第一話 闊歩
千年前にはなかった光景だ。
「随分と京都も変わったものだな。明りが五月蠅くて敵わん」
道幅が狭い銀閣寺参道を西へと進みながら酒吞童子は辺りの家々を見回す。
銀閣寺に備えられた〝裏〟の結界の楔を破壊したことで周囲は〝表〟となったはずだが、見るからに人間の数が少ない。どうやら既にほとんどが逃げた後のようだ。
時折、人間の悲鳴が聞こえてくるが、解き放った魑魅魍魎の㰷眼どもにすぐ狩られて散る。耳心地は良いが、この調子なら死屍累々《ししるいるい》を築くにはまだ時間が掛かるだろう。
「茨木よ。この道をひたすらに真っ直ぐ行けば帝がおるのだな?」
酒吞童子は自身の少し前を歩く茨木童子に紫黒色の隻眼を向けた。
「はい、このまま西へ進めば京都御所に着きます。ただ帝はもうそこにはおりません」
「ほう、あやつは今どこにいる?」
「二百年ほど前に都を東に移しました。ただ結界はそのまま残されているので向かう先に変更はありません」
「東か。これが終わればその東の都とやらにも行かねばな」
右肩に大刀を担ぐ酒吞童子は空いた左手で口元を覆うようにして嗤う。
「時に茨木よ、四天王どもはどうした?」
ここのいるのは酒吞童子と茨木童子。そして訳も分からず血肉を貪るために付いてきている有象無象の㰷眼どもだけだ。
「あの者共には目に付く神社仏閣を破壊せよと命じてあります」
「そうか。姿が見えんと思ったら先に始めておる訳だな」
銀閣寺では全く戦闘がなかった。おもしろくない事にまだ瞳術使いたちは現れていないのだ。
全てを放棄して逃げたとは思えんが、このままでは退屈もいいところだ。
すると酒吞童子の視線の先、銀閣寺橋の向こうに小さな人影が一つ見えた。逃げ出すことなく、じっとこちら見つめ立っている。
酒吞童子は口元を緩めて牙を剝き出しにすると、橋を越えて今出川通に入った。
立っているのは和装の白髪頭の男。老練さの滲む風格に鋭い眼光を放ち、腰には刀を差している。
「貴様が酒吞童子じゃな?」
「余に名乗らせようとは面白いじじいだ。如何にも、余が酒吞童子だ。貴様も名乗りを上げよ」
酒吞童子の言葉の直後、男の黒い目が、藍色の眼に変化した。
「源頼光が末裔、源勝治じゃ。今は当主の代理しておる。まさか酒吞童子を見る日が来るとは思っておらんかったよ」
そう言うと、頼光の子孫の男は着物から札を取り出して藍色の雷で焼き焦がした。
直後、聞こえていた音の一切が搔き消え、周囲に大勢の瞳術使いが姿を現した。どうやら再び〝裏〟に引きずり込まれたらしい。
銀閣寺の結界が及んでいたのはこの橋と道の境までだったという事か。やはり阿鼻叫喚を聞くには京都御所を陥とし、京都そのものを〝表〟に還す必要があるようだ。
酒吞童子は堪えきれずに嗤う。
「瞳術使いはここまで数を増やしたか。おもしろい」
名乗りを上げた頼光の子孫の周囲には十数人。それ以外にも辺りを百人近くが囲んでいる。
「楽しめそうではないか」
酒吞童子は左手で垂れる長い栗色の髪をかき上げた。
「茨木よ、お前も好きにしろ。余はこやつらと戯れながら京都御所を目指す」
「はい、こちらも好きにさせていただきますとも」




