第八話 四天王
『悠月君、㰷眼はそのまま真っ直ぐ行って御蔭橋を越えようとしています』
御蔭橋は高野川という一級河川にかかっている橋だ。そこを越えれば波留が四天王の一体と戦っている元田中駅付近の通りにぶつかってしまう。一時的にでも一対二は流石の波留でも厳しいはずだ。ましてや遠距離の攻撃を得意とする相手なら尚の事そうだろう。
「【瞬雷】」
悠月は全身に雷を纏うと煙の中を突っ切った。そのまま橋を渡って㰷眼の進路を立ち塞ぐ。
「クソっ———! 流石にあんた速すぎや」
㰷眼が悪態づき、臙脂色の瞳を真っ直ぐ向けてくる。
視線を回避して距離を詰めるが、今度は単純な爆発ではなく、見えない熱線の攻撃が悠月を襲った。橋の上に融解したコンクリートの真っ赤な軌跡が走り続ける。
それでも悠月の速さに追いつくことはない。㰷眼もそれを理解すると、悠月から視線を飛ばしてまたも自らの足元を爆発させた。
「それはもう見飽きたのよ!」
追いついてきた明日香が強風を起こして視界を開くと、そこから拳銃を構え直そうとする。
だが、その動きより視線を向けるだけの方が単純かつ断然速い。
㰷眼が明日香を直視した。
「まず一人やぁ」
瞬間、陽炎が立ち込むと㰷眼が確信の笑みをこぼす。
しかし、その視線を遮るよう直線上に逞真が立った。【剛䞠眼】の黄土色を最大まで強く発光させて防御の構えを取ると、そのまま真正面から爆発を受け止める。
「ちっ……やり損なってしもうたかぁ」
硬化した逞真の体は着物さえ焦げたものの、体にはほとんど傷がついていない。
「【氷結縫】」
直後、透哉が㰷眼の足首から膝までを凍結して動きを封じた。更にそこから間合いを詰め、上半身を刈り取るように大鎌を振るう。
だが㰷眼は体をあり得ない程の速さで仰け反らせると、その攻撃を回避した。そして勢いそのままに地面に手を付き、足首の氷を熱線で溶かすと、そこから腕の反発を使って体を跳ねさせた。
一切無駄のない軽やかな動作の中、㰷眼は視界を確保しようと眼を最大限に見開く。
しかし、まずその眼に映ったのは既に引金を引き終えた明日香だった。二発の弾丸が超高速且つ直撃コースの軌道を描いて㰷眼に迫る。
だが、顔面に到達する直前。
㰷眼はギリギリで一発の弾丸を爆発させると、二発目も巻き込んで直撃を回避した。
氷の壁を瞬時に作り出したことで透哉は巻き込まれることを防いだが、㰷眼は爆発に曝され、高野川の下流へと吹き飛んでいく。
「だ、大丈夫? 透哉」
橋の中腹まで一同が集まると、逞真が声をかけた。
「俺はなんとも。それより逞真の方こそ直撃くらってたけど大丈夫か?」
「うん、僕は大丈夫。ちょっと熱かったくらいかな」
「来るぞ! 備えろ」
悠月は川に落ちた㰷眼を見て叫んだ。長く艶のあった髪は縮れ、爆発に曝された顔面からは煙が上がっている。だがそれでも、禍々《まがまが》しくも輝く臙脂色の瞳は悠月たちを覗いていた。
「【爆波紅區】……!!」
瞬間的に橋の真ん中が熱で真っ赤に染まり始めると、先程とは比にならない大爆発が引き起こされた。それぞれが跳躍して回避をするが、その威力は橋が真っ二つになる程だ。
発生した爆風に曝され、悠月たちは空中へ投げ出されてしまう。
下唇を嚙みしめる㰷眼は焼け爛れた顔面から今にもこぼれ落ちそうな【爆區破眼】で逞真を睨みつける。空中では回避しようがない上に、もし今のと同じ威力が繰り出されてしまえば如何に逞真と言えど、どうなるかは分からない。
悠月は即座に刀を夜空へ掲げた。
「【雷槌閃】!」
眩い藍色の雷が㰷眼に落撃する。
「あんたやっぱり好かんわ……!」
㰷眼は直前で視線を逞真から上空の雷に切り替えると爆発で相殺した。
しかし、そこへ間髪入れずに明日香が弾丸を打ち込む。
首を下げて見ることは出来ても、瞳術までは間に合わないと判断したのだろう。㰷眼は右腕に弾丸を受けることで軌道を逸らし、術眼への直撃を防いだ。
「ちっ、しつこいなぁ……!」
㰷眼は吐き捨てると、すぐさま逃げるように高野川の下流へと向かって行った。
「将兄……」
突然そう呟いたのは透哉だ。それから我に返ったように声を張り上げる。
「鴨川の方で碓井家の人間たちが戦ってる!」
悠月は透哉の視線の先を見た。
「神宮丸太町から上がって来たのか……!」
悠月たちのいる御蔭橋から約五百メートル南下した先で高野川は賀茂川と合流し、鴨川に名前を変える。そして、その合流地点の三角地帯には延暦寺で見た四天王の一体と、劣勢に立たされている碓井家の者たちがいた。
【爆區破眼】の㰷眼はそれにいち早く気づいたのだろう。三角地帯でもう一体の四天王と合流した。
「熊童子はん、ちょっとお邪魔しますえ」
髪のない頭には一本角があり、肌は黒々しい深緑色をしている。体躯は全身が引き締まっている印象で、手には血の付着した大鉈を握っており、瞳からは濁った鋼色の光を発している。
「あ? 何しに来たんだ虎熊てめぇ」
それまで対峙していた碓井家に目もくれず、熊童子は振り返って鋼色の瞳を【爆區破眼】の㰷眼———虎熊童子に向けた。
「だからちょっとお邪魔しますえって言うとり———」
悠月は完全に足が止まった虎熊童子の間合いへ瞬間的に入ると、そのまま首を狙って黒刀を振る。だが、その直前に熊童子の鋼色の瞳と眼が合った。
悠月は瞳力の揺らぎを感知すると、反射的に攻撃を止めて距離を取った。
直後、空間が歪んだ。
尚もそこにいる虎熊童子だけが押し潰されるように地面へと突っ伏すのが視界に映る。
「重力操作か……」
虎熊童子は重力に押し潰されそうになりながらも熊童子を見た。
「あんた、うちごとやらんでもええやろ!」
「だから何しに来たんだって俺が聞いてんだろ」
「……あの藍色の眼を見てみぃ」
虎熊童子が既に修復して元通りなった顔で言うと、熊童子が悠月の方を見た。
「あれがどうした。ただの人間じゃねぇか」
「茨木童子はんが教えてくれはったやろ。あれは【雷光眼】や」
「なんだそれはっ!」
「さっきの雷見ても思い出されへんなんてあんた、鶏さんみたいなやぁ」
「あ? 意味は分からんが馬鹿にされてるのは分かるぞ虎熊てめぇ!」
熊童子の鋼色の瞳の光が強まると、いっそう虎熊童子の周囲の重力が強くなり地面にめり込む。
「……何言うてますんや……今の例えは強くて逞しいいう意味ですえ……」
「む……そうなのか?」
首を傾げた熊童子の瞳の光が弱まり、虎熊童子も先ほどより楽に口を開く。
「そうや。あんたはうちより何十倍も強くて、四天王の中でも最強なんやから、アホな訳がありやしまへんやろ……はよ【重游眼】解いてくれませへんか」
言い包められていることにも全く気づかず、熊童子が満面の笑みを浮かべて瞳術を解いた。
虎熊童子は体が軽くなったのを感じると、見えないように鼻で笑ってから立ち上がる。
「そんな強くて逞しいあんたにお願いがありましてな」
「ふはは。なんだ、言ってみろ」
「うちと戦う相手を代わってもらわれへんやろか?」
「構わんぞ。丁度、俺の方もこいつらに飽きていたところだ」
熊童子が快諾すると、虎熊童子と立ち位置を入れ替えた。
「お前は強そうで殺りごたえがありそうだな、藍色の眼をした人間」
熊童子の鋼色の瞳を無視して、悠月はその奥を見た。
虎熊童子と相対するのは八人の碓井家の人間だ。先頭には【洯清眼】を持ち、大鎌を構える透哉の兄がいる。しかし、それ以外の全員は、程度はあれど手傷を負っているようだ。
「下がれ碓井家! その眼は爆発を主体とした遠距離特化の【爆區破眼】だ!」
一人で庇いながら、遠距離を得意とする相手と戦うのはとてもじゃないが無謀だ。
「堪忍ぇ。うちは弱い者いじめが大好きでなぁ……まぁ、せいぜいおきばりやす」
虎熊童子が嫐るように見えない熱線でまず透哉の兄の大鎌を融解し始める。しかし、その直後。
「私らのこと無視すんな!」
明日香の瞳力が乗った弾丸を感知すると、虎熊童子は視線を切って対処せざるを得ない。
「ちっ———! あんたも鬱陶しいなぁ、【正飆眼】の女ぁ!」
苛立ちを全開にして虎熊童子が叫ぶと、またも弾丸は途中で爆発して煙を上げた。しかし、立て続けに透哉が幾つもの氷槍を虎熊童子に向けて飛ばす。
「氷の玩具がうちに通用せぇへんのがまだ分かりやしまへんのか!」
「そんなの分かってるさ。———【水操氷雪】!」
虎熊童子が飛来してくる氷槍を熱線で溶かしきった直後だった。透哉はその背後にある川の水を瞳術で操作し、虎熊童子の全身にぶちまけて凍結した。
「透哉……お前いままでどこに……。それに、この子たちは……」
透哉の兄が驚きつつも言葉を零すのと同時、悠月には綾奈からの通信が入る。
『悠月君、碓井家の皆さんをこちらに向かわせてください。源家で手当てをします』
瞬間、悠月は家同士のことを危惧して視線を眇めたが、綾奈が補足の言葉を続ける。
『勿論ただではありませんよ。代わりに、下賀茂神社の結界を立て直すのに力を貸してもらいますから!』
なるほど。それならば悠月が両家とも納得するだろう。
「碓井家! うちは下賀茂神社に本陣を敷いているから、そこで怪我をみてもらえ!」
悠月が叫ぶと、予想した通りの困惑した表情が幾つも返って来る。
「交換条件だ! 下賀茂神社の障壁結界を立て直すのに力を貸してくれ! それで言い訳も立って、お相子になるだろ!」
「さっきから誰と話してんだ! てめぇの相手は俺だろうが!」
痺れを切らした熊童子が大鉈を振り回して踏み込んでくる。
悠月は碓井家から視線を切ると、熊童子との戦闘に集中し始めた。




