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鬼哭廻眼〜その眼は一度死に蘇る〜  作者: 松本ハヤテ
間章 想いは内に満ち満ちて
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想いは内に満ち満ちて

 京都各地で起きた㰷しがんの大量発生は多くの死傷者を出した。

 けれど、翌日に起こった酒吞童子しゅてんどうじたちによる百鬼夜行ひゃっきやこうはそれよりも凄まじいものだった。

 比叡山ひえいざん一帯に広がる〝裏〟の結界を崩壊させた酒吞童子しゅてんどうじたちは、そのまま京都方面に山を下りると、まずは銀閣寺ぎんかくじを破壊した。

 京都の中でも部分的に〝表〟と〝裏〟が入り乱れるようになると、結界の修復と㰷しがんとの戦闘で人員はかれ、瞳術使どうじゅつつかいたちは終始、劣勢れっせいに立たされることになった。

 その中でも強力だったのが酒吞童子しゅてんどうじの側近である茨木童子いばらきどうじと四天王だった。

 茨木童子いばらきどうじは千年前の源頼光みなもとのよりみつたちによる討伐で唯一、生き延びた㰷しがんだ。加えて波留はるの先祖である渡辺綱わたなべのつなとは幾度いくどと衝突したと言われる因縁の存在。その瞳術どうじゅつは体を自由自在に変化へんげさせることができ、人間にけられたことによって瞳術使どうじゅつつかい陣営に大混乱を招いた。

 後の四天王は千年前と同様、酒吞童子しゅてんどうじによって名付けられた熊童子くまどうじ星熊童子ほしくまどうじ虎熊童子とらくまどうじ金童子かねどうじから成っていて、その力は全員が一級の術眼じゅつがんに匹敵するほどだった。

 酒吞童子しゅてんどうじたちは銀閣寺ぎんかくじを破壊すると、そこから西に一直線に延びる今出川通いまでがわどおりを通って、京都の町を蹂躙じゅうりんし続けた。そして、その先にあるのは京都御所きょうとごしょだった。

 五大名家の力をもってしても侵攻は止められず、東京へ行っていた当主たちも間に合わず、結果的に京都御所きょうとごしょちた。

 京都は〝裏〟のほとんどが消滅し、弱まった近畿二府四県の結界の全ては二日を持たずして崩壊した。

 平安時代を超えるであろう凄絶せいぜつな光景。まさに地獄を見ているようだった。

 源家みなもとけ茨木童子いばらきどうじが先代の当主である勝爺かつじいに化けた事によって完全に分断され、芽衣めい悠月ゆづきは孤立してしまった。

 命からがら京都市内から北上して山中に逃れたものの、悠月ゆづきは片眼を潰され、刀と右腕を失った。

 芽衣めいはそんな悠月ゆづきを支えながら必死に歩いた。瞳力どうりょくをほとんど使いきり、体が鉛の様に重くとも二人で生き残るためなら歩き続けられた。

芽衣めい……止まってくれ……頼みたいことがある……」

 その言葉に芽衣めいは足を止めると、木に背中を預けるように悠月ゆづきを座らせた。そのまま正面に回り込んで顔を覗き込む。

「何ですか悠月ゆづき様」

 顔は青ざめ、残った【雷光眼らいこうがん】の光も弱々しい。それだけで芽衣めいの胸は張り裂けてしまいそうだった。

「……これだけは絶対に守る必要がある」

 悠月ゆづきが苦しそうに息を吐き出すと、たもとから幾つもの透明な小瓶こびんを取り出した。中には液体に漬けられた眼が保存されていて、芽衣めいにはそれがどれだけ重要なものか分からなかった。

「俺を置いてこのまま北に行け」

 その言葉に芽衣めいはもうこらえることが出来なかった。次々と涙があふれ出て止まらない。

「それで、この眼たちを全部海に投げ込むんだ」

「待ってください……」

「海の底に沈めてしまえばあいつらも手出しできなくなるはずだ」

悠月ゆづき様……!」

「俺はもう時期死ぬ」

 息が詰まった。苦しくて、苦しくて、仕方がなかった。

悠月ゆづき様は死にません……!  私が絶対に直してみせます……!」

芽衣めい

「そんなの嫌です……! 私は……」

芽衣めい

 それはとても丁寧に優しく名前を呼び重ねてくれて、悠月ゆづきが抱きしめてくれる。

「お願いだ。俺の従者として最後の頼みを聞いて欲しい」

 そんな頼みなんて聞きたくなくて、芽衣めい悠月ゆづきの胸に顔をうずめて大声で泣きじゃくった。

「今までごめんな。迷惑ばっかりかけて。何もしてあげられなくて。俺、最悪な主だったな」

 悠月ゆづきが淡く笑んで言った。

 迷惑なんて一度もかけられたことはない。何もしてあげられなかったのはむしろ自分の方で、辛い時、悲しい時に手を握ってくれたのは悠月ゆづきだった。

 ずっと自分が勝手に本当の兄のようにしたって、引っ付いていただけだ。

 だから、謝らないでほしかった。

「だから……これが最後だ……」

「…………分かり……ました………………」

 芽衣めい嗚咽おえつこらえながら何とか言い切ると、悠月ゆづきが振り絞るように笑ってくれた。

「ありがとう……ずっと愛してるよ……芽衣めい———……」

 徐々《じょじょ》にその眼から藍色の光が薄れると、精気さえも消え失せていく。やがて悠月ゆづきが動かなくなると、芽衣めいは抱きしめて慟哭どうこくした。

 涙は枯れることを知らなくて、どれくらい泣いていたかは分からない。

 けれど、悠月ゆづきとの約束を果たすために行かねばならなかったから無理やり涙を拭った。

 亡骸なきがらはどうあっても置いて行くしかなかった。でも、悠月ゆづきの眼は誰にも渡したくなかった。だから従者の役目として、残った片眼をり抜いて持ち出した。

 そして約束通り、山を越えた。普段は内陸で生活している分、見ることのない海だったが、いざ目の当たりにしても、何の感情の起伏きふくもなかった。

 ただ汚れている。そんなふうに思いながら海に小瓶こびんを投げ込んだ。

 一つずつ、無造作に。けれど海の底に沈むよう出来るだけ遠くへ。

 そうして小瓶こびんはとうとう最後の一つになった。

 ぼんやりとした意識で小瓶こびんを握りしめながら海を見つめる。

 これを投げ込めばもう約束は果たしたことになる。これから自分はどうすればいいのだろうか。誰とも連絡を取る手段がなければ、取ろうと思える相手が生きているかも分からない。

 いや、もう全部どうでもいい……。

 芽衣めい小瓶こびんを海に投げ込もうと振りかぶった。けれど———

 直前でその手が止まった。

 力が抜けて小瓶こびんが手元から滑り落ちると、地面を転がる。

 視線を落とした先、小瓶こびんの中の紫黒しこく色の瞳と眼が合った。

「———!!」

 瞬間、芽衣めいの内に霹靂へきれきが走った。ぼんやりとしていた意識は一瞬で明瞭になり、思考が判然はんぜんと加速し始める。

 この術眼じゅつがん酒吞童子しゅてんどうじが使っていたものと同じ。しかもその力は時間を操る神瞳術しんどうじゅつだ。

 芽衣めいはそこでようやく悠月ゆづきからたくされたものが、いずれも禁級きんきゅうとして封印されていた術眼じゅつがんであると理解した。

 すると悠月ゆづきが死の間際に言った言葉が脳内によみがえる。

『……これだけは絶対に守る必要がある』

 悠月ゆづきはこの術眼じゅつがんたちが酒吞童子しゅてんどうじたちの手に渡ることを危惧きぐしたのだろう。だから最後まで戦い続けた。自分の命ではなく、他の者の命の事を考え、守るために。

 気付けば芽衣めいの目からはまた涙が溢れ出ていた。でも、そこにはもう迷いはなかたった。

 まさしく、どうなるかはやってみなければ分からない。それでもこの手にあるのは神の域に達したとされる術眼じゅつがんだ。これならば———

悠月ゆづき様をお救いできるかもしれない」

 それから芽衣めい悠月ゆづきの眼と、紫黒しこく色の術眼じゅつがんを移植した。

 けれど、全てが思い通りにはならなかった。

 二個一対の状態でないからか、本来の持ち主ではないからなのか。芽衣めいが飛べる過去は悠月ゆづきを救うことが出来る最後の分岐点———封印が解かれた直後だけだった。

 それでも芽衣めいは不思議とその事に納得した。

 酒吞童子しゅてんどうじは幼い頃から周りの人間に不気味がられ、最愛の母親にてられた事がきっかけで、鬼に変貌へんぼうしたという逸話いつわが残されている。

 仮にこの瞳術どうじゅつで過去をどこからでもやり直して、思い通りにすることができたのならば、一人の人間から、酒吞童子しゅてんどうじという最悪の化け物が生まれることはなかったはずだ。

 瞳術どうじゅつは万能じゃない。

 戻れる過去に相反して、自分の時間だけは先に進んでいく。

 酒吞童子しゅてんどうじも母親にてられてすぐ、きっと過去に戻って、愛される方法を考えたはずだ。けれど、最後の分岐点から望んだ未来に手が届かなくて、繰り返される絶望に心が折れ、その眼は死んだのだろう。

 芽衣めいも過去に飛んで最初は素顔を見せて話をした。でも顔や背格好だけでなく、何もかも同じ人間が二人もいるなんてことは普通あり得ない。

 疑われ、怪しまれた結果、悲惨な時間を何度も繰り返した。

 仕方がなかったことだけれど、悠月ゆづきが信じてくれなかったのは本当に辛かった。

 そこからは素顔を隠すようになった。あの手この手で名家同士の結束をはかろうとしたが、やはり無理で、かと言って一名家だけで挑んでも酒吞童子しゅてんどうじには勝つことが出来なかった。

 それまでも芽衣めいも刀を握って戦っていたが、誰かに任せることはそこで諦めた。

 でも、自分一人で戦うようになっても結果はそう簡単に変わらない。

 京都御所きょうとごしょは破壊され、悠月ゆづきは死んだ。何度も、何度もそれを繰り返した。

 もう刀を取ることが辛かった。一手毎に終局が迫っているような気がしてとても怖かった。

 震えがとまならなくて、誰か手を———握ってほしかった。

 その時、ふと幼い頃の記憶がよみがえった。

 悠月ゆづきに手を引いてもらって時々、山に入って遊んだことを。そこには波留はるを初め、他にも年の近い名家の子供たちがいたことを。

 芽衣めいの中で、悠月ゆづきたちならば、という思考が衝撃的に巡った。

 それでも、言うだけで結束させることは難しい。だから自分が悪者になることで、悠月ゆづきたちが手を取り合ってくれるようにと、芽衣めいは仕向けて五人が集まる放課後の学校に現れた。

 けれど、そうして迎えたのがこの現状。

 結果的に酒吞童子しゅてんどうじたちによる京都への進行が始まってしまった。

 また自分は何もできなかった。

 そして、最後にはまた頼ってしまった。

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