第五話 五人でなら
なんにせよこれで全員の意思確認が取れた。
「ありがとう皆。それじゃあ早速、俺たちがさっき井上太一さんという大学生から聞いた話を基に進めようと思う。波留と芽衣も間違っていたり、補足があれば言ってくれ」
悠月は二人に視線で確認を取ると言葉を続けた。
「まず、井上さんは首塚大明神に向かう途中で出会った二人組の女に唆されて、友達と一緒に封印を解いてしまった。けどその二人組の女は理由を付けて境内にまでは入らなかったらしい。おそらくだが、そいつらは入らなかったんじゃなくて、入れなかったんだと思う」
「つまりなに、その二人組の女ってのは㰷眼だったって言いたいの?」
明日香からの質問に悠月は頷く。
「おそらくは幻や変化といった類の瞳術を持ってるんだと思う。それこそ人間だったなら境内に入って自力で封印を解くことが出来たはずだ」
確かにそれはそうね、と明日香が納得するように呟くと、悠月は言葉を続けた。
「それと肝心な酒吞童子の居場所だが、おそらく今は京都を離れて滋賀にいる」
その言葉に今度は透哉が眉を顰めた。
「根拠は?」
「根拠は三つある……と言いたいところだけど、その三つが合わさってやっと推測が立つ」
悠月が波留の方を見ると、すぐに頷きが返って来た。それだけで波留も同じ思考に辿り着いているのだと分かる。
「まず、井上さんの話によるとその二人組の女は『延暦寺、そこから始めるんだ』と言っていたそうだ。それと二つ目は昨日、皆には話せなかったけど、今日この京都では酒呑童子たちによる百鬼夜行が行われる」
確信して言う悠月の言葉に、波留と芽衣以外の三人の内で一気に動揺が広がった。
「そ、それも酒呑童子の封印が解かれていることを悠月君に教えた〝声〟が言ってたことなの?」
逞真の問いに悠月は「ああ」と短く答えて続ける。
「それと三つ目は学校で能面の敵と戦っていた時のことだ。あいつは戦闘の最中に延暦寺のある鬼門の方角を俺に示した」
「示したって……あいつは敵で、まだ何者であるかも源家だって分かってないんだろ?」
「透哉の言う通り、能面の敵の素性はまだ分からない。でも、皆だってあいつの行動に関しては違和感を持ってるはずだ」
半ば食ってかかるような言い方をする透哉だったが、悠月の言葉に思わず黙り込んだ。
能面の敵は確かに一度自分たちを襲った。けれど、それぞれの前にまた現れたにも関わらず、二度目はそうしなかった。それは何故か……。
現状、能面の敵の行動原理は不明だ。けれど、それは奴にしか見えていない何かがあるからこそなのだと、悠月は感じていた。
「つまり、今の三つの話から推測すると酒呑童子は百鬼夜行を延暦寺から始めるってことだよね、悠月」
最後に波留がフォローを兼ねてまとめてくれると、悠月は静かに頷いた。
すると、それを聞いて今度は逞真が口を開いた。
「え、延暦寺って……たしか平安京を㰷眼から守るための結界として建てられたお寺だったよね」
「順番が逆よ。延暦寺が出来たのは七八五年の奈良時代。それから平安時代になって都が京都に遷ると、たまたま鬼門の位置に良い感じのお寺があったから、それを利用して結界を張るようになっただけ」
「そ、そうなんだ。それで今は滋賀県でも重要な結界の一つになったんだね」
「これくらいは当然の知識として知っておきなさい」
明日香が鼻を鳴らすと、腕組みをして言った。
「逞真の言う通り延暦寺は滋賀でも重要な結界の一つだ。つまりそこが破壊されるとなると、結界に裂け目が生まれて〝表〟に㰷眼が流れ出てしまう。そうなると京都は目と鼻の先だ。そこから酒吞童子が狙うのはおそらく……」
悠月の推測を察したのだろう。逞真が肩をびくりと震わせて呟く。
「きょ、京都御所になるのかな」
京都御所———平安時代から約千年に渡り政治の中心地だったそこは、最初に〝裏〟の結界の楔が打たれた場所でもある。加えて全国に張り巡らされている結界において、近畿地方の中では根の中心と言えるほど最も重要な役割を担っている。
ひと度、京都御所が破壊されるような事があれば市内の〝裏〟に大きな穴が開くだけでなく、枝分かれする根の先にある近畿二府四県全ての結界が出力を落とし、多大な影響を及ぼすことになる。
「ああ、京都御所にある結界の楔を破壊されるのが一番最悪なシナリオだ」
「……これまでの話からして、酒吞童子が既にもう滋賀県にいるっていうなら、確かに家の連中が京都府中を探し回っても見つけられない事にも合点はいくな」
得心したのか、透哉が静かにそう言った。
しかし、それとは別に悠月の目には思案顔を浮かべる波留が映った。
「波留、途中どこか間違ってたか?」
「いや、全部悠月の推測で問題ないと思う。というか現状で考えられるのはそれしかない。でも、一つだけ気になる事があって……」
波留が少しの間黙り込むと、伏し目がちに言葉を続ける。
「そこまで重要ではないと思うんだけど、復活した酒吞童子とその計画を企てた㰷眼がどうやって滋賀にまで移動したのかがちょっと引っ掛かってる」
「普通に〝裏〟を通って移動したんじゃないの?」
間髪入れずに問うたのは明日香で、その内容は的を射ているように思える。〝裏〟の一番の目的は㰷眼を留めるためであり〝表〟に戻らせない事にあるからだ。
「うん、それも否定はしきれないけど。首塚大明神から直線にして二十キロくらいかな……。出来なくはないんだろうけど、そんな距離を誰にも気づかれずに移動するのは難しいかなって」
「でも京都市内には私らだって把握できないほどの〝裏〟に繋がる結界の入り口が隠されてる。そんなものを熟知してるって方がおかしいしキモイわよ」
「そこなんだよ。確かに市内の結界は複雑に入り組んでる。でも、それなのに昨日の㰷眼の大軍勢は配置も含めて、どう考えたって仕組まれたものだった」
明日香だけではない、波留以外の全員がその意味を理解すると目を見開いた。
「……何らかの瞳術によるものなのかもしれないけど、この計画を企てた㰷眼は京都の〝表〟と〝裏〟を自在に行き来できるのかもしれない。それは念頭に置いておくべきかなって……」
つまり、相手は圧倒的な力を持つ酒吞童子だけではないということか。尚も何かを考え耽る波留を除いた全員の表情に暗雲が立ち込める。
不安や心配は当然ある。しかし、だからこそ悠月は声を張った。
「大丈夫、俺たちにならできる。言っただろ。当主たちがいない今、俺たちが力を合わせれば最高戦力になるって」
その声に波留が顔を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「そうだね。皆でやってやろうよ。鬼退治をさ」
悠月は最後に再び全員へ視線を向けると口を開いた。
「日没前に仕掛けよう。待ち合わせ場所は比叡山の麓にあたる坂本ケーブル駅の〝裏〟。そこから延暦寺を目指そう」
一同がそれぞれ返事をすると、一度家に帰るため屋上から引き上げていく。
悠月はその途中、ずっと黙って話を聞いてくれていた芽衣の背中に声をかけた。
「芽衣」
「はい、どうかされましたか? 悠月様」
芽衣が首を傾げる。澄んだ瞳は太陽の光を取り込んで、より純真無垢さを際立たせている。
だから悠月は余計に連れて行きたくないと思ってしまった。
「今回は危険な戦いになる。だから芽衣は家に———」
「悠月様、私も絶対に行きます」
強い意志を持って芽衣が言う。けれどその手は少し震えていた。
「確かに私は戦いで何の役にも立ちません。でも、皆様がお怪我された時は私が治療してみせます! それに何より、」
取り繕ったそれは脆く、抱いているのは恐怖以外の何ものでもない。それでも、蝕まれないように、そして振り切るように、芽衣は矢継ぎ早に言い切った。
「私は悠月様の従者です! 何があっても必ず最後までお供いたします!」
芽衣の目には薄い涙が浮かんでいる。決死の覚悟を見せられた悠月は頷く外なかった。
けれど、この一つだけは絶対に譲れない。
「……分かった。けど言ってくれた通り芽衣は俺の従者だ。だからその役目を果たすためにも、俺より自分の身の安全を最優先にしてくれ」
芽衣のことは何があっても守らなければならない。
でなければ死の間際に約束を交わした芽衣の母親に面目が立たなくなってしまう。




