも関わらず優位に立っている。しかし、拳銃の弾数は最大で十七発とプラス装填済みの一発だ。状況としてはそう長くもたない。
逞真の方も熊童子と真正面からやり合って時間を稼いでくれている。
時間にして僅か十秒程度。二人のおかげで透哉の水色の瞳が最大まで発光する。
「始めるぞ明日香! 逞真を下がらせてくれ!」
透哉の合図に、明日香は熊童子へ弾丸を放って逞真を離脱させる隙を作る。そして自身も離脱を試みるが、逞真と合流したところでその足が止まる。
「【水操氷雪】!!」
その規模に唖然とした。
地鳴りが発生したかと思うと、上流から鴨川全域を呑み込むほどの巨大波が押し寄せて来た。
「は!?」
戦いながらこの量をコントロール下に置いていたのは異常だ。というより……。
「ちょ、ちょっと透哉! 聞いてないわよ、こんなの……!」
「明日香、僕に掴まって!」
どこに行っても逃げ場はない。逞真が川底に向かって斧を振り下ろすと、楔代わりにして押し流されないよう耐える態勢に入る。
それは㰷眼たちも同じだ。
金童子が慌てて細長い手に持つ刀で川底を突く。そして、熊童子も大鉈で川底を———突かない。それどころか【重游眼】の鋼色の瞳を最大まで発光させ、自身の周囲に強力な力場を作り出すことで、水を潰し退けているのだ。
瞬間、透哉の水色の瞳と熊童子の眼が合った。
「っ———!? 脳筋かよ……!」
巨大波が一気に押し寄せる。その規模は賀茂大橋を呑み込むほどで、唯一、武器を持たない虎熊童子だけが搔っ攫われて下流へと押し流されていく。
しかし、その中でも熊童子だけが水を割ってするすると走って来る。
「小細工なしで勝負しろや! このチビ助がぁ!」
「お前のそれも十分、小細工だろ……!」
巨大波に関しては引き起こしただけで操作はしていない。本来であれば透哉も大鎌を川底に引っ掛けて凌ぎ、別の所に瞳力操作を注ぐつもりだったが、状況が狂わされた。
透哉は自身の立つ場所の少し川上の流れを操作すると、部分的且つ疑似的に動ける三角地帯の空間を作り出した。そこで瞬時にもう一つの仕込みを行い、氷刀を生成して待ち構える。
直後、目の前の水が割けたかと思うと熊童子が姿を現わした。
透哉は強力な重力圏内に引きずり込まれることになる。
「くっ……!」
「どうした! チビ助!」
間近で騒ぎ立てる熊童子の声がうるさい。しかも振り下ろされた大鉈の威力は透哉の想像以上で、押し返すどころか受けた氷刀の峰が右肩に食い込む。
初撃でこれなら次撃で確実に積む。肩が外れそうな上に、少しでも姿勢を変えようものなら重力に押し潰されて、這いつくばることになるだろう。
だが、真っ向から瞳術で力比べをする気など、透哉はさらさらなかった。
透哉が口元に不敵な笑みを浮かべると、熊童子が呑気に眉を顰めて首を傾げる。
ようやく気付いたのだろう。しかし今更遅い。
「む、チビ助、貴様。鎌はどうした」
「……上見てみろよバカ」
そう、透哉が持っているのは氷刀だけだ。
言われるがまま熊童子が顔を上げる。
直後、上空に投げられていた大鎌が重力に引かれて落ちて来た。それは車輪の如く回転を伴い鮮やかな垂直落下を見せると、大鉈を持つ熊童子の右腕を切り落とした。
熊童子の鋼色の瞳が揺らぐ。その瞳術が弱まった瞬間を透哉は見逃さなかった。
「う、らぁあああ!」
右肩が脱臼するのも厭わず氷刀を振るう。熊童子の首から肩にかけて力任せに撥ね落とすと、透哉はその一本角を強引に掴み、瞬間最大威力の瞳術を行使する。
「【氷晶牢———絶零】!!」
呆気に取られた表情のまま、熊童子は絶対零度の牢によって凍結した。透哉が角を握ったまま川底に手を付くと、その頭部は硝子細工のように割れて跡形もなく水に流されていく。
すると、その時にはもう既に大波は引いていた。
その場に残っているのは明日香と逞真、それと金童子だけだ。明日香に関しては濡れた子犬の様に萎れて逞真にしがみついている。
本来であれば大量の水の中に虎熊童子を閉じ込めるつもりだったが、もうそれは叶わない。しかし、四天王の一体を討ったのだから流石の明日香でも許してくれるはずだ。
「透哉、大丈夫!?」
逞真の黄土色の瞳に透哉は薄く笑って見せた。
「なんとか……。でも金童子は頼んだ」
「十分、大金星よ。あの腕長は私たちに任せなさい!」
逞真が走り出すと明日香がその後ろに続く。
「く、くる……来るなぁ! おま、お前らなんかみんな、し、死ねぇ……!」
半ば錯乱状態にある金童子は間合いに入れまいと口から毒霧を発生させる。
「私との相性最悪な上に、さっきから動きが鈍いのよ、あんた」
明日香はそれを全て翡翠色の風で押し返す。その間に逞真が一気に距離を詰めて斧を振るうと、この戦いが始まってから初めて金童子と刃を交えた。
見た目通り華奢な体から繰り出される攻撃は軽く、逞真はその一撃で刀を弾き飛ばした。
瞬間、明日香は距離を取ろうとする金童子の深紫色の瞳と視線を交えると拳銃を構えた。もう防御の術はなく、目の前の逞真から距離を取ってしまえば確殺できる。
そのための位置取りであり牽制だ。
「どのみちチェックなのよ」
金童子が自身の頬袋を膨らませると、今度は質量のある毒液を逞真にぶちまけようとする。
だがその動きは明日香との駆け引きのせいで、完全に遅れていた。
逞真は掌底で金童子の顎を打ち上げる。歯が折れ、口の端から毒液を零しながら無防備にも金童子の体が宙へと舞う。
「ごめんよ」
優しい逞真だからこそ、出てきた言葉だろう。
しかし、そこに容赦はない。
逞真は【剛䞠眼】の瞳力を最大限にまで高めると、金童子が落下してくるタイミングに合わせ、斧を思い切り振り下ろした。
脳天をかち割るその一撃は瞬間、川を両断するほどの威力で、地面を大きく揺らす。
逞真は長い息を吐き出すと、すぐ隣にいる明日香の方を見た。
「こいつを倒せたのはやっぱり波留ちゃんが弱らせてくれてたおかげだね」
「はぁ! 私でしょ!」
だらりと右肩を下げた透哉が遅れて合流すると、二人のやり取りを見て嘆息をついた。
「ほんま……ようやってくれはりましたなぁ……」
川下にある賀茂大橋の真下。月明かりが届かない深い闇から臙脂色の双眸が覗く。艶やかだった長い髪は水のせいで乱れるように体中に張り付き、より二本角を強調している。
「ふん、またあんた一体になったわね。尻尾捲いて逃げるんなら今のうちよ」
「まさか。殺すって言うたやろ。……でも、そうやなぁ」
橋脚に手をかけ、狂気の向こう側を思わせる気色の悪い笑みを虎熊童子が浮かべる。もはやその様子はどこか吹っ切れたような清々しい忌まわしさを纏っているように見えた。
「知ってはります? うちら㰷眼は瞳力の扱いは上手くなっても、術眼そのものが成長することはないって」
「死んでるんだから当然だろ。そんなこと俺たちが知らないとでも思ったのか?」
「伝わりまへんかぁ……」
虎熊童子が瞼を閉じると、言葉を続ける。
「まぁ要はこんな大層な眼ぇ、外に放っといたらあかんえって話や」
眼を見開くと同時、これまで単色だった瞳の臙脂色が蠢き、黒い斑点が浮かび上がる。




