第七話 魑魅魍魎
直後、入口にある大きな鳥居の上半分が煙を上げて消し飛び、本殿を囲う障壁結界が大きな音を立てて崩壊した。
「拠点かぁ。それもこの人数……。どうやらうちは当たりを引いたみたいやなぁ」
二本角に人間の女性らしい細身の体躯と、長い艶やかな髪。瞳は濁った臙脂色の光を放っており、肌はそれよりも黒々しい色をしている。
間違いなく、延暦寺で見た四天王のうちの一体だ。
しかし何故か、㰷眼は本殿を囲う障壁結界を破壊したのにも関わらず侵入してこない。それどころか、妖艶ともとれる笑みを浮かべて真っ直ぐに綾奈を見つめている。
悠月はその違和感を覚えたのと同時、㰷眼が武器を所有していないことに気がついた。
「綾奈さん……!」
悠月は叫ぶと綾奈を庇うように押し倒した。直後、背後にある本殿の一部が爆発し、木造の社に火が上がる。
「綾奈さん、大丈夫?」
「はい……ありがとうございます」
悠月が手を引いて綾奈を立ち上がらせる。一方で㰷眼は片手で自身の頬を抑えると、恍惚とした眼差しで夜に燃え上がる本殿を見つめながら、淑やかに言葉を並べる。
「せっかく頭蓋の血花火をお見せして上げようと思いましたんやけど……。でも、何かが燃え上がる様はやっぱりいつ見てもえらい美しいわぁ」
「そう思うならお前自身が勝手に燃えてればいいじゃないか」
透哉が瞳を水色に発光させると、【洯清眼】の瞳術ですぐに社を鎮火した。これで一先ずは〝裏〟の結界がすぐに崩壊するようなことはない。
「その眼ぇは【洯清眼】か。それにあんた延暦寺にいた奴やなぁ……」
㰷眼が張り付けたような不気味な笑みで透哉を見つめる。
「行くぞ皆!」
悠月は瞳を藍色に発光させると、腰に帯びている黒刀を引き抜いた。明日香、透哉、逞真も臨戦態勢で前に出る。
「坊ちゃん、そやつの眼はおそらく遠距離特化の【爆區破眼】じゃ。瞳力を一点に集中させてはならん」
「分かった」
紀与婆が言うのなら間違いないのだろう。
悠月は初手だ一気に距離を詰めると、斬撃を繰り出した。
しかし、㰷眼は行動を元々決め打ちしていたかのように後ろへ飛び退り、地面に視線を向けた。
「【爆陣】」
直後、臙脂色の光を伴って地面が爆ぜた。土砂が境内中に飛び散り、煙が立ち込むと視界が一気に悪くなる。
「悠月、一旦下がって!」
明日香の声に悠月は距離を取るよう後ろへ下がった。
「【風車】」
両手を前に突き出した明日香が瞳を翡翠色に発光させると、強風を起こして煙を払った。
視界が一気に開ける。しかし、悠月たちの目の前から㰷眼の姿が消えていた。
「……」
緊張が高まる。一同が息を呑み、警戒するように辺りを見回した。
視線で捉えた対象を爆発できるならば、無防備な相手に対してはまさしく一撃必殺の瞳術と言える。あちらからすれば、わざわざ姿を現わして真正面からやり合う理由などない。
「———!?」
突如、腹の底が揺れるような大きな音が鳴り始め、境内が一斉にざわついた。
しかし、どこも爆発は起きていない。音も爆ぜた時のそれとは全く異なり、長く振動して迫りくるような感覚を悠月は覚える。
「なんだ……!」
「悠月君。あの㰷眼ですが……」
その声に悠月は振り返ると、驚きと困惑を滲ませる綾奈の撫子色の瞳を見た。
「逃げました!」
「はぁ?」
直後、㰷眼の群れが糺の森を破壊して参道まで侵攻してきた。
断続して鳴る音の正体は魑魅魍魎による地響だったのだ。
「ふざっけんじゃないわよ、あのクソ㰷眼! 〝裏〟の楔までお前が破壊しに来い!」
明日香が激昂している隣、悠月の内側からせり上がって来るのは怒りではなく、焦りと迷いだった。大量の㰷眼の中には色付もいる一方で、本陣には怪我人も大勢だ。
留まって体制を整えてからあの㰷眼を追うべきか。しかし、その間にも他で機能している結界を破壊されかねない……。
「坊ちゃん、ここは五大名家最強の源家の本陣じゃ。何を迷う必要がある? 早う任せて行きなさい」
紀与婆が表情一つ変えずに言ったが、㰷眼を見るその瞳の奥には、かかってこいと言わんばかりの殺気を宿している。
それを見た悠月の中で選択肢が一つになった。
「ありがとう。絶対に俺たちであいつも酒吞童子も討ってくる」
悠月は三人に目配せすると、「行こう」と走り出した。
「待ってください! 悠月君これを!」
呼び止められて振り返ると、綾奈が境内に転がる玉砂利よりも小さい何かを投げて来た。放物線を描いた先でキャッチすると、それはイヤホン型の無線機だった。
「専属は無理ですが、可能な限りリアルタイムで私が状況を伝えます!」
「ありがとう綾奈さん!」
見ると、上空には一羽の鷲が飛んでいた。悠月は走りながらイヤホンを右耳に付けると、参道に侵入してきた㰷眼を可能な限り排除してから糺の森を駆け抜ける。
『悠月君、音声は大丈夫ですか?』
ざっ、とノイズ音が一瞬だけ入ったがその後は問題なく声が聞こえた。
「うん、感度は問題ないよ!」
『分かりました。以降は一方的に状況を伝えますので、応答は不要です』
「分かった。でもそっちも危なくなったらすぐに逃げてくれ」
瞬間、何故かイヤホン越しだというのに綾奈の纏う空気感が変わったのが分かった。
『悠月君。家系の者でもなく、拾われた身の私の言葉で大変恐縮ですが、もっとご自身の家の事を信用した方が良いと思います』
どうやら怒っているらしい。先ほどの応答は不要という話もあってか、これ以上何か言うと、また怒られそうな気がするから、悠月は薄く笑みを浮かべるだけに留めた。
綾奈もそのつもりでいたのか、状況連絡が再開する。
『先ほどの【爆區破眼】の㰷眼は現在、御蔭通を東に進んでいます』
言われた通り下賀茂神社の境内を出て目の前の御蔭通に入ると、先ほどまで本陣の入り口を警備してくれていた二人の男性の無惨な遺体が目についた。
黒刀を握る力がいっそう強くなる。悠月は振り切るように東へと進路を取った。
「皆こっちだ」
少し曲がりくねった道路の先、【爆區破眼】の㰷眼が走っているのが見えた。
「㰷眼のクセに逃げんなお前!」
明日香が叫ぶと、㰷眼は振り返って立ち止まり、また地面を見た。
「他の弱い方々はええんやけども、【雷光眼】だけは酒呑童子様も一目置いておられたましたんや。それになぁ、相性も最悪なんや」
出力はため込んだ瞳力によるのだろう。先ほどよりも大きい爆発が起こり、今度はコンクリート片が散らばって悠月たちは足止めを食らう。
「くっ……!」




