第十一話 祝詞
がさがさと幾本にも及ぶムカデ足と、蛇のようにうねり波打つ黒々とした胴体。そこから巨大な二本のハサミが生えており、見た目は昆虫と海洋生物の中間と言ったところか。しかも全長は五メートル近くもあり、口元では円状に鋭い歯が並んで終始蠢いてる。
「色付か。それにしてもだいぶ業が深そうな見た目だね。まさに嫌悪の権化って感じだ」
波留の言葉に㰷眼が大きく口を広げて涎を飛ばしながら嗤った。
眼は真実を語る。そして恐怖や嫌悪を決して忘れることはない。だからこそ㰷眼へと変貌する際、潜在的に自身が嫌悪感を抱いていたものなどに姿が近くなってしまう。
「記憶はない……ただ私を突き動かすのは人間を恨み、殺せという衝動だけだ」
理性を持って言語を操る色付の時点で、ほぼ間違いなく生前は瞳術使いだ。その力は術協が定める術眼の等級において二級以上に匹敵する。
「そう。同情はするけど私らも死ぬわけにはいかなくてね」
「同情なんぞはいらぬなぁ……ただ貴様らが死ねばそれでいい!」
㰷眼が言葉を終えるのと同時、波留に向かって鋭い歯を散弾式に放った。
「【日輪映】」
波留は刀に炎を纏わせると、飛来する歯を次々に切り伏せていく。
悠月は群れの最後の一体を倒すと、すぐさま波留が対峙する㰷眼の懐へ潜り込み刀を振るう。
しかし、繰り出した斬撃は甲羅の様に硬いハサミによって弾かれてしまう。
「威勢がいいな小僧」
悠月は一度間合いの外に出ると㰷眼に向かって問うた。
「さっき封印の事を言っていたな。お前が解いたのか?」
「我々がこの忌々《いまいま》しい結界の内に入れぬことは知っておろう。恨めしいが人間だよ、解いてくれたのは」
㰷眼が嘲るように言った。
「酒吞童子は今どこにいる」
「さぁな。あれは力を随分落としていると聞いた。今頃は人間でも食い漁っているのではないか」
引き出せる情報があればと思って会話を続けたが、これ以上は胸くそ悪い。
悠月は一歩踏み出すと、神速の斬撃で㰷眼の右のハサミを根元から切り落とした。
黒い体液の飛沫が舞い、㰷眼が怯み声をあげる。が、三文芝居もいいところだ。傷口からはすぐに新たなハサミが生えてくる。
㰷眼の力の源は瞳力だ。術眼を潰さない限りは何度でも再生できる。しかしこれは……。
「早い……!」
うねる胴体を尻尾のようにして㰷眼が攻撃を仕掛けて来る。悠月はそれを回避すると波留の元まで下がった。
「さぁ、愉しませてくれ。命尽きるその時まで私と踊ろうじゃないか」
㰷眼の両眼が力強く発光すると同時、口から吐き出された白い霧が周囲に立ち込んでいく。
遮蔽物だらけと言える森の中で視界を奪われるのは最悪だ。それに尚も振動し続けるスマートフォンの事を考えれば早く決着をつける必要がある。
「すぐに終わらせたい。俺が引きつけるから、波留はその間に祝詞を上げてくれ」
「分かった。でも悠月も無茶しないでよね。芽衣ちゃんに泣かれるのだけは勘弁だから」
間髪入れずに波留が言い切ると、一度眼を閉じた。そして、次にゆっくりと開けられた【焔閃眼】の光は〝表〟の色だった深紅から、更に赤みを増した〝裏〟の真紅へと変化している。
「———万象真理。この世に燃えぬものは有らず———」
悠月は陽動の一撃として㰷眼に【百雷破】を放つと、波留に近づかせないように今度はムカデ足を狙い距離を詰める。
「———星火は胎動、紅炎は鼓動を示すが、是は天体を墜とす間借りの業火なり。救いを求むる者有らば愛を知るべし、さなくば永遠の業火に焼かれるであろう———」
波留が口にしているのは神への奏上。術眼の力を最大限に引き出すための祈りの言葉であり、瞳の色の変化は両眼一対であってこそ起きる現象だ。そしてそれは一握りの瞳術使いしか辿り着けない境地であり、波留を当主へと押し上げた術でもある。
「———焼ゆ晴らせ、」
しかし、波留が祝詞を終えた直後の出来事だった。
突然、藍色の雷光が夜闇を裂いて落ちてきた。
次の瞬間、聞こえてきたのは先ほどの三門芝居とは程遠い必死な㰷眼の呻き声。そして悠月と波留の目に映るのは切り落とされた㰷眼の首と———傍らに立つ能面の敵の姿だった。
尚も呻く㰷眼に対して、能面の敵が黒刀を突き立てると雷で焼き焦がして灰にした。
その一瞬の出来事に悠月は唖然とする。
能面の敵が振り返る。思い出したように悠月は刀を構え直し、息を吞んだ。㰷眼が消滅した今、次は自分たちが刀を交える番だ。
しかし、抱く緊張感とは裏腹に、能面の敵は黒刀を鞘に納めた。
「なっ……!? どういうつもりだ!」
そして何事もなかったかのように雷を纏って山中に消えていく。
「くそ、今度こそ逃がすか!」
「待って悠月!」
波留が進路に割って入ってくると悠月は思わず声を荒げた。
「なんでだよ波留! あいつを捕まえれば全部———」
「解決しないよ」
やけに冷静な口調で言い切る波留の姿を見て、悠月も頭に上った血が静かに引いていく。
「……どういうことだ」
波留がゆっくりと首を振る。
「少なくとも酒吞童子の封印を解いたのはあの人じゃない」
先ほど自分たちの前に現れたのは間違いなく、昼間に襲撃してきた能面の敵だった。現状、犯人としては最有力に思えるが、波留はそれを否定する。
「夜だからかな。思い出したよ、あの【雷光眼】の光……。見覚えがあるんだ」
そう言うと、波留はどこか困惑した様子で悠月に問うてきた。
「悠月、昨日はどこで任務だったの?」




