第十二話 正体
少しの沈黙が流れる。能面の女はやはりそこに佇むだけで何も話そうとはしない。
「もう話やすくなったはずでしょ?」
波留の言葉に一瞬だけ能面の女がたじろいだように見えた。
そっか、と波留が呟くと、更に、「そうだよね」と、まるで能面の女を肯定するように続ける。
「あなたが話したくないなら私が話す」
その言葉に悠月を含む全員がどこか呆気に取られたように波留へ視線を送る。
「まず、あなたが使っているその眼について。片方は酒吞童子が使っていた紫黒色の術眼と同じで間違いない。そしてなにより、その瞳術は神域に達している」
「……ちょっと待ってよ。神域に達しているって、つまりは神瞳術ってことでしょ? なでそんな眼をこいつが持ってるのよ」
明日香が動揺を隠し切れない声で能面の女を指さしながら言った。
「そう。禁級に認定された術眼は破壊も不可とされるために封印される、一切の情報を秘匿してね。だからその能力や数について、知ってるのは術協の中でもほんの数人に限られている」
「だったら、やっぱりそんなの入手できっこないでしょ?」
明日香の言い様はもっともだ。けれど、
「今はそうでも、先ではどうか分からない」
波留がはっきりと言い切った。
腑に落ちない様子の明日香に対して、悠月はその意味を理解すると思わず息を呑む。
「悠月も能力についてならもう分かってるんでしょ?」
「ああ……時間に関する瞳術だ……」
瞳術ついては確信していた。けれど、言い淀んでしまったのは波留の話そうとしている事があまりにも突拍子もないと思ったからだ。
「そこから考えられる事として、まずあなたはこの時代の人間じゃない」
その言葉に悠月以外の全員が息を呑む。悠月自身は何故そこまで波留が言い切れるのか理解が追い付かなくて、焦りに似た動揺を覚えた。
「待ってくれ波留、流石にそれは話しが飛躍し過ぎてる……!」
「そうだね。でも、神瞳術ならそこまで可能にしてしまうかもしれない。実際、この子は酒吞童子の封印の事も、今日、百鬼夜行が行われる事も悠月に教えてくれたんだから」
「……っ!」
悠月は言葉を詰まらせた。実際そうだったのだ。二日前の夜に波留は〝裏〟で悠月を見かけたと言っていた。けれど本当は二人の任務地はかけ離れていて、遭遇のしようがなかった。
つまり、波留が見かけた【雷光眼】の光の正体は能面の女だったのだ。そして波留は昨夜、首塚大明神に現れた能面の女を見て、そのことに気が付いた。実際に方角、時刻を照らし合わせると、二日前の夜に能面の女が向かった先は任務にあたっている悠月の下で間違いなかった。
だから波留は昨日の時点で、能面の女が今回の事態の主犯ではないと確信していた。
「でもここまでなら、偶然って言葉でまだ片づけられたかもしれない。封印の事は首塚大明神へ見に行けばいいだけだし、百鬼夜行の事だって酒吞童子が復活したなら、そんなことが起こり得るかもしれないって予測の一つにはなる」
そこまで言うと波留が視線を背けるように少し俯いた。
「……問題はもう一つの眼についてなんだよ」
いつもの毅然とした態度が一変、そこからは波留自身もどこか戸惑っているように見えた。
「悠月、昨日私がこの子の【雷光眼】の光に見覚えがあるって言ったの覚えてる?」
「……覚えてるよ。けどその話はこいつが封印を解いたかどうかであって、井上さんたちが解いたことが分かった今はもう関係ない話だろ?」
「そうなんだけどね。この子の事に関して、私もあり得ないと思ってたから悠月に言わなかったことが一つある」
この子、と波留が呼ぶことに今更ながら違和感を覚える。それに思い返せば波留の様子が少し変だったのは昨日、首塚大明神で困惑の表情を見せた時からかもしれない。
「なんだよ、それ……」
言葉にならない焦燥が込み上げて来る。気付けば嫌な汗を掻いている自分がいた。
「多分、皆も言われたら納得するんじゃないかな。昨日、戦いの中で見かけたって言ってたし」
「だからなんなんだよ、それは……!」
「この子の【雷光眼】の光が悠月のものと《《全く同じ》》なんだよ」
は、と声にならない声が悠月から漏れた。何故か先ほどから微動だにしない能面の女の姿を見ると、悠月は否定するためにゆっくりと首を振る。
「何言ってるんだよ波留……【雷光眼】なんだから同じ藍色の光なのは当たり前だろ……」
「違うよ。悠月だってお爺様やおじ様とで、光りがそれぞれ少し異なるのは分かるでしょ」
言われて、もうこれ以上、悠月は否定することが出来なくなった。
「全く同じ眼が三つも存在するなんてありえないんだよ。一人の人間の〝個〟が唯一であるようにね。そして、悠月の【雷光眼】を持ち出す……いや、託される人間は限られてる」
能面の女も突っ立ったままでいる。いや、立ち尽くしていると言った方が正しいのだろう。
「眼の移植までして、刀の扱いもあんなに上手くなるほど修練も積んで……」
波留が優しい声と共に能面の女に歩みを寄せる。そしてゆっくりとその能面に手を伸ばした。
「もういいんだよ」
能面の女は最後の抵抗と言わんばかりに力なく波留の手を振りはたく。しかし拒絶と言うには余りにも弱々しくて、次の瞬間、波留は能面の女を思いきり抱き締めた。
「今までずっと頑張ってきたんだよね———」
そして顔がよく見えるように波留が少しだけ離れると、今度こそ、その能面を取った。
おおよそ悠月の知っている顔とは少しばかり違うことに驚きはしたが、幾つか歳を重ねればきっと、こんなふうに大人びた容姿になるのだろう。
「芽衣ちゃん」
名前を呼ばれた少女の瞳からは静かな涙がこぼれ落ちた。




