第十二話 拮抗
深紫色の瞳を発光させる金童子はまるで歩く死そのもののようだ。堤防を歩くと周囲の雑草は枯れ、川に入ると流水は腐るように深紫色へと変化する。
「あ、あの、あの女さえいなければ……お、おま、お前らなんて……」
長い手を両肩からだらりと下げ、金童子は陰湿な笑みを浮かべる。
「……【溶害針千本】!」
瞳が発光し無数の針が生成されると、明日香たちに飛来する。戦いが始まってから初めて見る瞳術だが、使用している術眼の根幹が急に変わることはない。
触れれば最後、一撃必殺の猛毒が仕込まれた範囲攻撃で間違いないだろう。
明日香と逞真は端から自力での防御する考えを捨て、透哉の背後へと退避した。
「【水操氷雪】!」
透哉が川の水を利用して氷の防御壁を生成すると同時、そこから鏃のついた蔦を無数に伸ばして攻撃に転じる。
「【爆波紅區】……!」
今度は虎熊童子の【爆區破眼】の臙脂色が激しい光りを放つ。火線のような光芒が走ると、透哉が生成した氷と金童子の針を巻き込んで爆ぜた。
氷の結晶が宙に舞って月光が乱反射する中、逞真がその虎熊童子の背後を取る。【爆區破眼】の瞳術の範囲は視界内まで。更に今は溜めの大きな術を使った直後、隙は大きい。
「【闘瞬】!」
逞真が全身の硬質化と筋力強化を図り、斧による一撃を狙う。
「【債重乗】!」
しかし、熊童子の鋼色の瞳が色濃く光ると、逞真は斧を振り上げたまま止まった———否、頭上から強力に働く重力に踏ん張ることが精いっぱいで、動くことが出来ない。
熊童子が一気に逞真との距離を詰めると、大鉈を振りかぶる。
だが今度は明日香が拳銃で熊童子を捉えると引金を二度引いた。
「【縁空殺】」
正確に両眼を狙った弾丸は翡翠色の風に乗って一直線に加速する。
「飛び道具なんぞ小賢しい!」
こうなれば熊童子は瞳術の範囲を逞真から拡張、もしくは変更せざるを得ない。そして、熊童子が選んだのは範囲の変更であり、軌道に対して強力な重力を働かせると、弾丸は川床に沈んだ。
その隙に重力から逃れた逞真は距離を取るように一度、透哉の元まで下がる。
戦いが始まって十数分。未だ状況に変化はない。
「こ、このままじゃ埒が明かないね……」
「そうでもないぞ逞真。あいつらの中で一体だけ浮いてるやつがいるのに気づかないか?」
透哉の確信に逞真が眉を顰める。
明日香は視線の先で深紫色の瞳を持つ金童子を捉えると、代わりに答えた。
「あいつ、刀を持ってるのに一度も使わず遠くからネチネチした攻撃ばっかりよね。たぶん波留との戦いで相当に瞳力を消耗したんじゃないかしら」
「ああ、どう見たって瞳力消費の少ない術ばかり使ってる」
逞真もその事に気が付いてか、「あ」と口を開く。
「それに、あいつらは連携してるように見えて実際のところはそうじゃない。虎熊童子が【爆區破眼】でカバーしてるだけで、後の二体は好き勝手やってるだけだ」
「う、うん。それは何となくだけど分かるよ」
「……」
逞真の言葉の後、透哉が無言のまま少しだけ苦しそうに息を吐いた。
見ると、大量の汗をかいている。
「大丈夫、透哉?」
明日香が問うと、透哉は着物の袖で額の汗を拭った。
「ああ、問題ない。俺の瞳術で虎熊童子を分断するから、まずは金童子を倒そう」
「そ、そんなこと出来るの?」
「幸いな事にここは鴨川だからな。水をただ扱うだけならそこまで瞳力は必要ない。時間はかかったけど、仕込みはもうほぼ出来てる」
「なるほどね」
途切れることなく水が流れ続ける鴨川の地形において、最も戦術的な価値が高い術眼は紛れもなく【洯清眼】だ。透哉の汗もその仕込みとやらから来ているものだろう。
「だから二人には俺が瞳術を使うまでの間、あいつらの注意を引いて欲しい」
「わ、分かったよ」
「りょーかい。でも透哉、その前に一つ。氷の刀って作れる?」
最後の弾倉を交換しながら明日香が尋ねる。
「作れるけど、俺の手から離れた時点で強度は普通の氷と同じになるぞ。……そもそも刀なんて扱えるのか?」
「無理に決まってるじゃない」
きっぱり言うと、透哉の顔が余計しんどそうになる。
「べ、別に切り結ぼうってわけじゃないわ。とにかく作れるなら早く作って!」
明日香が凄むと、透哉はそれ以上何も言わずに川の水から青白い氷刀を生成する。
「何をコソコソと話してはるか知りませんけど、死ぬ順番は決まらはった?」
妖艶さの一切が消えた虎熊童子が臙脂色の瞳に狂気を映して笑う。
しかし、あくまでその様子は冷静だ。透哉の前では熱線も爆発も有効打にならないことを理解してか、無暗やたらに瞳術を使ってくることはない。
それでも肉体の疲労を考慮するならば、長引くとこちらがジリ貧になるのは間違いない。
「あんたの方こそ大技連発して瞳力の消耗してるだろうから、無理しなくていいのよ」
流石に軽い挑発に乗って来る様子はない。けれど代わりに馬鹿そうな熊童子が、「俺は余裕だぞ」と騒ぎ立てている。
「どうするんだよ……」
透哉が氷刀を投げる。それを受け取った明日香は思わず、「冷たっ!」と叫んだ。全身に冷気が走り、思わず身震いしてしまう。
「実物があるのとないのとでは術の切れが変わるのよ」
明日香が左手に持った氷刀を構えると、刃全体に翡翠色の瞳力を纏った。
「それじゃあ、やってやるわよ逞真!」
「う、うん!」
二人が動きだすのと同時、透哉は川に両手を突っ込んだ。完全に周囲から意識を絶つと、自身の水色の瞳を水面に反射させ、瞳術の行使だけに集中する。




