第四話「村上の影」
村上という刑事のことを、大島は三日で調べ上げた。
橋本のネットワークと、大島自身のITスキルを組み合わせれば、個人の輪郭を掴むのは難しくなかった。
村上誠二。四十六歳。和歌山県警の刑事。勤続二十二年。
経歴に派手なものはなかった。大きな事件を解決したわけでも、出世が早いわけでもない。しかし一つだけ、特徴があった。
摘発率が異常に高いらしい。
諦めない。時間をかける。確信を持ってから動く。
橋本が言っていた通りの男だった。
「厄介ですね」大島は橋本に言った。
「わかっとったやろ」橋本は言った。「だから山田の兄さんが、ペースを落とせと言うた」
「落としません」
「なんでや」
「村上が動くより、俺が先に終わらせれば問題ない」
橋本は煙草を吸いながら、少し大島を見た。
「先に終わらせる、というのは」
「必要な資金が集まれば、この商売から手を引きます」
「いつや」
「わかりません。でも、止まるつもりはない」
製造の二回目は、予定通り動いた。
坂口の純度は、前回より上がっていた。
流通は橋本のルートで大阪市内に流れた。
売上は、大島の計算を少し上回った。
順調だった。
順調すぎた。
大島はその感覚を、警戒した。
警戒が当たったのは、三回目の製造の前日だった。
田辺から電話があった。田辺が自分から電話をかけてくることは、ほとんどなかった。
「大島さん、農地を見に来てほしいんですが」
「何かありましたか」
「マオウが、一部やられています」
農地に行くと、田辺が畑の中央に立っていた。
大島は近づいた。
見た。
畑の三分の一ほどが、踏み荒らされていた。
植えたばかりのマオウが、根こそぎ引き抜かれている区画があった。
「いつ気づきましたか」大島は言った。
「今朝です。昨日の夕方に来た時は、何もなかった」
「夜の間に」
「そうなります」
大島はその区画を歩いた。
引き抜き方に規則性があった。ランダムではない。意図的に、一定のエリアだけが抜かれていた。
嫌がらせだ。
大島はそう判断した。
村上ではないだろう。村上が動くなら、こんな回りくどいことはしない。
「橋本さんに連絡します」大島は田辺に言った。「あなたは今日、ここにいましたか」
「います」
「誰かが来ても、何も見ていないと言ってください」
「わかりました」田辺は言った。表情を変えなかった。
橋本に報告すると、十分で折り返しがあった。
「竹内組や」橋本は言った。
「竹内組」
「うちの系列の下部組織や。若い衆が、大島はんのことを面白そうやと思って、嫌がらせをしてきた。縄張りに無断で入ってきた、ということで」
「山田さんに話を通していないんですか」
「通してへん。若い衆の独断や」橋本は言った。「山田の兄さんに話す。ただ」
「ただ」
「時間がかかるかもしれん。それまでの間、農地には人を置いた方がいい」
「わかりました。田辺に話します」
大島は電話を切った。
損害を計算した。
マオウの三分の一が失われた。製造スケジュールが二週間遅れる。売上への影響、概算で四百万円。
問題はそれだけではなかった。
農地の場所を、竹内組が知っている。
それは、作業全体が外部に漏れているということを意味していた。
大島はその夜、橋本と会った。
いつもの定食屋だった。
「情報が漏れています」大島は言った。座るなり言った。
「わかっとる」橋本は言った。
「どこからですか」
「調べとる」
「中村か田辺のどちらかが、竹内組と接触している可能性があります」
橋本は少し大島を見た。
「結論が早いな」
「消去法です。農地の場所を知っているのは、俺、橋本さん、坂口、田辺、中村の五人だけです。橋本さんが漏らしたとは考えにくい。坂口は竹内組と接点がない。残りは二人です」
「田辺は違う」橋本は即座に言った。
「根拠は」
「俺が長い付き合いやから、わかる」橋本は言った。「あいつは裏切らん」
「感情的な判断では」
「そうかもしれん」橋本は言った。「でも、俺はそう思う」
大島は少し間を置いた。
「中村ですね」
「まだわからん」
「でも、可能性が高い」
橋本は黙っていた。
翌日、橋本から連絡が来た。
「中村や」
大島は答えなかった。
「竹内組から金を受け取って、農地の場所を教えた。昨日、本人が認めた」
「中村は今」
「うちで預かっとる」橋本は言った。「どうするかは、山田の兄さんが決める」
「製造への影響は」
「中村は製造工程を知らん。農地の場所だけや。ただ、工場の場所も話した可能性がある」
大島は計算した。
「工場を変えます」大島は言った。
「そんな簡単に言うが、物件を探すのに時間が」
「すでに候補があります」大島は言った。「先月、念のために調べておきました」
橋本は少し沈黙した。
「用意がええな、大島はんは」
「必要なことをしているだけです」




