第二話 違和感
病院に着いた悠月は、波留と芽衣と共に男性の病室へと向かっていた。
明日香たちも一緒に病院まで来てくれたが、流石に目を覚ましたばかりの怪我人に対して大人数で押しかけるのは良くないという話になり、談話室で待機してもらっている。
病室の前まで辿り着くと波留がドアをノックする。中から男性の小さな声が返って来ると、波留はドアを開けた。
「君たちは昨日の……」
点滴に繋がれた体でベッドに横たわっているのは十八歳の井上太一という大学生だ。その目には戸惑いが浮かんでいるが、昨日の虚ろとした意識状態を考えれば顔色も含めて格段にマシになっていると言える。
「俺たちのこと覚えてるんですか?」
悠月が問うた。しかし、その横で芽衣が視線を逸らすように俯く。それもそのはずか、男性の右腕は肩から下が切断されて無くなっている。
腐敗の進んだあの傷口では仕方がなかったとはいえ、芽衣は悔やんでいるのだろう。
「……おぼろげだけなんだけどね……どうぞ座ってよ。それとまずはお礼を———」
「なら話は早いです。首塚大明神で何があったかを話してください」
波留が病室に用意されていた椅子に座ると、表情一つ変えずに言った。
「波留、いきなりそれはないだろ」
「時間がないって言ったでしょ。警察が来て話がややこしくなる前に終わらせたい」
視線を合わせない波留の言葉からはどこか苛立ちのようなものを感じる。思えば合流してからも、口数はあまり多くなかったか。
「井上さん、お願いします」
「いいけど……その前に僕からも一ついいかな……」
ぽつりと呟かれた男性の言葉に悠月たちは無言の肯定で返した。
「僕以外の皆はどこにいるの?」
それは言うまでもないことだった。事前に聞かされた話では男性が井戸の中にいたのは丸二日。そして、首塚大明神の周辺に他の人間がいなかったことは麟太郎によって確認済みだ。
しかし、この場で現実を突きつけるのはとてもじゃないが残酷すぎる。
悠月は努めて柔らかい口調で曖昧に答えることにした。
「俺たちが見つけられたのは井上さんだけで、他の人たちは近くにはいませんでした」
それを聞いた男性は特段表情を沈ませることもなく、「そうか」と独り言ちるように言った。
「井上さん以外にも複数人いたんですね。何人ですか?」
「僕を合わせて三人……いや、境内に入る前だったら五人だった」
丁寧な言葉を並べてはいるが波留の口調は機械的でやはり冷たい。しかし男性の方は気にする様子なく、穏やかな口調で答えてくれるので、悠月は黙って見守ることにした。
「あとの二人はどうして境内に入らなかったんですか?」
「……ほら、あそこは心霊スポットで有名だろ。二人は女の子だったんだけど、やっぱり怖いから入りたくないって言い出したんだ」
「その女の子は何歳くらいで、元から知り合いだったんですか?」
「……女の子は二人とも僕らと同い年くらいだったと思う。というのも、君が言う通り知り合いじゃなくて、たまたま首塚大明神に向かう道中に会って……意気投合したんだ」
「井上さんは霊感の様なものはある方ですか?」
「ど、どうだろうか……」
唐突な話題の切り替えに男性は戸惑いの色を見せつつも、ゆっくりと言葉を続ける。
「ふとした時に視線が気になったりするのとかは……な、なんだい急に……」
男性が驚くのも無理はない。波留が椅子から立ち上がると、いきなり鼻先まで顔を近づけてきたのだ。
「私の眼を見てください。……逸らさないで」
そう言った波留の瞳は【焔閃眼】の深紅の光を放っている。瞳力をぶつけ、活性するかどうかを確認するのだろう。
男性が言われるがまま見つめ返すと、少ししてその目は白く淡い光を帯びた眼に変化した。
「———っ!?」
突然痛みを覚えるように男性が波留から眼を逸らした。そして、しきりに瞬きをすると徐々《じょじょ》にその眼は光を失い元の目に戻っていく。
「今のは一体……それに君の目……」
波留が眼を元の目に戻すと、何事もなかったようにまた話を続ける。
「境内に入った時、何か違和感はありませんでしたか?」
少し圧倒された様子の男性が、「違和感……」と自問するように呟く。
「そういえば、辺りが一気に静まり返ったような気がした……かな……」
世間で言われる神隠しとやらがまさしくそれだ。
先ほどの事象で確信したが、男性は微弱ながらも〝裏〟に入れるだけの瞳力を持っている。あくまで憶測の域だが、他の二人は男性に触れていたことで間接的に瞳力を纏って一緒に入ったのだろう。あるいは三人ともそうだった、という可能性も少なからずはある。
だが事後である今、それらはさして重要な事ではない。問題なのは誰が男性の瞳力を活性させて、首塚大明神の鳥居をくぐらせたかだ。
「二人組の女は何か言ってませんでしたか?」
悠月の思考を先に波留が言葉にした。
「そうだな……入るのが怖いって言ってたわりに心霊スポットについてやけに詳しかったかな」
「首塚大明神については?」
男性が考えるように少し黙り込むと、おずおずと口を開いた。
「……あくまで噂だって言ってたけど、本物の本殿の裏側には塚じゃなくて井戸があるって……。それで、その底には今も———……」
しかし、言葉の途中で突然胸を抑えて呼吸を荒くする。
「大丈夫ですか!」
芽衣が立ち上がって駆け寄ると、落ち着かせるために近くにあった水を飲ませる。
だがその一連の様子を見ていた波留は表情一つ変えることをしなかった。
「井戸の底には今も鬼の首が封印されている、ですか?」
「波留様……!」
流石の芽衣も看過できなかったのだろう。抑えながらもその名を呼んだが、やはり波留は動じる様子を見せない。
「……そう言ってた……だからもし本殿の裏にあるのが井戸だったら、試しに覗いてみてよって言われたんだ……。それで本当に井戸があったから、僕らは中を覗いたんだけど、そこには沢山の目が浮かんでたんだ……。あれ……でもうそうしたら僕はどうして井戸の底に……?」
ぽつり、ぽつりと、呟くように話してくれた男性だったが最後は混乱するように左手で頭を抱えた。その姿を見兼ねた芽衣が優しく背中を摩る。
しかし、その姿を見ても尚、波留は構うことなく続けようとする。
「井戸を囲う木の柵に妙な線や札が沢山貼ってあったでしょう。どうしてそれを———」
「波留。もういいだろう」
悠月が語気を強めて言うと、瞬間だが病室に入って以降、初めて波留と目が合った。
「最後に一つだけ聞かせてください。境内まで一緒に行った二人組の女は他に何か言っていませんでしたか? 例えばどこからきたとか。次は何をするだとか」
男性は悄然とした様子で俯きながら、「延暦寺……」と、なんとか言葉を吐き出して、更に続けた。
「そこから始めるんだって言ってた……意味が分からなかったからその言葉は覚えてる……」
「分かりました。話を聞かせてくださり、ありがとうございました」
抑揚のない声音で波留がお礼を言うと、立ち上がって早々に背を向けた。
しかし、それを見た男性は、「待ってくれ!」と縋るような目を向けて叫んだ。
「教えてくれ! あそこには何がいたんだ……! どうして僕は……」
荒い呼吸の中、男性が最後まで必死に言葉を紡ぐ。
「こんな目に遇ったんだ……!」
ドアに手をかけようとしていた波留の動きがぴたりと止まった。




