第六話 合流
渡辺家を出た悠月たちが、まず向かったのは源家が本陣を敷く下賀茂神社だった。
「先ほど連絡があったので生きておられるとは聞いてましたが……」
「その後ろの連中は……」
下賀茂神社の境内の目の前にある御蔭通を警備する源家の二人が、悠月の姿に喜びを見せると同時、困惑を浮かべて立ち塞った。
分かってはいたことだが、あからさまに明日香たちを警戒している様子だ。
つい先ほど波留が茨木童子を討ったという情報は入ったが、現在部隊に組み込まれていない悠月に詳細な戦況までは下りてこない。それは一緒にいる他の三人も同じだった。
こうして本陣に来たのも、まずは正確な戦況の把握をするためだ。
「すいません、ご迷惑をおかけしました。後ろにいる三人は俺の友人で、酒吞童子を討つため一緒に動いてもらってます。それよりも今は急ぎ本陣で現在の戦況を確認させてください」
だから今だけは家同士の面倒な話しは避けたくて、悠月は手短な説明をした。
目の前の二人は躊躇うように互いの顔を見た。しかし、それで何かを推し量り合ったのだろう。最後には悠月の目を見て頷いてくれた。
「分かりました。このまま真っ直ぐ行って、参道を抜けた奥の本殿前に本陣がありますのでお通り下さい」
「ありがとうございます!」
悠月が軽く頭を下げてから走り出すと、明日香たちも同様に続いた。
「さ、流石は悠月君。人徳だね」
「他の家の人間を連れてる時点で普通どやされるよな」
「私だったらまずどこ行ってたんだって、ぶちギレられるところからよ」
いつの間にか息の合った会話をする三人に悠月は苦笑を浮かべながら先頭を走る。
下賀茂神社の参道に入るためには原生林に囲まれた糺の森と呼ばれる一本道を抜ける必要がある。悠月たちは一気にそこを駆け抜けると、行燈が先に見える鳥居をくぐった。
本陣にいるのは怪我人も合わせて五十人程度か。悠月の姿を見た者たちが続々と歓喜の声を上げたが、それも徐々にどよめきへと変わっていく。先ほどの二人と同じような反応だ。
「すいません、皆さんご迷惑をおかけしました」
悠月は深く頭を下げると、切り替えるようにすぐ顔を上げた。
「詳しい戦況を教えてください。俺たちが酒吞童子を討ちます」
どよめきが大きくなる。悠月は少しの苛立ちを覚えながらも、もう一度深く頭を下げた。
「時間がありません。どうかお願いします」
後ろにいる明日香たちも悠月に倣って頭を深く下げる。しかし、これが千年に渡る名家同士の確執だと言わんばかりに皆へ向けられる視線は厳しい。
「おーい、坊ちゃん」
すると、突然どこからか、悠月のことを呼んでいるであろう声がした。
「こっちじゃ、こっち」
しわがれた女性の声。聞き覚えはあるが、人だかりのせいで声の主を見つけられない。
「悠月、あれ」
透哉に言われて、その視線の先を見る。
「すまんね、ちょっとどいとくれお前たち」
人だかりをかき分けて現れたのは小豆色の着物姿を着た小柄な老婆だった。声音から悠月の思い浮かべていた人物と一致している。
「紀与婆!」
「坊ちゃん、よう無事で戻られました」
柔和な笑みを浮かべる紀与婆は前当主だった悠月の祖父である勝爺の姉にあたる人物だ。
「それで、この者らは?」
おそらく本陣で指揮を執っているのはこの紀与婆だ。そして勝爺も親父も頭が上がらない程、源家では恐れられている存在。事実、今もその目の奥は笑っていない。
悠月は目を逸らさず、口調も正して紀与婆に向かい合った。
「三人は他の家の者ですが、それ以前に俺の信頼できる友人です」
「ほう。そやつらがいればあの化け物を討てるのか?」
「討てます。絶対に」
悠月は即答した。いつの間にか境内を包んでいたどよめきは消え、沈黙が生まれている。
紀与婆の視線が明日香、透哉、逞真の順に向く。
「そうか。ええじゃろ」
紀与婆が口元を緩める。今度こそ本当の意味で笑ってくれた気がした。そして境内にどよめきが戻る前にしわがれた声を張り上げる。
「龍彦や他の当主がおらん今、勝爺だけではもたんじゃろ。私は坊ちゃんたちに賭ける。文句がある奴は言いに来い。今すぐ前線に摘まみ出したる」
かっかっか、と紀与婆が高笑いを決め込む。当然、現当主ですら頭が上がらない相手に誰も物申す者はいない。しかし、
「ちょっと紀与婆様! どこに行って———って、悠月さん! ご無事でしたか……良かった!」
遅れて現れたのは悠月より一つ年上の山城綾奈だ。今は巫女装束に長い髪を檀紙で一本に丁寧にまとめており、丸眼鏡も相まってか生真面目な性格が滲み出ている。
「綾奈、ちょうどええ所に来た。坊ちゃんに状況教えたり」
悠月の姿を見て安堵したのも束の間。綾奈は番犬の如く、警戒の表情を見せた。
「でも紀与婆様、この人たちって……」
「ええから。後ろのが気になるなら坊ちゃんにだけ説明したらいい」
「綾奈さん、時間がないんだ頼む」
「……分かりました。悠月君にだけ説明します」
不服そうにしながらも、「こちらへ」と綾奈が本陣の中央まで案内してくれる。
「ちょっと待っててください。今、〝裏〟に連れて来てる子たちと接続します」
そう言って綾奈は市内の地図が広げてある大きな机の前に立つと、自身の持つ【共景眼】の瞳を撫子色に発光させた。
綾奈は元々、源家の者ではなく、その瞳術も戦闘には全く不向きで、等級も三級の扱いだ。けれど事前に印を付けた動物と視覚を共有することができるため、こうして源家の索敵で重宝されている。
「紀与婆、さっき親父たちがまだ戻って来てないって言ってたけど、何かあったのか?」
綾奈が動物たちを通じて戦況を視ている間、悠月は先ほど会話で気になった事を尋ねた。
「夕方前には新幹線で戻ってくる予定じゃったが、静岡で足止めを食らったらしい。なんでも㰷眼絡みのようみたいじゃ。今は別のルートでこっちに向かっておる」
おそらくはそれも茨木童子の仕業だろう。千年という途方もない時間をかけて今日を迎えているのだ。用意周到なのは当然なことか。
「悠月君、情報収集しながらになりますが行けます。いいですか?」
「うん。お願い、綾奈さん」
早々に声がかかると一同は机の周りを囲んだ。
綾奈が既に地図上に置いてある駒を操作して状況の説明を始める。
「まずは酒吞童子の動きについてですが、はっきり言って鈍いです。戦いを楽しみながら進んでいると言ったところでしょうか……。現在はここから南南東に約一キロ向かった先にある清風荘で……勝爺様が一人で戦ってくれています」
どうして一人で、という言葉が出かかるのを飲み込み悠月は別の質問を綾奈にした。
「……市内全体の状況は?」
「最初に被害を受けた銀閣寺の結界はまだ修復できていません。次に吉田神社を含む東側の結界が次々に破壊されていますが、〝表〟への㰷眼の流出は術協から派遣された瞳術使いの奮闘のおかげで最小限に収まっているようです。ただ……」
そう口にすると、綾奈が険しい表情を浮かべた。
「単体で結界を壊せるほどの力を持った㰷眼が三体います……。これ以上、守りに人的リソースを割かないためにも、まずはその三体をどうにかした方がいいかもしれません」
瞬間、悠月は地図から顔を上げると、明日香たちと目が合った。おそらく考えている事は同じで、その三体は延暦寺で酒吞童子の大刀を持っていた四天王だ。
「綾奈さん、そいつらの居場所は分かる?」
「待ってください。一体は……ここから南東に五百メートル。元田中駅付近の住宅街で渡辺家の当主が戦っています! 次は……これも近いです! ここから真南の神宮丸太町駅付近で……碓井家の人たちが戦っています。それと最後の一体ですが———……!」
瞬間、綾奈が息を呑むように表情を硬くした。
「どうしたの綾奈さん……?」
「真南の位置から真っすぐ……」
綾奈が青ざめた顔と共に叫んだ。
「———来ます……!」




