第十話 信じる
対峙する熊童子の後ろで無事に碓井家が下賀茂神社のある北へと向かうのを悠月は見た。
「ちょろちょろと鬱陶しい! もっと正面から、がっと、かかってこい藍色の眼の人間!」
またも熊童子が大鉈を振り回して襲い掛かって来るが、悠月は一定以上の間合いには踏み込まず、中距離の攻撃で応戦する。
「【雷鳴斬】!」
悠月が飛ばした雷の斬撃を熊童子は正面から大鉈で受けると、水切りの石のように川を何度も跳ねて、堤防にぶつかった。
熊童子の動きは決して速くはないし、大鉈の扱いも全くと言っていいほど洗練されていない。そのため、単純な斬り合いならば悠月が負けることはまずないだろう。
だが、これは瞳術の戦いだ。
観察して分かったが熊童子の【重游眼】は、虎熊童子の【爆區破眼】のように範囲が視線だけに限定されるのではなく、全周囲に展開が可能ということだ。しかも自身の体に近く、その範囲を絞れば絞るほどに重力を強めることができる。
一対一の場合、重力の井戸に一度でも引きずり込まれたならば、まず勝ち目はないだろう。
仕留めるなら一撃。悠月も慎重にならざるを得ない。
「てんめぇ! いい加減にしねぇとぶっ殺すぞ!」
幸いなのは瞳術の扱いが単純なことか。こちらが嫌がるようにではなく、自分の好きなように瞳術を使ってくれる分、読みやすい。だが、逆に駆け引きや裏をかくような事をしてこないために、土壇場で何をしてくるか分からない怖さもある。
起き上がった熊童子がまた大鉈を振り回して川を走って来る。
しかし、その目の前に突如として何かが勢いよく落下して来た。
「なんだ!?」
悠月も思わず声を上げ、水飛沫の中心を見た。
「金ぇ! てめぇも俺の邪魔をしに来たのか!」
二本角に濁った深紫色の光を放つ瞳。身体つきは華奢な男性と言ったところか。全身の肌は黒味がかった黄茶色で、特徴的な垂れた長い腕には刀を握っている。
間違いなく、最後の四天王の一体だ。しかしその㰷眼は、こうして悠月と熊童子の間に立っているのにも関わらず、どちらにも全く見向きもしない。それどころか、むしろ焦っているようにすら見えた。
「聞いてんのか、金てめぇおい!」
金童子が尚も凝視しているのは高野川に架かる最後の橋———河合橋の方だ。
「悠月の雷が見えた気がしたから、もしやと思ったんだよ。良かった」
聞き慣れた声。そして見覚えのある深紅の瞳が橋の手摺の上からこちらを見ていた。
「波留!」
「全員揃ってるみたいだね」
波留が河合橋から飛び降りると、悠月の隣の浅瀬に降り立った。
その直後に賀茂川の方で戦っていた虎熊童子が、悠月たちのいる高野川の方に吹っ飛ばされて堤防を転がってきた。
「絶対に許しやしまへん! クソガキどもがぁ……!」
逞真の斧にやられたのだろう。半ば発狂している虎熊童子の腹はほとんど真っ二つの状態で、そこから大量の黒い体液が堤防を伝って川に流れている。
「そっちも一体増えてる……って、波留も来てるじゃない」
余裕そうな笑みを浮かべて明日香が言うと、あとの二人も堂々とした表情でその隣に立つ。
五体三だ。このまま力を合わせれば絶対に勝つことが———
『悠月君! 酒吞童子が……!』
突如入った綾奈からの通信に悠月は息を呑んだ。
『大きく動き始めました! 今は今出川通を西に真っ直ぐ進んでいます!』
「……勝爺は!」
『まだ戦ってくれていますが……もう……』
「悠月、あれ!」
隣に立つ波留が下流の方を見て口を開いた。
高野川と賀茂川が合流した先の鴨川に対して最初に架かる賀茂大橋は今出川通の一部だ。その長さ百メートルにも及ぶ巨大橋の上で勝爺と酒吞童子が戦っている。
けれど、明らかに劣勢に立たされているのは勝爺だ。利き腕である右腕を失っており、左腕だけでは到底、酒吞童子の大刀を受け止めきれる訳もなく、橋を超えて西へ西へと追いやられている。
そして何よりも、賀茂大橋を越えれば京都御所は目と鼻の先だ。
「悠月と波留は行って! こいつらは私らだけで十分よ!」
中央の堤防の上から明日香が言う。
「俺たちも後で追いつく」
「だ、だから僕らに任せてよ」
透哉、逞真も続いて背中を押してくれる。
「悠月、ここは任せて行こう」
波留の言葉に悠月は頷いた。
「頼んだ皆! そっちの鋼色の眼をした奴は重力操作だ」
「そっちの深紫色の方は毒の瞳術だよ、気を付けて」
悠月と波留は高野川から下流に向かって走り出す。
「待て、藍色の眼をした人間! お前の相手は俺だぞ!」
熊童子が大鉈を肩に担いで走り出そうとする。
だがそれを透哉が氷の壁を生み出して妨害してくれる。
悠月と波留はそのまま鴨川へ入ると、今出川通に上がって西を目指した。




