第七話 比叡山延暦寺
比叡山の麓にあるケーブル坂本駅は山中を貫いて作られたケーブルカーで、頂上のケーブル延暦寺駅までの距離が二〇二五メートルと、日本最長の距離だと言われている。
時刻は十七時半を過ぎ、〝表〟では上下線ともに最終の電車が動き出した頃だが、〝裏〟にいる悠月たちは森の一画にぽつんと佇むケーブル坂本駅の駅舎の前に集まっていた。
「明日香おそいね。な、何かあったのかな……」
薄い黄土色の長着に茶色の袴。そして七宝に木瓜の家紋が描かれた白色の羽織を着た逞真が、人気のない辺りをきょろきょろと見回しながら言った。武器の斧さえ背負っているものの、それがなければ〝表〟では力士と間違えられるかもしれない風貌だ。
「ごめん、少し遅れた」
駅前の道路の方から明日香が走って来るのが見えた。
明日香の着物は従来の和装から完全に逸脱したものだ。
半着よりも短い翡翠色をした着物の裾丈はもはやミニスカートで、上半身も狩衣を思わせる作りをしているが、肩からは素肌が完全に露出している。何より特徴的なのは右足首に現在の卜部家の主流な武器である拳銃を差したホルスターが巻かれている事だ。
ツインテールのリボン含め、全体的に淡い翡翠色を纏う明日香に波留は微笑みかける。
「明日香、気合入ってるね」
「う、うるさいわね渡辺波留! 拳銃の手入れとマガジンに弾を込めてたら遅れたの!」
卜部家の家紋である丸に三つ柏は申し訳程度と言った感じで、襟首の後ろに小さくワンポイントとして入っている。大々的に背負うのは嫌なのだろう。なんとも明日香らしい。
「これで全員揃ったな」
悠月は芽衣を、波留は麟太郎を連れて来たが、それ以外の三人は事前に連絡していたように、家の者には何も伝えずに来てくれた。
「それじゃあ行こうか」
悠月が声をかけると、一同は誰もいない改札を抜けてホームに入っていく。
頂上のケーブル延暦寺駅の間には二駅存在しており、本来であればヨーロッパ調の赤と緑の車両が出迎えてくれるはずだが〝裏〟に車両は置かれていない。
一同は麟太郎を先頭にして線路へと降りた。ホームを出てすぐに一つ目の駅である、ほうらい丘駅を越え、鬱蒼とした木々に囲まれたレールの上を進んで行く。
片道約二キロの急勾配とはいえ、瞳術使いとして誰一人、音をあげる者はいない。しかし二つ目の駅である、もたて山駅直前のトンネルの手前で麟太郎の足が止まった。
「皆さん止まってください。トンネルの中に㰷眼がいます」
「数は分かる?」
全員の緊張が高まる中、最後尾の波留が言った。
「……非常に申し上げにくいのですが瞳力の塊があるとしか……それに、動く様子がないのです」
珍しく麟太郎が曖昧な表情を見せる。
「とにかく、近くまで行ってみよう」
悠月が前進を促すと一同は警戒しながらもトンネルの真横に位置付いた。
「どうだ麟太郎?」
「……数は結構いるようなのですが……やはり動く気配がありません」
それを聞いた悠月は瞳に藍色の光を宿すと堂々とトンネルの前に立って奥を見た。
「ゆ、悠月様、危険です!」
芽衣だけでなく、全員が信じられないといった表情を向けて来るが、悠月は至って冷静に言葉を返す。
「大丈夫。今の時点で襲ってこないなら問題ない。それより皆も中を見てくれないか」
波留が先だって悠月の横に並ぶと、戸惑いを感じていた芽衣たちも恐る恐るといった表情でトンネルの前へと出て来た。
「何も見えないね……でも、確かに㰷眼の瞳力は感じる」
一同が瞳に光を宿しながら頷いた。見えないという事は物理的な何かが遮っているのだろう。
「俺が照そう」
悠月はトンネルの中に少し入ると、辺り一帯を照らす瞳術を放った。
「【超電】」
瞬間、青白い光に包まれると、悠月は凝らすように眼を眇めた。
すると、先に光景を目の当たりにした悠月に続いて、一同が絶句する。
トンネルの中腹に物理的な障壁として大量の㰷眼が詰め込まれており、一斉にその白濁とした眼が見開かれた。
「これは……」
これまで黙っていた透哉が思わず言葉を零した。
真っ黒な肉壁とでも言うべきか。不気味にも脈打つそれらはこちらをただじっと見ているだけだ。
「……急いだ方がいいのかもしれないね」
「……ああ」
波留の言葉に悠月は頷くと、自然とその足は早まった。そして㰷眼の肉壁の前まで辿り着くと、最後の確認を行う。
「これを突破したら一気に延暦寺に向う。全員いいな?」
一同から肯定の頷きが返る。緊張から不敵、息を吞む音まで悠月は受け取ると、刀を引き抜いて前方の㰷眼の肉壁に突き立てた。
切り口から血に似た黒い体液が刀を伝って、地面に垂れ落ちる。
「【霹靂神】!」
悠月が瞳術を放ったのと同時、眼の前の㰷眼たちは風船が破裂するように次々と弾け飛んで消滅していく。トンネルの向こう側に小さな光が差した。
「いくぞ!」
掛け声に合わせて、一同が出口に向かって走り出す。先頭を走る悠月は全身に雷を纏うと全速力でトンネルを駆け抜けた。しかし———
「なんだよ……これ……」




