第一話 途切れぬ緊張
「貴様らが全部仕組んだのだろう! そうでないと言うのであれば今すぐ宝蔵を開いて我々に示せ!」
「ふざけるな! 他の家の者に儂らの先祖の眼を見せられるわけがないじゃろ!」
悠月は家中に響く怒号の掛け合いで目を覚ました。いつもなら鹿威しくらいしか聞こえる音がない自室でさえこの騒がしさ。応接間の方からだろうが相当な声量だ。
和室に紛れたデジタル時計の時刻は十一時半を表示している。そのまま睡眠時間の足りてない頭で聞こえてくる会話の内容に耳を傾けていると、押しかけてきたのは術協か他の名家の人間であることが分かった。どうやら対応しているのは前当主である祖父のようだ。
昨晩の㰷眼の大量発生はやはり首塚大明神の周辺だけでなく京都全域で起こったものだった。
悠月と波留は能面の敵が去った後、すぐにそれぞれの家へと戻って、㰷眼退治に加わったが、戦いは朝方まで続いた。名家だけでなく、術協に所属している一般の瞳術使いも動員が要請されるほどの数で、ここまでの大量発生はおそらく何百年、下手をすれば千年ぶりだと言われるほどだった。
しかし、不思議なことに瞳術使い側の被害はそこまで大きくはなかった。源家も怪我人さえ出したものの、死人は一人も出ていない。
戦闘が終了し、悠月と波留の証言を基に術協が首塚大明神の調査を行ったところ酒吞童子の封印が解かれている事が公表された。能面の敵の件もあり、危うく一方的に源家へ責任が寄せられるところだったが、波留がいてくれたことでそれは何とかなっていた。
だが、納得していないからこそ、こうして屋敷に押しかけてくる人間がいるのだろう。
百鬼夜行のことは波留と話し合った結果、説明のしようがないので術協への報告はしていない。だが酒吞童子が復活したことが分かった今、京都は最上級の厳戒態勢を敷いている。
東京にいる各家の当主にも急報として連絡は成されているが、帰って来るのは㰷眼の動きが活発化しだす逢魔時前だと聞いている。もしかすると、今頃は親父もあちらで祖父と同じような目に遭っているかもしれない。
このまま家にいれば自分も巻き添えを食らう可能性がある。そんな思考にたどり着くと、悠月は急いで身支度をして逃げるように学校へと向かった。
現在、源家は急ぎ事態を収拾するために酒吞童子の居場所を探している。それも、復活して間もないのであれば倒せるかもしれない、と考えてのことだ。しかしそれは他の名家も同じこと。戦果を上げ、術協での立場は揺るぎないものしようと思惑が錯綜している。
悠月が学校に着いたのは昼休みの途中だった。
鞄と竹刀袋を片手に教室の近くまで行くと、見覚えのある三人の生徒がたむろしているのが映る。そのうちの一人は悠月に気付いたようで、後ろの二人に教えているようだ。
「あ、あれ。悠月君きたよ」
逞真の声にいち早く反応したのはツインテールを大きく揺らす明日香だった。
「おっそい! やっときたわね悠月!」
どうやら教室に荷物を置く事すらままならないらしい。いきなり凄む明日香に気を配りつつも悠月は昨晩の事を尋ねる。
「三人とも昨日は大丈夫だったか?」
三人に聞いたつもりだったが、何故か明日香だけが前に出てきて怒りを露わにする。
「『昨日は大丈夫だったか』、じゃないわよ! 朝まで戦わされたおかげで勉強もできないわ、ろくに寝てないわで、午前の小テスト散々だったんだから!」
そんなことを言われても、と言葉には出さず悠月は表情を引きつらせていると、これまで黙っていた透哉がため息を吐いて明日香を制した。
「卜部、少し黙ってろ」
「はぁ? あんたがだま———」
「それで、そっちは昨日なにがあったんだよ。酒吞童子の封印が解かれてたのは聞いたけど、波留もまだ学校に来てないみたいだから、詳しい話を聞きたい」
ぶつぶつと、まだ何かを言い続けている明日香をよそに透哉が言った。
悠月はそれを聞いて教室の中を覗くと、確かに波留の姿がない事を確認する。
「ゆ、昨夜の戦闘中に、昼間僕らを襲ってきた能面を付けた人が現れたんだ」
珍しく前のめりになって逞真が言った。しかし、悠月はその発言よりも内容に目を大きく見開いた。
「その感じだと、悠月たちの所にもあの能面野郎が来たんだろ」
「あいつが引っ搔き回したせいで、私ん家も酷い目にあったんだから!」
なるほど。明日香が怒っているのはこれのせいか。
「確かにあの能面の敵は俺と波留の前にも現れた。でも封印を解いたのはあいつじゃない」
確信を持って話す悠月の表情を見て、透哉が一瞬眉を顰めた。
「事実がどうかは知らないけど、昨日の学校での襲撃も加味してうちや卜部、それに逞真のところも、あの能面野郎が今回の主犯だって言って酒吞童子と合わせて探してる。だから悠月の家にも、うちの人間が行ってただろ?」
来訪者の姿は見てはいないが透哉が言うならそうなのだろう。しかし、三人の話しが正しければ能面の敵は首塚大明神に現れた後、京都中を駆け回っていたことになる。
波留の推論から悠月の中でも、封印に対する誤解は解けているが、一度でも刃を向けられた以上、味方であるとは言い切れないのが現状だ。
「ああ、家には透哉のところだけじゃなくて多分他にも———」
悠月は途中で言葉を切ると、断続的に振動するスマートフォンをポケットから取り出した。
「ごめん、透哉」
断ってから画面を見ると、波留からの電話だった。
「もしもし、どうしたんだ波留?」
電話相手が波留だと分かった途端、三人の食い入る視線が悠月に向く。
『今どこにいる? 学校?』
「そうだけど……」
電話越しだからか、波留の声はいつもより静謐で、人によっては冷たく感じるかもしれない。
『すぐに出てこられる? 昨日助けた人が今さっき目を覚ましたみたい。警察への連絡は少し遅らせてもらってるから、先に私たちが話を聞きに行こう』
間髪入れずに悠月は電話越しに頷いた。
「分かった。芽衣も連れて行く」
『うん、お願い。病院の場所は送るから』
通話が切れると、悠月はスマートフォンを操作して芽衣に電話をかけ始める。
「どこに向かうんだよ?」
「病院だ。昨日〝裏〟で助けた人がいて話を聞けることになった。……芽衣か、今どこに———」
透哉の問いに簡潔に答えると、悠月は電話を繋いだまま中等部の校舎へと走り出した。
波留からの電話があって、あれよあれよという間に悠月の背中が遠ざかっていくのを明日香は見ていた。
「あ、ちょっと、まだ話は終わってないわよ悠月! どういうことかちゃんと説明していきなさいよ、もう!」
明日香の叫びが廊下に虚しくこだまする。
上級生の教室の前で一年生三人が再びたむろする謎空間。だが最初にそこから動いたのは透哉だった。しかも歩き出したのは一年の教室とは反対で、昇降口の方だ。
「どこ行くつもりよ、あんた」
八つ当たりと言う訳ではないが、明日香は腕組みをして突っかかるように呼び止めた。
「悠月の後を追う。昇降口に行けば合流できるだろ」
「はぁ? あんた正気? 確実にまた厄介ごとよ」
「悠月は何かしらの確信をもって封印を解いたのは能面野郎じゃないって言った。それに……」
透哉が立ち止まって黙り込むと、明日香はその背中を訝しんで見る。
「俺が能面野郎を捕まえる」
それは決心というよりも、悔しさから来ている決意の様に明日香は思えた。
「別に俺一人で行くからお前らは来なくていい」
一度も振り返ることなく透哉がそのまま教室前から去っていく。
カッコつけも甚だしい、なんだか生意気でむかつく。
明日香は不機嫌さを隠す気もなく唇を尖らせると、背後の逞真を見た。
「あんたはどうすんのよ、逞真」
「僕は……。でも、明日香が行くなら……」
こいつはこいつで全くもって男らしくない。たまには自分の意志を持て、と明日香は言ってやりたくなったが、ここでそんなことをしていても不毛なのは明白だ。
明日香は大きなため息を吐いた。
「……仕方ない。行くわよ、逞真!」
尻を蹴っ飛ばしてやる代わりに、廊下を強く踏みしめて明日香は歩き出した。




