第四話 『戻橋』
京都市の東にある銀閣寺の結界が破壊された後、酒吞童子たちはそこから西へ一直線に延びる今出川通を通って京都の町へ侵攻していると情報が伝わっている。
〝表〟と〝裏〟に戦力が分散されたせいで、術協に所属する一般の瞳術使いを始め、各名家たちも終始苦戦を強いられている。そんな中、最重要防衛拠点とも言える京都御所に繋がる一条通を守護する源家の二人組がいた。
「……吉田神社も破壊され、今は今出川通と東大路通の十字路まで侵攻されていると連絡がありました……」
そう口にしたのは源篤彦という四十前半の男性だ。腰に刀を差し、臨戦態勢をとっているように思えるが、その体格は細身でどこか頼りない。
「東大路通か……。銀閣寺からもう半分まで来ておるのか奴らめ」
一方で険しい表情を浮かべるのは白髭を蓄えた初老の男性、源宗次郎だった。こちらも着物姿で腰に刀を差しており、首元にある大きな古傷が歴戦の風格を醸し出している。
「やはり心配か? まぁ、お前さんの気持ちは分からなくもないがのう……」
宗次郎がそう尋ねたのは先程から、いや酒吞童子による百鬼夜行が始まってからずっと落ち着かない様子の篤彦を見かねてだった。
「はい……」
胸に手を当てるように着物の前合わせの部分を握りながら篤彦が頷く。こういう時に刀に手が伸びないあたり、やはり篤彦は戦いに不向きな性格をしていると宗次郎は思った。
「今や魔界と言えるこの京都で芽衣の瞳術で生き残るのは正直難しい……。ぼんと一緒にいる事を祈るしかないのう」
「芽衣のことはもちろんなのですが……何というか、私は悠月さんの方が心配で……」
「ぼんの方は問題ないじゃろ。次期当主になる男や。お前が一番信じてやらんでどうする」
———だからこそなんです……!
一度は口を開いたものの、篤彦はその言葉を焦燥と共に呑み込んだ。
杞憂ならそれでいい。でも、悠月なら問題ないと思えてしまうことに危うさを感じてしまう。
悠月は本当に、強い子に育った。けれどそれはあの日、自分の目の前で成された約束がそうさせてしまったのではないかと、篤彦には思えてならない。
もし悠月の強さの裏側に脆さがあるならば、それを理解してくれる人はいるのだろうか。
すると、二人の会話が途切れてすぐの事だった。守護を任されている一条通から堀川通に架かる橋の向こう。夜に浮かぶ藍色の光が近づいてくるのを二人は見た。
「……悠月さん」
「ぼん! どこに行ってたんや! ずっと連絡もないから心配しとったんやぞ!」
安堵と歓喜が入り混じる中、二人は悠月を迎えるように橋の中腹まで走った。
「すいません、比叡山まで行ってたんですが、ちょっとその後にいろいろあって……それより、お二人とも無事で良かったです」
「それはこっちのセリフじゃ。ぼんが生きててほんまに良かった。芽衣も無事か?」
「はい、今は安全な所で休ませています」
宗次郎が、問題なかっただろう、と得意げな視線を篤彦に向ける。
「それで源家の陣営はどうなってますか? スマホが壊れてしまって……」
切り替えるように悠月が言うと、宗次郎も同じく気を引き締めて答える。
「源家は下鴨神社に本陣を敷いてる。それで前線は勝爺が指揮して、儂らみたいなのが京都御所の周囲に沸いた㰷眼を退治しとる。あとは東京におる当主連中が、理由は知らんけどまだ京都に戻って来とらん。あっちでもなんかあったんかもしれん」
下鴨神社は京都御所の北東に位置しており、距離は一キロもない。ここから走ればすぐだ。
悠月が思考するように視線を下げると、少しして顔を上げた。
「分かりました。では一旦、俺は本陣に合流して前線に向かいます」
悠月が二人の間を抜けて、橋を越えようと歩き出す。すると、
「悠月さん」
これまで黙っていた篤彦が呼び止めた。そして振り返った悠月に言葉を続ける。
「あの、芽衣は本当はどこに———」
「渡辺家の当主……! なんでここにおる! まさかこの混乱に乗じてぼんをやる気か!」
篤彦が言い終える前に、宗次郎が悠月の前へ出て叫んだ。
二人が渡ってきた橋の手前にはいつの間にか渡辺波留の姿があった。
「そんなことしませんよ。ねぇ、悠月」
波留が言いながら橋の中腹まで歩いてくる。
悠月も宗次郎を制すると前に出た。
「どうしたんだ波留?」
「いや、うちの陣営についても話しといた方がいいかなと思ってさ」
「助かるよ。それで渡辺家は———っ……!?」
波留がいきなり抜刀し、そのまま悠月の右腕を切り落とした。
「お前ぇ……!! 何しよる!!」
あってはならない光景だ。宗次郎は激昂し、すぐさま抜刀した。
「よく見てくださいよ」
波留が瞳を深紅に発光させながら無表情に冷たく言う。
見ると、切り落とした悠月の腕からは血ではなく、黒い体液が大量に流れ出ていた。
瞳の藍色が瑠璃色になると、悠月だったものが背後に飛び退った。更にその姿は一変し、着ていた着物はひび割れた褐色肌と同化して長い茶髪と二本角が現れる。
「こいつは……!」
「見ての通り㰷眼です。それも千年前、源頼光の討伐から生き延びたあの茨木童子。二人とも私の後ろまで下がってください」
篤彦と宗次郎は唖然としながらも波留の言葉に従って背後についた。




