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鬼哭廻眼〜その眼は一度死に蘇る〜  作者: 松本ハヤテ
二章 君の眼死にたまふことなかれ
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第四話 そんなことは今更

「さっきの、」

 昼過ぎの晴れた空の下。一番奥の景色がよく見えるベンチに波留はるが腰掛けると、空いている隣をポンポンと叩いて悠月ゆづきを見てきた。

 座れということなのだろう。悠月ゆづきうながされるまま波留はるの隣に座った。

「本当はあの人の眼を瞳力どうりょくで焼き切って失明させてやろうかと思ったんだけど、らされちゃった。顔を固定してやればよかったかな」

 吹いた風に波留はるの長い髪がなびいて表情は読み取れない。けれど、その声音はうらみ節を言っているにもかかわらず、酷く悲しそうなものに思えた。

「冗談だよ、なんか言ってよ」

波留はる……」

 名前を呼んで、何かを言わなければいけないと思ったけれど、その先の言葉が出で来ない。

瞳術どうじゅつは万能じゃない。芽衣めいちゃんの回復術だって傷はふさげても壊死えしした腕までは治せないし、私と悠月ゆづきだって戦う力はあっても、誰かを救える力がある訳じゃない。それに、私たちはいつの日か自分の眼が化け物になるかもしれない事を、常に頭のどこかで考えながら生きてる」

 遠くを見つめたまま波留はるが言葉を続ける。

「今回の事は同じ瞳術使どうじゅつつかいが腹いせでやったって言うなら別に何とも思わなかったと思う。私もたまにこんな世界ぶっ壊れたらいいじゃんって思う時があるから」

 でもさ、とつむ波留はるの手は無意識のうちに拳を作っていた。

「私がそうしないのはさ、家族や渡辺家うちを支えてくれる人がいて、悠月ゆづきや学校の友達がいるからなんだよ……皆の事を考えたらそんな馬鹿な真似は絶対にできない」

 悠月ゆづきは黙ったままうなずいた。例えこの世界のことを呪っても、自分にとって大事な人たちまでを呪う気にはなれないし、不幸になって欲しいとも思えないのは一緒だ。

「……なんで私たちの世界の事も知らない人が犯した失態を尻ぬぐいしないといけないんだろうね。ノリで最強の化け物を復活させられたなんて、たまったもんじゃない。私らは命を掛けてるんだから、こんなの公平じゃないよ」

「でも……あの人だって、そんなつもりでやったわけじゃないことは波留はるも分かってるだろ」

 そんなことは今更だった。

 誰に言われなくたって、悠月ゆづき波留はるもずっと前から分かっている。

 波留はるがゆっくりと首を横に振った。やはり理解はしていて、だけれどもやるせない気持ちが心をおおっているのが表情に現れた。

「昨日、うちに仕えてくれてる人が一人亡くなったんだ。そっちは?」

「……幸いにも死人は出てなかったけど、怪我人は結構出た」

 そっか、と波留はるが呟いて続ける。

「当主として薄情かもしれないけど、亡くなった人と私は別に親しかったわけじゃいから、不思議と惜しんでもいたむ気持ちはあんまりないんだ。……でもね、酒吞童子しゅてんどうじの封印が解かれることがなければ、きっとその人は死ぬこともなかったし、怪我人も出なかった。だから、」

 光さえ帯びていないが波留はるの目には明確な怒りが滲んでいた。

「知らなかったら何をしても許されるなんて道理どうりはないんだよ」

 しかし言い切ってすぐ、波留はるはぶつける相手を間違えたと言わんばかりにバツが悪そうに悠月ゆづきから視線を逸らした。

「ごめん……別に悠月ゆづきを否定したいわけじゃないから」

「ああ、それは分かってる」

 波留はるが薄い笑みを浮かべると長いため息をついた。

「でもなんか吐き出したらちょっと気が楽になったかも」

 そして、まだ夏の様に真っ青とまでいかない五月の空を見上げて、突然、「あーあ」と残念そうに、けれど痛快そうに続けた。

「全部ほっぽり出して、どこか遠くに行けたらいいんだけどなぁ」

 波留はるが当主になったのは異例も異例で、まだ生きている前当主の祖父が一時的に引き継ぐのが一般的だった。少なくとも源家みなもとけでならそうなる。

 ずっと隠してきたのだろうけれど、その重荷に少し参っていたのかもしれない。

「ごめん、やっぱ今のはなし。怒られるから忘れて」

「なら一緒に逃げるか」

 それこそ波留はるが茶化して、その心が逃げてしまう前に悠月ゆづきは言葉を重ねた。

 実際、そんなことは出来やしない。けど、それでも……。

 波留はるが一瞬、目を丸くした。しかし次の瞬間には盛大に吹き出して、大笑いを浮かべる。

「やっぱり馬鹿だね悠月ゆづきは。真面目な顔してそんなこと言う、普通? どこかの誰かが聞いたら勘違いするかもしれないから、その言い方は止めた方がいいよ」

 あはは、となおも笑い続ける波留はるを見ながら、「誰だよそいつ」と悠月ゆづきは胸中で悪態づく。少しでも気が紛れればと思って口にしたのだが……これでは本当に馬鹿みたいだ。

 けれど、今の波留はるの笑顔は正真正銘、ただの十七歳の高校生のものに見えた。

「誰も逃げたいとまでは言ってない。私は背負うよ」

 波留はるが立ち上がると、目の前の柵の手すりに両肘をついて腕を組んだ。そして広がる京都の街並みを見ながら、小さく何か言葉を口にした。

「え?」

 最後に、「———心配だよ」とだけ聞こえた気がして、悠月ゆづきは思わず聞き返した。

「さっきの事だけど……ごめん。芽衣めいちゃんにも後で謝っといて」

 波留はるがそのままの体勢で言ったが、続けられたのは先程と全く別の言葉な気がする。

 悠月ゆづきはそれ以上聞き返すことはせず、ただ申し訳なさそうにしている波留はるの後ろ姿を見つめていた。

 すると、背後から数人が歩いて来る気配を悠月ゆづきは感じて振り返った。

「謝り過ぎだよ波留はる。それに芽衣めいには自分で謝ってくれ。ほら」

 その言葉に波留はるが振り返る。視線の先には芽衣めいがいて、その後ろには明日香あすか透哉とうや逞真たくまの姿がある。

 波留はるは観念したように淡い笑みを浮かべると、頭を深々と下げた。

芽衣めいちゃん、さっきは驚かせちゃってごめんね」

「そ、そんな、頭を上げてください波留はる様。私なんかに謝らないでください……!」

 そんな二人のやり取りを悠月ゆづきが見ていると、透哉とうやが目の前までやって来た。

「それで悠月ゆづき、話はどうだったんだ?」

「ああ、封印を解いたのはやっぱり俺たちが助けた男性だった」

 そこまで言うと悠月ゆづきは立ち上がった。そして透哉とうやだけでなく、全員に聞こえるようもう一度話しを再開する。

「皆聞いてくれ。ここからは家同士の問題が絡んでくる。だから話をするなら先に意思確認をさせてほしい」

 悠月ゆづきは集まった視線を確認すると続けた。

能面のうめんの敵の件でうちに疑いがかかる今、俺がこんなこと言えた義理じゃないかもしれないけど、正直言って家同士の状況は最悪だ。一触即発の可能性だってあるのに、どの家も我先に酒吞童子しゅてんどうじを討とうと躍起になってる……内輪でこんなに争ってるんじゃ、敵を前にしても絶対に勝てやしない。仮に勝てたとしても、その後の事を考えると情勢はもっと酷くなるはずだ」

 だから、と全員の目をもう一度見つめ返して、悠月ゆづきは力強く言葉を紡いだ。

「俺は、どの名家よりも先に俺たちで酒吞童子しゅてんどうじを討ちたいと思ってる」

 それを聞いた波留はるが真っ直ぐ手を上げた。浮かべる笑みは不敵で頼もしい。

「私は渡辺家わたなべけの当主としてではなく、一人の瞳術使どうじゅつつかいとして参加する」

「俺も親父が戻って来るまでの家の事は兄貴たちが勝手にするから別に問題ない」

 手さえ上げなかったものの、すぐに応じてくれたのは透哉とうやだ。

 後は明日香あすか逞真たくまなのだが……。

「な、なによ」

 逞真たくま以外の全員から視線を浴びた明日香あすかが少し上ずった声を上げる。

明日香あすかもお願い。力を貸してほしいの」

 波留はる芽衣めいへの謝罪の時と同様、深々と頭を下げた。

 まさか波留はるからそんな頼まれ方をされると思ってなかったのだろう。明日香あすかが目を丸くすると、妙な空気感が生まれた。そして、それを嫌ったのか、

「あー、もう。分かったわよ! 私も行けばいいんでしょ!」

 やけだと言わんばかりに吐き捨てる。それからは少し照れ臭くなったかのか、早口で言葉をまくし立ててきた。

「勘違いしないでよね。私もこれ以上、被害が出るのは嫌だし、家同士でごちゃつかれるのも鬱陶うっとうしいから行くだけであって、力を合わせようなんて微塵も思ってないから」

「俺だって元から卜部うらべとなんか一緒に戦う気はさらさらない」

「はぁ? 何よその言い草! 喧嘩なら買うわよ?」

「俺はお前らがこなく———」

「ま、まぁ、お二人とも落ち着いてください。皆でがんばりましょうよ」

 仲裁ちゅうさいに入ったのは芽衣めいだった。逞真たくまだったならば言い返したはずだが、年下相手にそこまですることはなく、明日香あすか透哉とうやの言い合いは直ぐに収まった。

 ようやくと言ったところか。ずっと話し出す機会をうかがっていた逞真たくまが控えめな手を上げた。

「あ、あの……悠月ゆづき君、僕はやめ———」

「あんたも行くわよ、逞真たくま

 なかさえぎるように明日香あすかが言うと、逞真たくまがたじろいだ。

「え、でも僕は……。それにこんなことバレたらいよいよ母ちゃんに、」

 はぁー、と明日香あすかが長いため息で、あからさまにさえぎった。

「私が言うのもあれだけどさ。あんた、女になめられて恥ずかしいとか、悔しいとか思わないの? どうせ家でだってお姉さんや妹にも言い返せないんでしょ」

 まさに明日香あすからしく、手厳しい口調に言葉だ。

 逞真たくまも思わず黙り込んでうつむいてしまう。

「いいわ、逞真たくまも連れていくから話を進めてちょうだい悠月ゆづき

 逞真たくまが来てくれるならそれは文字通り百人力だ。だが本人の意思確認も無しで、死地になりうる場所へと連れて行くわけにはいかない。

逞真たくま、無理はしなくてもいい。もちろん家の事もあるだろうし、いつもの任務以上に厳しい戦いになる」

 けれど、以外にも早く逞真たくまから返事が来た。

「うーうん、僕も……行くよ」

 逞真たくまうつむいたまま答えた。その言葉からはまだ躊躇ためらいを感じる。けれど同時に、その葛藤かっとうを抱えた上で決心したのだという想いが伝わって来た。

逞真たくま君もありがとう。これで百人力だよ」

 波留はるが答えた。まるで心の内を見たのではと思わせられる言葉に悠月ゆづきは苦笑する。

「二人が来てくれるのも透哉とうや君のおかげだよ、ありがとう」

「別に。礼を言われるようなことじゃない」

 続けられた波留はるの言葉だったが、透哉とうやからは素っ気ない答えが返って来た。

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