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鬼哭廻眼〜その眼は一度死に蘇る〜  作者: 松本ハヤテ
二章 君の眼死にたまふことなかれ
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第九話 八つの瞳術

「これはこれは。申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしました」

 星熊童子とらくまどうじの謝辞をよそに酒吞童子しゅてんどうじ瓢箪ひょうたんさかずきを置いて立ち上がった。

 長い栗色の髪の隙間から、十五個あると言われる術眼じゅつがんのうちの一つ———にごった紫黒しこく色の瞳を悠月ゆづきは見た。

「ですがこんな奴らなどすぐに———」

 星熊童子ほしくまどうじの言葉の途中、酒吞童子しゅてんどうじが一瞬にしてその前に立つと、頭を拳で叩き潰した。

「へ、」

 星熊童子ほしくまどうじからは声にならない音が漏れ、黒い体液の飛沫しぶきと共に二つのすず色の眼が地面に転がる。

「音如きで速さ自慢とは……滑稽こっけいだな」

 酒吞童子しゅてんどうじが表情ひとつ変えずに星熊童子ほしくまどうじの眼を踏み潰す。

 悠月ゆづきたちはその光景をただ啞然あぜんと見ていた。

「おい、茨木いばらき。どこにいるか。姿を見せよ」

 酒吞童子しゅてんどうじが見回すように声を張ると、先ほど星熊童子ほしくまどうじが下りて来た階段から新たに四体の㰷眼(しがん)が姿を現わした。他よりも小柄な一体は先頭を歩き、その後ろを横並びに続く三体が二メートルはある一振の大刀を抱えて歩いてくる。

 それぞれ人並みの体躯だが、星熊童子ほしくまどうじ同様やはり内側に邪悪さを秘めているのが分かる。

「はい、酒吞しゅてん様。茨木童子いばらきどうじはここにおります」

 先頭を歩く㰷眼(しがん)が口を開いた。ひび割れた褐色かっしょく肌に、長い茶髪から覗く瑠璃るり色の瞳はにごりを含んでいるにも関わらず、気味が悪いほど美しい光を放っている。

茨木いばらきよ、お前の勧めでこやつに星熊ほしくまの名を与えてやったが、全くもって弱いではないか」

「さて酒吞しゅてん様。こやつと言うのはどこでしょう?」

 酒吞童子しゅてんどうじが自身の足元を見る。しかしそこにはもう星熊童子ほしくまどうじの姿はなく、刀と黒い体液の絨毯じゅうたんしか残ってない。

 呆れたように首をかしげる酒吞童子しゅてんどうじをよそに茨木童子いばらきどうじと名乗った㰷眼(しがん)が、悠月ゆづきたちに向かって嫌悪の視線を向けてくる。

「品性のない人間どもめ……もうこんな所までやって来るとは。昨晩の事といい、鼻の利く奴がいるとは思っていたが貴様らがそれか?」

 悠月ゆづきはその問いには答えず、視線を前方に向けたまま背後の逞真たくまに声をかける。

逞真たくま、もう動けるか?」

「う、うん、大丈夫!」

 芽衣めいちゃんもありがとう、と逞真たくまが声をかけて立ち上がる。

「答えぬ気か……ん? そうか、貴様らは……!」

 いぶかし気な視線を向けて来た茨木童子いばらきどうじだったが、突然口元をゆがめて語気を強めた。

「どうした茨木いばらきよ?」

 余裕。いや、恐れるに足らないとでも思っているのだろう。酒吞童子しゅてんどうじが隙だらけにも背を向けて茨木童子いばらきどうじの方を見る。

 しかし悠月ゆづきは一切の集中を欠かすことなく波留はる透哉とうや逞真たくまと共に前へ出て密集陣形を組んだ。

「先に後ろの三体を倒す。俺たちで仕掛けるから明日香あすかは隙を狙って———」

 しかし、悠月ゆづきが言い終える前に一つの影が動いた。

透哉とうや!」

 突如、単独で透哉とうやが走り出した。名前を呼ぶが止まる気配はない。しかも飛び込む先は後ろの三体ではなく酒吞童子しゅてんどうじだ。その首を刈り取るように大鎌を振りかぶる。

酒吞しゅてん様、こ奴らですが……」

 茨木童子いばらきどうじが言い終える前、酒吞童子しゅてんどうじが顔だけ振り返って透哉とうやの方を見た。長髪で隠れた左首の辺りから藍白あいじろ色の光が二つ漏れると、目の前に半球体の盾を生み出した。

 甲高い金属同士が弾けるような音が辺りに響く。

「ほう、そういうことか茨木いばらき。こやつの眼、碓井うすいではないか」

 酒吞童子しゅてんどうじは一歩も動くことなく、透哉とうやの大鎌を防いだ。

「目標変更だ! 先に酒吞童子しゅてんどうじを狙う!」

 悠月ゆづきは全身に雷をまとうと、酒吞童子しゅてんどうじの側面を取って神速の一閃を狙う。

 しかし、まるで悠月ゆづきの動きを読んだかのように、酒吞童子しゅてんどうじは降り抜く直前の刃を右手で握ってきた。

「なっ!?」

 今度は右首の辺りから二つのだいだい色の光が漏れている。二つ目の瞳術どうじゅつだ。

「そっちは……。おお、その眼は頼光らいこうか!」

 如何いかにも愉快そうな声を上げる酒吞童子しゅてんどうじに対して、今度は逞真たくまが正面に入り、【剛䞠ごうせきがん】の光度を最大限に上げて斧を振り下ろす。

 しかし、その直前に酒吞童子しゅてんどうじの額からまたも二つの光が漏れる。今度はなまり色だ。後方で三体の㰷眼(しがん)が抱えていた大刀が宙に浮き、酒吞童子しゅてんどうじの左手元に飛んでくると、それを掴んで逞真たくまの斧を受け止めた。

「ほう、今度は坂田さかたか」

 防がれたものの逞真たくまの一撃は酒吞童子しゅてんどうじの足首までをコンクリートの地面にめり込ませた。

「【炎喰えんくう———」

 上空から炎の斬撃を飛ばそうとする波留はるが構える。しかし酒吞童子しゅてんどうじは全く焦る様子を見せず、握る刀を悠月ゆづきごと振り払うと、傷で黒い体液に濡れた手のひらを波留はるに向けた。

 頭頂部辺りから二つの紅梅こうばい色の光が漏れる。直後、滴る黒い体液がやじりの形状となり射出され、波留はるの腹部を貫いた。

「っ……———ざん】!」

 痛みにあえぎながらも波留はるが斬撃を飛ばすと、酒吞童子しゅてんどうじの顔面に直撃する。

「……明日香あすか!!」

 地面に落ちながら叫ぶ波留はるを【拡縮眼かくしゅくがん】で大きくなった麟太郎りんたろうが背でキャッチする。

「この炎は渡辺わたなべか……いや、少し違うな……それに女というのはどういうことだ?」

 独り言のように自問する酒吞童子しゅてんどうじを狙いまして明日香あすかが拳銃を構える。

 しかし引金ひきがねを引く直前、酒吞童子しゅてんどうじが左の手のひらを向けてくると、ふじ色の怪しい光を放つ二つの眼が現れた。

 それを直視した明日香あすかは手から拳銃をすべらせるように落とした。そして、苦しそうにもがき始めると涙を流してその場に倒れてしまう。

明日香あすか様……!!」

 芽衣めいが悲痛な声を上げて明日香あすかの元へ駆け寄る。

「……だい……じょうぶ…………うっ……!!」

 すぐさま体を起こした明日香あすかだったが苦痛に顔をゆがませて嘔吐おうとする。

「弓ではないが……その眼は卜部うらべだな。今のを耐えるとはいい精神をしている。しかし、これも女とは……一体どういうことか」

 髪が多少燃えた程度で、酒吞童子しゅてんどうじはほぼ無傷で立っている。

 復活したばかりだと言うのにこの圧倒的な力。

 状況を考えれば悠月ゆづきの中での選択肢はもう撤退しかなかった。そして波留はるが負傷した今、広範囲で足止めが出来る瞳術どうじゅつを持っているのは一人だけだ。

「一時撤退する。透哉とうや、時間を稼いでくれ!」

 しかし、声が届いていないのか透哉とうやは動く様子がない。

透哉とうや!!」

 悠月ゆづきは怒号を飛ばすように叫んだ。

 その間にも酒吞童子しゅてんどうじの首元に現れた四つの術眼じゅつがんから六、七個目の瞳術どうじゅつが放たれる。

「どれ、さっきのお返しだ!」

 酒吞童子しゅてんどうじが左手に持つ大刀を含めてしゅ色の瞳力どうりょくまとうと、軽く逞真たくまの斧を押し返した。そして右拳に黄蘗きはだ色の瞳力どうりょくまとい、逞真たくまの腹部めがけて振り抜く。

 咄嗟に逞真たくまも斧の腹で防御の構えを取るが、陶器とうきの様に容易く叩き割られてしまう。

「うっ……!!」

 ほとんど直撃に近い威力を受けた逞真たくまは吹き飛ばされると、地面を転がって意識を失った。

「なんだ? まだ貴様には防御の瞳術どうじゅつしか使っておらんぞ。本当に碓井うすいか?」

 酒吞童子しゅてんどうじが本来の目元にある紫黒しこく色の隻眼せきがん透哉とうやを見下ろした。

「まぁいい。死ね」

 大刀が振り下ろされる。

 しかし、その直前に悠月ゆづき透哉とうやを抱えると、酒吞童子しゅてんどうじの攻撃をかわした。

「速いな。流石は頼光らいこうと言ったところか。だがつれぬなぁ。今日は酒を持ってきてはおらぬのか? また血酒でも飲み交わしたいものだがな」

 酒吞童子しゅてんどうじが調子付いて言うと、茨木童子いばらきどうじが隣に来て口を開いた。

酒吞しゅてん様、僭越せんえつながら申し上げさせていただくと、あの不肖ふしょうな輩どもは千年前に寿命を迎えて既に死んでおります。ただ、目の前のこやつらはその血縁です」

 それを聞いた酒吞童子しゅてんどうじいぶかしむように茨木童子いばらきどうじを見ると、続けて悠月ゆづきや一同に視線を向けた。

「そうか、どおりで瞳術どうじゅつに多少の違いがあるわけだが……どうもあれから千年が経ったと言われても実感が湧かんな。それでもまぁ……こやつらがあの頼光らいこうとその四天王の血縁か」

 やはり術眼じゅつがんを見て得心とくしんしたのか、酒吞童子しゅてんどうじ境内けいだい一帯に醜悪しゅうあくわらい声を響かせる。

くま虎熊とらくまかね、手を出すなよ。こやつらはの得物だ」

 隙だらけに見えるというのに、悠月ゆづきはその一挙手一投足に警戒せざるを得ない。

透哉とうや、大丈夫か」

 隣で片膝をつく透哉とうや一瞥いちべつする。

「あ、ああ……」

 声はか細く震え、一瞬だけ見えた眼は完全に恐怖で染まり切っている。これではもう戦うことはできないだろう。

透哉とうや、俺が時間を稼ぐから逞真たくまを担いで山を下りろ」

 続けて悠月ゆづきは振り返らずに背後へ向けて声を上げた。

明日香あすか、動けるなら芽衣めいを連れて山を下りろ! 麟太郎りんたろうもだ! 波留はるをそのまま連れていけ!」

「何言ってんのさ悠月ゆづき……私もまだやれるよ……」

 体をよろめかせながらも波留はるが歩いてくる。腹部の傷からは鮮血が滲み、白色の長着は深紅しんくはかまに引けを取らないほど赤く染まっている。

りん……あんたが皆を先導するんだ。任せたよ」

 血の気の引いた主の顔を見て、麟太郎りんたろうがその場から動けずに固まる。

「言うこと聞け! りん!」

 波留はるが叫ぶと、麟太郎りんたろうは血に濡れた法被はっぴと毛並みをびくりと震わせた。そして逡巡しゅんじゅんの末に無念さを押し殺すと、高く吠えた。

明日香あすか殿、背中につかまってください!」

 いい子だ、と明日香あすか芽衣めいの元に向かった麟太郎りんたろうを見て波留はるが呟く。

透哉とうやも早くしろ!  明日香あすか芽衣めいを頼んだぞ!」

悠月ゆづき様……!!」

「……ごめん、芽衣めいちゃん!」

 悠月ゆづきは背後で一斉に動き出す音だけを聞いて目の前の酒吞童子しゅてんどうじ見据みすえた。

「話は終わったようだな。せっかくだ、少し本気を見せてやろう」

 酒吞童子しゅてんどうじが長い髪をかき上げると、本来の目元にある紫黒しこく色の隻眼せきがんがはっきりとあらわになった。更に残りの十四個の眼も先ほどあった位置から変わり、体内をうごめいて移動する。

 これが酒吞童子しゅてんどうじだけが可能と言われる取り込んだ術眼じゅつがんを自在にあやつる特異体質の本領だ。

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