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鬼哭廻眼〜その眼は一度死に蘇る〜  作者: 松本ハヤテ
二章 君の眼死にたまふことなかれ
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第十話 神瞳術

「悪いな波留はる……本当はそのまま行けって言ってやりたいけど、一人じゃ多分無理そうだ」

「……大丈夫。うらむなら酒吞童子しゅてんどうじが力を落としてるとか嘘ついた昨日の㰷眼(しがん)うらむから」

 悠月ゆづきの言葉に対して、苦しそうな表情を浮かべながらも波留はるが不敵に笑う。

「昨日ついでだ。俺が引きつけるから波留はるはその間に祝詞のりとを上げてくれ」

「……了解」

「よし。やるぞ——————」

 最後の言葉がまだ音になる直前。

 酒吞童子しゅてんどうじ紫黒しこく色の隻眼せきがんが光った次の瞬間、その姿が悠月ゆづき波留はるの眼の前に現れた。

「これにはついてこれまいか、頼光らいこうの血を引く小僧」

 速いなんてものじゃない。これは先ほど星熊童子ほしくまどうじを瞬殺した時に使った瞳術どうじゅつだ。

 大刀が振るわれる。

 刀で受けるのは間に合わないと判断した悠月ゆづき咄嗟とっさ波留はるを突き飛ばした。

 迫り来る、避けられない———死。大刀が自分の体を真っ二つにするまでもう一秒もない。しかし死を目前にして、超常的に引き延ばされる感覚の中、悠月ゆづきの思考が加速する。

 この術眼じゅつがんは到底、自分たちの手に負える範囲ではない。術協じゅつきょうが定める五段階あるうち、一級を越えた最上位の等級に位置する『禁級きんきゅう』の術眼じゅつがん。それが使う瞳術どうじゅつ———神瞳術しんどうじゅつだ。

 そして、最後にもはや意味のない思考に辿り着く。

 以前にも同じ光景を目撃したことがある。学校の旧校舎。屋上。あの時も一瞬にして消え、姿を現わしていた。

 能面のうめんの敵。あいつは酒吞童子しゅてんどうじと同じく———時間を止めていた。

 すると、突如鳴り響いた甲高い金属の弾ける音が悠月ゆづきの感覚を引き戻す。

「くっ……!」

 直後、悠月ゆづきは全身に強い衝撃を受けると何度も地面を転がった。しかしまだ意識が覚醒状態にある事を理解すると、すぐさま体勢を立て直して顔を上げる。

 巻き込まれて吹き飛ばされるような感覚があった。けれど波留はるはまだ視線の先、酒吞童子しゅてんどうじの足元で倒れている。では誰か……。

「お前……」

 黒の外套がいとうのフードがめくれ上がり、背まで伸びる長い黒髪があらわになる。視線の端から駆け出す能面のうめんの敵———いや、能面のうめんの女の姿を見た悠月ゆづきは思わず言葉を漏らした。

 能面のうめんの女はそのまま全身に藍色の雷をまとうと、一直線に酒吞童子しゅてんどうじめがけて切りかかる。

 一合目。酒吞童子しゅてんどうじは胸部にあるだいだい色の眼で能面のうめんの女の動きを捉えると、大刀で受け止めた。

 直後、酒吞童子しゅてんどうじ紫黒しこく色の隻眼せきがんが光を放つ。

 すると、次の瞬間には時間が切り取られたように酒吞童子しゅてんどうじ能面のうめんの女の位置が変わり、刃同士が火花を散らした。

 酒吞童子しゅてんどうじが初めて驚いた表情を見せる。

 その隙に能面のうめんの女はすかさず喉元を目掛けて黒刀を突く。だが酒吞童子しゅてんどうじは左腕にあるしゅ色の眼を強く発光させると、そのまま同色の瞳力どうりょくまとって大刀を振る速度を加速させる。

 三合目。能面のうめんの女はまる酒吞童子しゅてんどうじの反応を読んでいたかのように大刀をいなした。そして勢いを利用して空中で身をひるがえすと、剛腕の手首を切り上げる。

 酒吞童子しゅてんどうじの驚きの表情が更に深まる。

「貴様。その眼をどこで見つけた?」

 言いながら酒吞童子しゅてんどうじは大刀を右手に持ち変えると、切られた左腕を能面のうめんの女に向けた。左肩の紅梅こうばい色の眼が発光し、黒い体液をやじりの形状に押し固めると一直線に射出する。

 だがそれも超至近距離の攻撃なのにも関わらず、能面のうめんの女は長い黒髪にかすめるだけで、最小限の動きでかわしてみせた。

 能面のうめんの女はそのまま問いに答えることなく雷をまとった黒刀を振り下ろす。悠月ゆづきが得意とする【百雷破びゃくらいは】を繰り出し、コンクリートの地面をえぐると、無数のつぶてを浴びせにかかった。

 酒吞童子しゅてんどうじが大刀の腹で防ぎ、一瞬のひるみをみせる。

 直後、能面のうめんの女は体を反転させた。そして波留はるを抱き上げるとそのまま後方に走り出した。

「離脱する! ついて来い!」

 初めて聞いた能面の女の声は、やはり悠月ゆづきが二日前に〝裏〟で聞いたものと同じだった。

 悠月ゆづき酒吞童子しゅてんどうじ醜悪しゅうあくわらいを浮かべるのを最後に見ると、視線を切って走り出した。



「よろしいのですか。あのまま逃がしてしまわれて」

 茨木童子いばらきどうじはくつくつとわらいを浮かべる酒吞童子しゅてんどうじに向かって問うた。

「構わん。それに今から追ったとて、あの速さには追いつけまい」

 こうして千年前も酒吞童子しゅてんどうじの側近として仕え、共に京の都を荒らしまわったが、あの頃と考えや趣味嗜好しゅみしこうが全く変わっていない。摘める芽は早めに摘むに越したことはないのだが。

「しかし茨木いばらきよ。余は今、最高に気分がいいぞ」

 千年前、おごりがあだとなって源頼光みなもとのよりみつに討たれたことを、この死王しおうはまるで分かっていない。

 しかし、どの種族においても、王という生き物はそうであることを茨木童子いばらきどうじは生き長らえてきたこの千年間でよく見てきた。特に人間なんぞは最たる例だ。

 それに、万が一にも抜かりはない。この時のために京都に張り巡らされた〝裏〟の結界の全てを把握し、全国のあらゆる地から㰷しがんになり得る眼を集めてきた。更には昨日の京都への襲撃で人間側の戦力は計れている。だが———

「ではそろそろ百鬼夜行ひゃっきやこうを始めようか。まずはこの蔵を破壊すればよいのだな?」

「はい、そうでございます。酒吞しゅてん様」

 そう答えながらも茨木童子いばらきどうじは無意識のうちに能面のうめんを付けた女の事を考えていた。

 あの眼は㰷しがんになる前、まだ人間だった頃に酒吞童子しゅてんどうじが失ったもので間違いない。

 京都御所で今もなお厳重に封印されているはずのものが、こうして外に出ているのは術協じゅつきょうとやらの組織からしても異常事態なはずだ。

 ならば、考えられることは一つだろう。

 酒吞童子しゅてんどうじ源頼光みなもとのよりみつに首を落とされた際、生き長らえるためにその瞳術どうじゅつで自身と周囲の時を止めた。空間が固定され、ひと度干渉できなくなったその首は坂田金時さかたのきんときの怪力を持ってしても、動かせなくなり、現在の首塚大明神くびつかだいみょうじんの場所に封印する外無かった。

 つまりはそれに準ずる力をあの能面のうめんを付けた女も使ったのだろう。

 茨木童子いばらきどうじは崩れ燃え行く根本中堂こんぽんちゅうどうを見ながら、表情を一切変えずに酒吞童子しゅてんどうじへ呼びかけた。

「それでは参りましょう、酒吞しゅてん様。再び京都の地へ」

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