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鬼哭廻眼〜その眼は一度死に蘇る〜  作者: 松本ハヤテ
二章 君の眼死にたまふことなかれ
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第一話 途切れぬ緊張

「貴様らが全部仕組んだのだろう! そうでないと言うのであれば今すぐ宝蔵ほうぞうを開いて我々に示せ!」

「ふざけるな! 他の家の者にわしらの先祖の眼を見せられるわけがないじゃろ!」

 悠月ゆづきは家中に響く怒号の掛け合いで目を覚ました。いつもなら鹿威ししおどしくらいしか聞こえる音がない自室でさえこの騒がしさ。応接間の方からだろうが相当な声量だ。

 和室に紛れたデジタル時計の時刻は十一時半を表示している。そのまま睡眠時間の足りてない頭で聞こえてくる会話の内容に耳をかたむけていると、押しかけてきたのは術協じゅつきょうか他の名家の人間であることが分かった。どうやら対応しているのは前当主である祖父のようだ。

 昨晩の㰷眼(しがん)の大量発生はやはり首塚大明神くびつかだいみょうじんの周辺だけでなく京都全域で起こったものだった。

 悠月ゆづき波留はる能面のうめんの敵が去った後、すぐにそれぞれの家へと戻って、㰷眼(しがん)退治に加わったが、戦いは朝方まで続いた。名家だけでなく、術協じゅつきょうに所属している一般の瞳術使どうじゅつつかいも動員が要請ようせいされるほどの数で、ここまでの大量発生はおそらく何百年、下手をすれば千年ぶりだと言われるほどだった。

 しかし、不思議なことに瞳術使どうじゅつつかい側の被害はそこまで大きくはなかった。源家みなもとけも怪我人さえ出したものの、死人は一人も出ていない。

 戦闘が終了し、悠月ゆづき波留はるの証言をもと術協じゅつきょう首塚大明神くびつかだいみょうじんの調査を行ったところ酒吞童子しゅてんどうじの封印が解かれている事が公表された。能面のうめんの敵の件もあり、危うく一方的に源家みなもとけへ責任が寄せられるところだったが、波留はるがいてくれたことでそれは何とかなっていた。

 だが、納得していないからこそ、こうして屋敷に押しかけてくる人間がいるのだろう。

 百鬼夜行ひゃっきやこうのことは波留はると話し合った結果、説明のしようがないので術協じゅつきょうへの報告はしていない。だが酒吞童子しゅてんどうじが復活したことが分かった今、京都は最上級の厳戒態勢をいている。

 東京にいる各家の当主にも急報として連絡は成されているが、帰って来るのは㰷眼(しがん)の動きが活発化しだす逢魔時おうまがとき前だと聞いている。もしかすると、今頃は親父もあちらで祖父と同じような目にっているかもしれない。

 このまま家にいれば自分も巻き添えを食らう可能性がある。そんな思考にたどり着くと、悠月ゆづきは急いで身支度をして逃げるように学校へと向かった。

 現在、源家みなもとけは急ぎ事態を収拾するために酒吞童子しゅてんどうじの居場所を探している。それも、復活して間もないのであれば倒せるかもしれない、と考えてのことだ。しかしそれは他の名家も同じこと。戦果を上げ、術協じゅつきょうでの立場は揺るぎないものしようと思惑が錯綜さくそうしている。

 

 悠月ゆづきが学校に着いたのは昼休みの途中だった。

 かばん竹刀袋しないぶくろを片手に教室の近くまで行くと、見覚えのある三人の生徒がたむろしているのが映る。そのうちの一人は悠月ゆづきに気付いたようで、後ろの二人に教えているようだ。

「あ、あれ。悠月ゆづき君きたよ」

 逞真たくまの声にいち早く反応したのはツインテールを大きく揺らす明日香あすかだった。

「おっそい! やっときたわね悠月ゆづき!」

 どうやら教室に荷物を置く事すらままならないらしい。いきなりすご明日香あすかに気を配りつつも悠月ゆづきは昨晩の事を尋ねる。

「三人とも昨日は大丈夫だったか?」

 三人に聞いたつもりだったが、何故か明日香あすかだけが前に出てきて怒りをあらわにする。

「『昨日は大丈夫だったか』、じゃないわよ! 朝まで戦わされたおかげで勉強もできないわ、ろくに寝てないわで、午前の小テスト散々だったんだから!」

 そんなことを言われても、と言葉には出さず悠月ゆづきは表情を引きつらせていると、これまで黙っていた透哉とうやがため息を吐いて明日香あすかを制した。

卜部うらべ、少し黙ってろ」

「はぁ? あんたがだま———」

「それで、そっちは昨日なにがあったんだよ。酒吞童子しゅてんどうじの封印が解かれてたのは聞いたけど、波留はるもまだ学校に来てないみたいだから、詳しい話を聞きたい」

 ぶつぶつと、まだ何かを言い続けている明日香あすかをよそに透哉とうやが言った。

 悠月ゆづきはそれを聞いて教室の中を覗くと、確かに波留はるの姿がない事を確認する。

「ゆ、昨夜ゆうべの戦闘中に、昼間僕らを襲ってきた能面のうめんを付けた人が現れたんだ」

 珍しく前のめりになって逞真たくまが言った。しかし、悠月ゆづきはその発言よりも内容に目を大きく見開いた。

「その感じだと、悠月ゆづきたちの所にもあの能面のうめん野郎が来たんだろ」

「あいつが引っ搔き回したせいで、私ん家も酷い目にあったんだから!」

 なるほど。明日香あすかが怒っているのはこれのせいか。

「確かにあの能面のうめんの敵は俺と波留はるの前にも現れた。でも封印を解いたのはあいつじゃない」

 確信を持って話す悠月ゆづきの表情を見て、透哉とうやが一瞬眉をひそめた。

「事実がどうかは知らないけど、昨日の学校での襲撃も加味してうちや卜部うらべ、それに逞真たくまのところも、あの能面のうめん野郎が今回の主犯だって言って酒吞童子しゅてんどうじと合わせて探してる。だから悠月ゆづきの家にも、うちの人間が行ってただろ?」

 来訪者の姿は見てはいないが透哉とうやが言うならそうなのだろう。しかし、三人の話しが正しければ能面のうめんの敵は首塚大明神くびつかだいみょうじんに現れた後、京都中を駆け回っていたことになる。

 波留はるの推論から悠月ゆづきの中でも、封印に対する誤解は解けているが、一度でも刃を向けられた以上、味方であるとは言い切れないのが現状だ。

「ああ、家には透哉とうやのところだけじゃなくて多分他にも———」

 悠月ゆづきは途中で言葉を切ると、断続的に振動するスマートフォンをポケットから取り出した。

「ごめん、透哉とうや

 断ってから画面を見ると、波留はるからの電話だった。

「もしもし、どうしたんだ波留はる?」

 電話相手が波留はるだと分かった途端、三人の食い入る視線が悠月ゆづきに向く。

『今どこにいる? 学校?』

「そうだけど……」

 電話越しだからか、波留はるの声はいつもより静謐せいひつで、人によっては冷たく感じるかもしれない。

『すぐに出てこられる? 昨日助けた人が今さっき目を覚ましたみたい。警察への連絡は少し遅らせてもらってるから、先に私たちが話を聞きに行こう』

 間髪入れずに悠月ゆづきは電話越しにうなずいた。

「分かった。芽衣めいも連れて行く」

『うん、お願い。病院の場所は送るから』

 通話が切れると、悠月ゆづきはスマートフォンを操作して芽衣めいに電話をかけ始める。

「どこに向かうんだよ?」

「病院だ。昨日〝裏〟で助けた人がいて話を聞けることになった。……芽衣めいか、今どこに———」

 透哉とうやの問いに簡潔かんけつに答えると、悠月ゆづきは電話を繋いだまま中等部の校舎へと走り出した。



 波留はるからの電話があって、あれよあれよという間に悠月ゆづきの背中が遠ざかっていくのを明日香あすかは見ていた。

「あ、ちょっと、まだ話は終わってないわよ悠月ゆづき! どういうことかちゃんと説明していきなさいよ、もう!」

 明日香あすかの叫びが廊下にむなしくこだまする。

 上級生の教室の前で一年生三人が再びたむろする謎空間。だが最初にそこから動いたのは透哉とうやだった。しかも歩き出したのは一年の教室とは反対で、昇降口の方だ。

「どこ行くつもりよ、あんた」

 八つ当たりと言う訳ではないが、明日香あすかは腕組みをして突っかかるように呼び止めた。

悠月ゆづきの後を追う。昇降口に行けば合流できるだろ」

「はぁ? あんた正気? 確実にまた厄介ごとよ」

悠月ゆづきは何かしらの確信をもって封印を解いたのは能面のうめん野郎じゃないって言った。それに……」

 透哉とうやが立ち止まって黙り込むと、明日香あすかはその背中をいぶかしんで見る。

「俺が能面のうめん野郎を捕まえる」

 それは決心というよりも、悔しさから来ている決意の様に明日香あすかは思えた。

「別に俺一人で行くからお前らは来なくていい」

 一度も振り返ることなく透哉とうやがそのまま教室前から去っていく。

 カッコつけもはなはだしい、なんだか生意気でむかつく。

 明日香あすかは不機嫌さを隠す気もなく唇をとがらせると、背後の逞真たくまを見た。

「あんたはどうすんのよ、逞真たくま

「僕は……。でも、明日香あすかが行くなら……」

 こいつはこいつで全くもって男らしくない。たまには自分の意志を持て、と明日香あすかは言ってやりたくなったが、ここでそんなことをしていても不毛なのは明白だ。

 明日香あすかは大きなため息を吐いた。

「……仕方ない。行くわよ、逞真たくま!」

 尻を蹴っ飛ばしてやる代わりに、廊下を強く踏みしめて明日香あすかは歩き出した。

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