第三話 懺悔
その瞬間、部屋の空気が一変した。
「首塚大明神が本当にヤバイ場所だってことはネットにも書いてある。あなたもそれを知ってたんですよね。ならどうして行ったんですか?」
「え、」
男性が言葉にならない声を漏らした。抱いている感情は間違いなく恐怖だろう。
波留はそんなことを一切気にする様子なく、振り返ってベッドの脇に迫ろうとする。表情に至ってはいつも通りだが、その眼差しには見えない危うさがあった。
悠月は止めに入ろうと椅子から腰を浮かしたが、少し出遅れてしまう。
すると男性のすぐ横にいた芽衣が、庇うように両手を広げて波留の前に立ち塞がった。しかし、芽衣も恐怖のあまり足が震え、目まで瞑ってしまっている。
血の気の引いた男性に向かって、波留が迫りながらもう一度静かに口を開く。
「答えてください」
男性は何度も口を開いては閉じ、ようやく言葉を絞りだした。
「……それは…………仲間内のノリで……」
とうとう波留が芽衣の目の前に立った。そのまま芽衣の頭一つ高い位置から男性を見おろす。
「どうして僕はこんな目に遭ったんだって言いましたよね」
波留の瞳は深紅を越えた真紅の怒りに染まっている。
「いいですか。あなたのお友達は間違いなく二人とも死んでいます。それも生易しい死なんかじゃなく、あなたが想像できないほどの恐怖と苦痛を味わって———」
「波留! それ以上はやめろ。どう考えてもやり過ぎだ……」
悠月は波留の腕を無理やり掴んで、視線をこちらに向けさせた。
「———!?」
しかしその瞬間、悠月は息が詰まるような感覚に襲われた。
波留の眼は変わらず怒りに満ちている。けれど何故だろうか。その瞳の奥では彼女が泣いているように見えた。
悠月が動けないでいると、波留はやっと淡く笑んで、掴んだ腕をゆっくり引き剥がした。そしてもう一度、背を向けるとドアの前まで行き、立ち止まった。
「人間、たった一つの間違いや過ちで死ぬことだってあるんですよ。その無くした右腕は亡くなったご友人の命に対する戒めにしてください。それでは」
ごめんなさい、と涙しながら男性が何度も言う。しかし、波留はその当てのない懺悔を聞かず、病室を去った。
黙ってその背中を見ていた悠月だったが、「あ、」という芽衣の悲鳴にも近い声に意識を引き戻される。
振り返ると、芽衣が転びそうになっている姿が映り、悠月は慌てて抱き留めた。
「……すいません、腰が抜けてしまって」
「俺も止めるのが遅くなった。ごめん……」
震える芽衣の手を引いて椅子に座らせると、今できる精一杯なのだろう笑みを向けられた。
「私の事は大丈夫ですから、波留様の所に行ってあげてください。……私も落ち着いたら談話室にいる明日香様たちを呼んで行きますので」
「わるい……後で波留には謝らせるから」
「いえ……大丈夫です。波留様のお気持ちも……分からなくはないですから」
俯く芽衣の姿を見て悠月は何も言えなくなった。けれどそれを察してか、芽衣が顔を上げて背中を押してくれる。
「は、早く行ってください。見失ってしまいますよ」
「ああ、分かった」
悠月は静かに頷くと病室を出た。左右を見回すが波留は見当たらない。急いでナースステーションの方に向かうと、丁度エレベーターに乗り込む姿を見つけた。
扉が閉まるのには間に合わなかったが、行先を示す矢印は上向きに点灯している。病院から出る訳でないのなら屋上に向かったのだろうか。
悠月はエレベーターのすぐ隣にある非常階段に目を向けると、一気に駆け上がった。すると、最上階に着いたのと同時にエレベーターが開いた。
「何やってんのさ」
少し息が上がった悠月を見て、波留が呆れるように淡く笑った。その眼差しにはもう先ほど見たような危うさは感じられない。
「それはこっちの台詞だろ。どうしたんだよさっきの。らしくもない……」
軽口を叩くように言ってみたものの、波留からの言葉はない。それどころか、無言のまま屋上へと出て行く。悠月は居場所を芽衣に連絡すると、黙って波留の後ろに続いた。




